126 プロローグ

 ベルトニーは、原作・・で俺が知っていた魔族だ。


 厄災で現れなかった一人とも言える。

 

 出現するのは物語の中盤での厄災、多くのキャラクターを犠牲にし、ようやく勝てる相手でもある。

 能力は『宣言』による行動の『制限』――ではなく、対象の影を踏み、身動きを奪う。


 単純だがその分術式も必要がなく、強い。


 以前、俺は原作のことを全てを伝えるか悩んでいた。


 シンティアに。リリスに。――アレンに。


 だが世界は不確定要素で成り立っている。少しの綻びで全てが破綻することは知っている。


 今まで厄災や大規模侵攻、魔族もどきと戦ってきたが、大局的に見ればすべてを一度で制覇クリアした。


 これまでのことを継続することが正しいと頭ではわかっているが、あまりにも自己中心的な考えでもある。


 しかし俺は主人公じゃない。


 ハッキリと言えば、物語の駒ですらないのだ。


 ただ横からアレンの道を動かす為に存在しているイレギュラー。


 そんな俺が物語を先導して、果たしてうまくいくのだろうか。


 それよりも静かに力を貯め、さらなる脅威に備えるほうがいいのだろうか。


 明確な答えが出ないまま、俺は、俺たちは――ノブレス中級生に上がった。


「その表情、入学式と同じですね」

「ヴァイス様でも緊張するんですね!」

「お前たちは変わらないな」


 純白な羽織り、肩にはノブレス学園を象徴する模様、金の刺繍が入っている。

 パンツは黒、靴は革靴のようだが、伸縮性があって履き心地が良い。

 女子は当然スカートで、シンティアとリリスの美しいスタイルがより強調されている。


 以前とまったく同じ。だが明確に違うのは、肩に中級生の証である紺色の刺繍が追加されていた。


 俺は、下級生首位だった証として、黄金の剣の刺繍が追加されている。

 少し恥ずかしいが、原作ではこれが最高の称号だった。

 誰もが欲しがった。だが誰もが手に入らなかったものだ。


 俺は卑怯だ。

 全てを知っておきながら、全てを隠している。


 だが……馬車の中で二人の楽し気な会話を聞きながら考えていた。


 俺は悪役だ。


 俺は、世界の破滅、しいては自らの破滅を回避しようとノブレスへの入学を決意した。


 今さら手の平を返すなんてダサい真似をするのはよくないだろう。


 偽善ではなく、悪、俺はそれを貫けばいい。


 ――忘れるな。コインを振ったあの時の気持ちを。


 そして考えろ。


 全てがうまくいっている。これが、正解だと。


「シンティア、リリス。俺の気持ちは表情と同じく、以前と変わらない。全てを叩き潰す。――最後まで着いてこい」


 俺の問いかけに二人は一年前と変わらない笑顔を浮かべて――答える。


「「はい!」」


 俺はヴァイス・ファンセント。

 怠惰な悪役貴族だ。


 わざわざ情報を教える必要はない。


 ――今はまだ。


 馬車を降りると、重厚な門構えが俺たちを歓迎してくれた。

 扉を開けてくれたのはゼビスだ。


「ありがとう。短い間だったが、久しぶりにゆっくりできたよ」

「こちらこそ。これからも楽しんでくださいませ」


 ゼビスは、やはり同じように言ってくれた。

 ファンセント家の屋敷も常に守ってくれている、大切な存在だ。


「シンティア様、いってらっしゃいませ」

「ありがとう」

「リリス、これからも楽しみにしています。――ヴァイス様を超えてしまってもいいかもしれませんね」

「え、ええ!? そ、そんなのできないですよ!?」


 驚いたことに、ベルトニーを倒した後、リリスは劇的に進化を遂げた。

 いや、正しくは以前の強さを取り戻したというべきだろう。


 あの後一度、手合わせしたが、どんでもない速さと強さだった。


 最後は俺が勝ったが、それでもギリギリだった。


 物心がつくころから命をかけて戦っていたリリスと、戦闘を覚えたての俺たちとではセンスが違う。

 魔法の習得も俺と同じぐらいに始めたのだ。それでもノブレスで上位とは、才能もすさまじい。


