125 誰よりも傍にいたからこそ

「リリス、痣が……」

「え?」


 ある日、ヴァイス様が突然に変わった。

 今まで人を虐める事が好きだったのに、真逆になったのだ。


 それから……本当に素晴らしい人になった。


 人を敬うようになった。他人の気持ちを理解するようになった。


 私も自分を変えたいと思った。


 私は最低だった。人を殺しながらも生きながらえていた。

 眠れない日々を過ごしていた。


 だけどヴァイス様が、私を地獄の底から救い上げてくれた。


 ヴァイス様なら、こんな奴に絶対に負けない。


 ヴァイス様なら、誰も見捨てない。


 ヴァイス様なら、逃げたりなんかしない。


 ここでセシルさんが死んだら、全員が自分を責める。


 なによりヴァイス様が、悲しんでしまう。


「リリス、君がいてくれてよかった」

「違います。私です。それを言いたいのは――私なんです」


 ――私は気づいたことがある。


 ヴァイスが、以前のヴァイス様じゃないことに。


 おかしな話だ。変な話だ。


 そんなこと、ありえるわけがない。


 シンティア様は、気づいていないだろう。


 いや、分かるわけがないのだ。


 でも私にはわかる。


 誰よりも傍にいたからこそ、わかる。


 ――ヴァイス様は、本当に別人になったのだ。


 原理はわからない、理屈なんて知らない。


 だけど私は、今のヴァイス様が好きだ。


 ヴァイス様が少しでも悲しむ姿は見たくない。


 今までどうしても心にブレーキがあった。


 傷つけるのが好きだった。でも、傷つけたくなくなった。


 ――だけど違う。魔族お前は違う。


 お前は、皆を傷つけた。セシルさんを追い詰めた。


 アレンさんを苦しめた。シャリーさんを怖がらせた。


 デュークさんに……悲しい決断を迫った。シンティアさんを追い詰めた。


 セシルさんを――殺そうとした。


 愛すべき人たちを傷つけるのは、絶対に許さない――。


「……死ね」

「まずはお前からだ。――じゃあぁう、ああっあぁっああああっあああああああああああああ」


    ◇


 ――リリスさんが前に出たかと思えば、次の瞬間、ベルトニーの右腕がはじけ飛んだ。

 いや……違う。


 目に見えない速度で、切り刻まれたのだ。


「てめえぇっ! よくも!!」


 そしてリリスさんは、ベルトニーの攻撃を回避して、今度は左腕を切りおとした。


 不可侵領域バリアが間に合わず。遅れて発動する――。


「……私は魔族あなたと変わらない。その生き方を責めようとも思わない。だけど、私は許さない」

「くそ……がっ、訳の分からないことをッ!」


 ベルトニーは全身を魔力で覆った。両腕がなくなっているにもかかわらず、右足でリリスさんの影を踏み、左足で蹴りつけようとする。

 だがリリスさんは魔力を漲らせて能力を無理やりに解除、蹴りを寸前で回避し、今度は左足を――切り落とす。


「く、くそが……聞いてないぞ。……お前・・が、こんなに強いないはずだろうが」

「なぜセシルさんを狙った?」

「――ハッ、言うわけが――」


 最後にベルトニーは笑みを浮かべた。だがそれが、最後の言葉となった。

 リリスさんは、ベルトニーの首を切断した。


 だが最後に、魔族はとんでもない魔力を漲らせる。

 身体だけになって、光って――これは――爆発。


防御シールド……!」

氷壁アイスシールド……!」


 シンティアさんと僕が同時に防御術式を詠唱、リリスさんを覆う。


 爆発する――。だがその範囲が大きすぎる――。


土壁ソイルウォール

 

 そのとき、シャリーが地面に両手をかざし、とんでもなく高い土壁を作る。

 爆炎は壁によって防がれ、土と炎が舞う。

 

