123 絶望は足音もなく歩み寄る

 ――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。


 今まであったものが消えていく感覚。

 血肉が飛び散り、激しい痛みと共に激痛が押し寄せる。


 反射的に叫び声を上げそうになるが、押し殺す為に唇を強く噛んだ。


「下がってろ、アレン!」

「アレン! こっちへ!」


 誰よりも早く前に出たのはデュークだ。続いてシャリーが僕の名を呼ぶ。

 驚くべきほどの魔力を漲らせて、僕を守るように前に立つ。


 既に防御術式を展開させている。


 痛い、熱い、痛い、熱い、痛い――


 いやそれよりも魔力で止血だ。

 急がないと手遅れに――しかしそのとき、シンティアさんが急いで駆けより、僕の右腕に手を置いた。


「――少し我慢してください」


 次の瞬間、僕の右手首の切断面が徐々に凍っていく。

 強制的な止血。鋭い痛みに襲われるも、同時に治癒魔法をも複合しているらしく、痛みが治まっていく。


 ……凄い。

 こんな魔法、見たことがない。


「痛み止めの役割も果たしています。――リリス」

「はい!」


 すると、いつのまにかリリスさんが僕の右手首を持っていた。

 空中で拾ったのだろう。


 シンティアさんは、ふたたび凍らせる。


 ――凄い。


 ほんの少しでも魔力の配分を間違えると破壊されるはずだ。

 それなのに、こんなことが――。


「急げば結合できます。私なら。ですが、先に――」

「――全員、陣形を整えて。防御シールドでそれぞれカバーできる位置に。シャリーさん、罠を仕掛けて。アレンくん、ありがとう……」


 すると、セシルさんが悲し気な表情を浮かべて鋭く指揮を取った。

 僕たちはいつも訓練をしているが、こんな顔は見たことがない。僕に申し訳ないと思っているのだろう。

 だが、こればかりは仕方がない。


 隙がないように囲み、魔力を静かに漲らせた。


 今は思考から手のことは消せ。


 透明の魔物? いや、そんなのは聞いた事がない。


 ……それより僕しかできないことを考えろ。


「――僕がやる」


 みんなから制止されるが、残った左腕に聖剣ホーリーソードを構えた。

 空中から出現し光り輝くも、威力が下がっていることがわかった。


 魔力の乱れが原因だろう。


 だが今はそれよりも、正体を暴くことが大事だ。


 トゥーラさん、そして、ヴァイスを思い浮かべろ。


 僕の能力ギフトは、イメージによって構築される。

 だから視たことがないものは模倣ができないし、魔力の構造理解も必要だ。

 それでも、破格な力――。


「――一撃必殺ワンヒットキル


 横に一閃――視えない斬撃が飛んでいく。だがそれは、閃光タイムラプスの術式をも含んでいる。


 すると、何もない場所で、何かにぶつかった。

 電気のようにビリビリと空中で弾く音が聞こえ、そして――現れる。


「――魔族です」


 セシルさんがぼそりと言う。

 

 僕たちは、誰もが息を押し殺した。

 もどきではなく――本家。


「ハッ、なんだァ? 見破れられるのがはええなァ」


 魔族は頭部に黒い角が生えている。それは誇りだ。隠すことはない。


 現れたのは、厄災で見たことのない魔族だった。


 ゆったりとした黒いコートのようなものを着ている。背が高く、細い。

 白髪で、どこか気だるそうだ表情を浮かべている。


 だが漲る魔力は真反対だった。


 ――強い。


「おいこらカス! てめえが兵士を殺したのか? それに、アレンの腕を!」


 物おじせずに突っかかったのはデュークだ。今にも飛び出しそうな剣幕だが、彼は頭がいい。

 未知数な相手に無暗に突っ込んだりはしないだろう。


 だがそうは思えないほど怒っている。


 魔族は人を殺して、まるでそのことがなかったかのように笑っている。


「ハッ、これが兵士? こんなのただの虫だろうが」

「お前――いい加減にしろ」


 僕は力を貯めた。そしてみんなに「いつも通りに行こう」と声をかけた。


 たとえ右手首がなくともやるべきことは変わらない。


 魔族は人類の敵だ。相手が何を考えているかなんて、今ここで必要がない。


 ――先手。それが、ノブレスの教えだ。


 幸い、シンティアさんのおかげで痛みはかなり抑えられている。


「――そうか、じゃあお前も、虫にしてやるよ!」


 意図をくみ取ったデュークが一番に駆ける。つづいて、シャリーが魔法を付与した。

 身体強化パワーアップに属性の加護を強化している。攻撃と防御が何倍にも膨れ上がっているはずだ。


 そしてシンティアさんが、氷剣グラキエースを構えながら続く。

 同時にリリスさんが高く飛んで、ナイフを投げつけた。


 僕もデュークを追いかけていた。


 セシルさんは僕の腕を持ち、静かに周囲を警戒している。


 こいつが一人かどうかわからない。だからセシルさんは、それを視ている。


 全員がやるべきことを一瞬で理解した。


 右手首のを考えると、恐怖が浮かぶ。


 だが今は、今だけを考えろ――。


「おお!? なんだなんだァ!? 人間はおしゃべり好きってきいてたんだけどなァ。自己紹介もなしかよ?」


 寸前まで近づいたデュークが、思い切り右足を踏み込んで魔族の腹部を狙う。

 地面が割れて、ものすごい力を入れているみたいだ。


「ハッ、おもしれェが、ちいとばかしバカ正直すぎねえか?」


 だが驚いたことに、魔族は攻撃を難なく回避し、くるりと翻してデュークを蹴りつけた。


 間髪入れずリリスさんのナイフが飛んでいくが、マントをなびかせて防ぐ。

 高密度の魔力で覆われているのがわかった。


 だが――。


 続く僕とシンティアさんが、左右から攻撃を仕掛ける。

 

 絶対零度の氷剣グラキエース聖剣ホーリーソードだ。


 攻撃力の高いシンティアさんと術式をも断ち切る剣。


 ――これなら。


「――はぁっ!」

「よくもデュークを!」


 力がうまく入らない。でも、わがままはいってられない。

 渾身の力を入れる。


 だが僕とシンティアさんの攻撃が、防御シールドによって止められる。

 黒い――これは、闇属性の魔法だ。


「なんか、大したことねえなァ?」


 闇は全てを拒絶する。非常に強い攻撃力、防御力を持っている。

 それからまるではじき返されるような衝撃波で、僕たちは吹き飛んだ。


「クックック、ハッハッハ。――自己紹介ぐらいさせろよな。――オレは魔族のベルトニー様だ。これは宣言・・だ。お前・・を殺す」


 高らかに笑いながら、魔族――ベルトニーが指を差す。


 その相手は、僕でも、シンティアさんでもなく。


 ――セシルさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る