 ただ、気づかなかった自分にも情けない。


「じゃあな、ゼビス、父上によろしく頼む」

「畏まりました」


 そして俺たちは、ノブレスの中庭を歩く。

 今日は登校日、この時期は桜並木道になっていて気分がいい。


 そういえばここでアレンと出会ったな――。


 っと、噂をすれば三バカか。


「よおヴァイス! クッソ―いいな、その剣! 俺も肩に拳つけてほしかったなあ」

「はっ、そんなオリジナルの刺繍はない」

「まじ? でもノブレスならやってくれそうじゃね?」

「……まあありえるな」

「シンティアさん。ありがとう、もうほとんど問題ないよ」


 アレンが、右手首を軽快に動かした。

 シンティアの処置が早かったこと。アレンの回復力が尋常じゃなかったこと。ココ先生の後処理が完璧だったので、後遺症は一切ない。


 まあ俺は心配していなかった。主人公がこんなところで腕を失うなんて、物語上ありえない。


 ……いや、そういうのもある意味では主人公らしいか?


 しかしシンティアは凄い。


 怪我を治すのではなく、医師と同じレベルの治癒魔法を習得するとは。


 おそらく死ぬほどの努力をしている。


 彼女は白鳥だ。決してもがいている姿は俺に見せない。


 俺も見習わなきゃな。


「私からもお礼言うよ。シンティアさんありがとうね」

「とんでもないですわ。シャリーさんの罠のおかげで、私たちは全員助かったといってもおかしくないのですから」

「そんなことないよ。私がもっと強ければよかったしね。でも、これから頑張りましょう。――要注意人物が増えたし。ね、リリスさん」

「わ、わたしですかぁ!?」


 そして俺たちその横で、見慣れた女性が歩いていた。


 その方には、上級生である制服を身にまとっている。

 めずらしい。いや、めずらしすぎる。


「あら皆さんお揃いで」


 笑顔でニコニコ、今日も元気なチート、エヴァ・エイブリーだ。


 最近、訓練室に籠って新技・・を開発しているとの噂がある。


 味方のはずだが、いつか敵になってもおかしくない雰囲気があるので怖い。


 そしてその後ろ、聞きなれた声が聞こえてくる。


「はー、眠たいわ。眠たい眠たいー、家から通うと遠いわねえ」

「お姉ちゃん、一応みんなの門出……」

「そんなの私には関係な――、あらヴァイ! に、似合ってるじゃない!」

「相変わらず元気ですね。シエラ先輩――そしてエレノア先輩」


 二人はまだ制服を着ていた。


 ノブレスに留年制度はない。


 だが二人はベルトニーの出現を知り、卒業試験を辞退、一緒に船を渡ったのだ。

 本来なら退学だが、それを聞いたミルク先生、ダリウス、ココ、クロエが学園長に直訴。


 前代未聞だが、数か月に一度、家から学校に通って何度か試験を受けることで、卒業と同様の処置となる。


 驚いた事に批判はなかった。その理由は、シエラとエレノアの今までの功績だろう。

 剣魔杯優勝、上級生首位、試験でも好成績を収めていたからだ。


 ま、俺としては自分が強くなる為に完全にフェードアウトされるのも困る。


 ――まだ、エレノアの能力を習得できてないしな。


「なあ、デビ?」

「デビビ!」


 上空でふよふよしていたデビに声をかける。

 最近は自立できる範囲が増えたらしい。


 いずれ離れていきそうな不安もある。リードでもつけるか?


「デビ……」


 俺の心を読みやがるのは、少し厄介だ。


「冗談だ。お前も強くなれよ」

「デビビ!」



 ようやくこれで物語のプロローグが終わる。


 本当のノブレス・オブリージュは、これからだ。



 ――なあ、ヴァイス・・・・



 お前も、楽しかっただろ?



 けど、これからもっと楽しませてやるよ。



 なあ、いい加減に返事しろよ。



 ったく、恥ずかしがり屋が。









 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る