 煙が晴れていくと、地面にはリリスさんが倒れていた。


「リリス……」


 シンティアさんはよろよろと歩いていく。

 デュークもだ。


 僕はまったく動けなかった。手の痛みが凄まじいことになっている。

 魔力を使いすぎたのか、身体の治癒が追いついていない。


「リリス、大丈夫ですか!?」

「はあはあっ……良かった……シンティアさん、私……ヴァイス様みたいになれましたか」

「ええ、本当に……ヴァイスみたいでした……凄すぎますわ。だけど、今は……眠りなさい」

「……はい、後はおねがい……します……」

「デュークさん、アレンさんの腕を持ってください。――急いで縫合します」

「あ、ああ。――おい、アレン!?」

「……まだ生きてるよ……」

「アレンさん、我慢してくださいね」

「……ああ」


 手首が冷気で癒されていくが、同時に激しい痛みも感じる。


 ――ああ、僕は……もっと強くならな……きゃ……。


   ◇


 手紙鳥の内容は、驚くべきものだった。

 シンティアたちはアレンたちと偶然合流し、その時現れたゴブリン討伐中、魔族からの襲撃を受けたとのことだ。


 狙われたのはセシル。アレンはその際に左手を失ったが、シンティアが能力を使用し、無事に結合させたとのことだった。

 普通、そんなことはできるわけがない。


 医師と同様の知識をシンティアが持っていることになる。


 ……ありえない。だがもっとありえないのは、リリスが魔族を倒しということだ。


 俺はすぐにノブレスの先生たちと船に乗り込んだ。

 道中、心配でたまらなかったが、ミルク先生が何度も「大丈夫だ」と言ってくれた。


 船を降りると、すぐにシンティアたちが待ってくれていた。

 魔族討伐後から、既に一日が経過している。


「リリス、シンティア!」

「ヴァイス!」

「ヴァイス様!」

「……すまない。俺がいれば……」

「大丈夫ですわ。私たちが二人で行くと言ったのですから。それに、リリスのおかげで全員無事です」

「ああ、聞いた。――リリス、凄いな、お前は」

「はい! 私は、ヴァイス様のメイドですから」

「……凄いよ、よくやった。本当に」

「えへへ嬉しいです。こんなに褒められたの初めてかもしれませんね」


 リリスはいつものように満面の笑みだ。

 船の中で、俺はミルク先生からリリスの過去を教えてもらった。


 薄々おかしいとは思っていたが、まさか静かなる殺意サイレントウィッチだとは。


 作中でもすさまじい暗殺者だと書かれていた。


 なのに……俺のせいで改悪してたんだろうな。


 でもまあ――。


「ありがとな、リリス」

「えへへ、今日は嬉しいです」


 そして、俺は隣で立っていたアレンたちに声を掛ける。


「大丈夫か?」

「ああ、問題ないよ」

「俺もだ」

「私も」


 アレンは右手を見せてくれるが、結合といっても完璧ではないらしく、右手首に傷跡が残っていた。

 すると、後ろからココが現れて、アレンの手を掴む。


「――ふうん、凄いねシンティア。後は私が視ておくよ」


 するとココがいつものような話し言葉で、アレンの手首に治癒魔法を詠唱した。

 防御術式に優れ、治癒魔法に優れている。


 そのココが褒めるのだ。よっぽどだろう。


 ミルク先生は現地の兵士たちと話していた。

 色々と情報共有があるらしい。


 続いて俺は、セシルに声をかけた。


「ありがとな」

「ふふふ、ファンセントくん。あなた、今日で一生分のありがとうを言ってるんじゃない?」

「はっ、そうかもな」


 いつもと変わらない笑顔だ。

 まったく、命を狙われていたというのに。


「はあ……マジでなんかようやく安心したぜ。……セシル見捨てようとしてわりいな」

「デュークくんは悪くないわ。あの場で冷静に判断できるのは、あなただけだったしね。むしろ感謝したいくらい。私を信じてくれたんでしょ」

「……そうね。みんなすごかった。もっと頑張らなきゃ」

「そんなことないわ。シャリーさんの罠がなければ、みんな全滅してたわ」


 俺は初めて無力さをかみしめていた。

 怠惰な悪役ヴァイス・ファンセント。


 物語の本筋に俺はいないのだ。


「ヴァイスのおかげですよ。私たちが無事だったのは」


 だがシンティアが、突然そういった。

 俺は驚いて掠れたような声を出す。


「俺が?」

「そうです! 助かったのは、ヴァイス様が強くて、みんなそうなりたいと思っていたからです!」

「だといいがな」


 ……だとしたら、俺も意味があるか。


 まったく、弱気な気持ちになるなんて久しぶりだ。


 結果だけ考えると、魔族は撃退された。

 そんなこと原作で考えるとありえない速さだ。


「色々と話したいこともありますし、船に戻りましょうか」

「はい! 渡したいものがあります!」

「そうか、楽しみだな」


 船に乗り込んだ後、シンティアとリリスからプレゼントをもらった。

 婚約記念日だそうだ。


 はっ、なんか悪いな。


 だが二人は本当に嬉しそうだった。


 そして最後にリリスが――。


「ヴァイス様、あなた・・・と出会えてよかったです」

「……どういう意味だ? 俺たちはずっと一緒だっただろう」

「ふふふ、そうですね」


 意味深な事を言った。


 だがその笑顔は、今までで見たことないほど、綺麗だった。


 


 


 


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