118 覚悟の差
試合開始が宣言された瞬間、俺とシエラは真正面から駆ける。
エヴァとエレノアは動かず、魔力を漲らせていた。
俺はエヴァのことを知っている。彼女がいきなり攻撃を仕掛けて来ることなんてないだろう。
まずは俺たちの出方を見て、その上で楽しいと思えるまで攻撃を見た上で蹂躙する。
エヴァにとって戦いはゲームみたいなものだ。
勝ち負けや生死なんて頭にないだろう。
だが俺は学んでいる。これは
そこに付け入る隙が必ずあるはずだ。
だがまずはエレノアから確実に落とす――。
俺とシエラは、
エレノアに向かって飛び掛かり、思い切り振りかぶる――。
「――ハァアッ!」
だがエレノアは、両手に腐食を漲らせて俺たちの攻撃を受け止めた。
ジュッと酸のような音が聞こえて、武器破壊ができないはずの俺の剣が一部欠ける。
それはシエラも同じだった。光属性でコーティングのように覆っているだろうが、その防御を貫通して武器にまで腐食が及びそうになる。
この差が、後々効いてくるかもしれない。
「あら、私の事は無視かしら?」
するとエヴァが、子供のように笑って殺意を漲らせた。
あえて放置されているのがわかったのだろう。それが、気にくわなかったのか。
だが笑えないほどの魔力、全身に鳥肌が立ち、ここから逃げろと脳が回避行動を促す。
しかし、それは許されない。
俺とシエラは同時に後方に大きく飛び、距離を取る。
そして、ふぅと浅い呼吸を吐いた。
「さあて、面倒だわ」
「ああ、作戦変更しますか」
「それは変わらない。落とすのはエレノアからよ」
エレノアの
弱い耐性なら一撃、強い術式でも時間をかければお構いなしだ。
更に生来エレノアは防御耐性にも優れている。
腐食を突破して本体にダメージを与えるのは至難の業だ。
さすが俺と同じ闇、厄介な能力だ。
だが闇は致命的なデメリットが存在する。
それは、魔力消費量が大きいことだ。
しかもエレノアはデカい。いろんな意味で。
とはいえ、間違いなく魔力量は多い。
そこへ少しとはいえ苛立ちを覚えたエヴァ、状況は芳しくないな。
「もう一度攻撃を仕掛ける。ヴァイは――」
「――来るぞ!」
シエラが俺に声を掛けた瞬間、エレノアが単身で突っ込んできた。
これは予想外だ。
試合前、エレノアは普段と違う表情で、必ず勝つとシエラに宣言していた。
なるほど、本当にその覚悟があるみたいだ。
だが――好都合だ!
「ハァアアッ!!」
「――
俺とシエラは、空気の斬撃を飛ばす。
それは鋭利な刃を纏いながらエレノアに向かっていく。
だが――。
「効かないよ」
両手で難なく破壊される。
しかしそのくらい俺とシエラもわかっている。
俺は同時に空高く飛んでいた。
シエラは真正面から突っ込んでいる。
彼女の弱点は両手の届かない二方向。
正面と上からでは視界の不利と関節の不利がある。
さすがに手を伸ばして簡単に看破できるほど俺たちの攻撃は軽くない。
刺殺――。
正面からはシエラが渾身の一撃を与えようとしている。
――もらった。
「ふふふ、させないわよ。でも、随分と応用が利くようになったじゃない?」
「――くっ」
だが俺の攻撃を受け止めたのはエヴァだった。
視えざる手、エレノアの身体に当たる手前で、剣が止められる。
感触はまるで鉄だ。
音が響かないのが、また不気味に思える。
そしてシエラはエレノアと戦いはじめる。
作戦通りにはいかないが、俺がエヴァを止めればいい。
ま、最初から虫のいい話だった。
――最強を放置するなんてな。
俺は地面に降り立ち、剣を構える。
以前手合わせしてもらったときよりも何倍も強くなっている。
――全力でいく。
「おいで、後輩くん」
「――デビ!」
俺は、最速でデビを召喚した。
何もないところから闇の渦が現れ、そこから飛び出てくる。
右手に剣、左手に鞭、二人で並走しながら、全力で攻撃を仕掛ける。
「――ふふふ、いいわ。いいわねえ、強くなってるじゃない」
余裕の笑み――だが、ここからさらに速度を上げる。
同時に足で地面を叩いて、癒しの加護と破壊の衝動を――起動させた。
俺とシエラの力が、増幅する――。
「器用になったわねえ」
笑ってられるのも――今のうちだ――。
『ヴァイスの凄まじい攻撃! 目で追うのがやっと、いや追えない!? し、しかしエヴァは何ということか、ヴァイスとデビの攻撃を全て笑いながら回避している!?』
――ったく、化け物だなほんと。
「いいわあ、いいわねえ。下級生でこの域に達するなんて凄いわよ」
「よくいいますよっ!!!」
最後に思い切り魔力を漲らせ、最速で一撃を与える。
これはさすがに回避できないはずだ――。
『な、なんと、ヴァイスの剣が空中で止まっている!?』
「ふふふ、みんなにバレちゃったわねえ」
「ネタバレは勝負の醍醐味ですよッッ!――」
しかし続く後ろからのデビの鞭も回避される。
はっ、おもしろい。
『おおっと、シエラの攻撃が、ついにエレノアに!?』
すると後ろで戦っていたシエラの鎌が、エレノアの右腹部に直撃したのが見えた。
苦痛で顔が歪む。
だがエレノアは下唇を噛みながら右手を振って、シエラの右肩に攻撃を命中させた。
その一撃でかなりのダメージを負ったのだろう。
同じく顔を歪ませたシエラは吹き飛びながら右肩を抑える。
俺は
すぐに治癒魔法を詠唱した。
普段あまり使うことはないが、闇から受けた攻撃は毒のように抵抗力を弱めてくる。
それを防ぐ為だ。
「……ありがとう、ヴァイ」
「いえ、それより――なかなか崩せないですね」
「ええ、エヴァはまだ余裕みたいだし。エレノアも……今日は覚悟が違うみたい。本気で勝つつもりよ。まったく……妹なのに」
シエラはずっとエレノアを守ってきた。
いや、これからもだ。
エレノアがいたからこそシエラは不遇な環境でも心を強く持つことができた。
姉として、常に頼られる存在でありたいのだろう。
だがエレノアもそれに甘えたくないはずだ。
その覚悟の差が、どちらがより上か。
それが、勝敗を分ける。
そしてそれは俺もだ。
エヴァに本当に勝つつもりだ。
その気持ちが、より強いかどうかだ。
「もう一度二人で行きましょう。今度は、俺が支援に回ります」
「ふふふ、あなたがそんなこと言うなんて」
「勝つ為ですよ」
そう、勝つためだ。
俺はその為なら手段は問わない。
ふたたび同時に駆ける。だが俺たちにはデビの人数有利がある。
以前と違ってデビも強くなっている。一撃で殺されることなんてないだろう。
デビの一番の利点は、魔力消費なく飛行ができること。
俺は空に待機させていたデビを操作し、魔力砲を放つ。
同時にシエラがエレノアに攻撃を仕掛ける。
「ふふふ、おもしろわねえ」
エヴァは、空に防御を展開した。
シエラの攻撃は、エレノアに受け止められる。
俺は、シエラに
シエラの力が増幅されて、エレノアを身体ごと押し込む。
そこにエヴァが手助けしようとするが、俺はさらに
初めから本気でエヴァが攻撃すれば破壊されるだろうが、様子見の一撃程度で破壊されるほどやわじゃない。
その瞬間、シエラは更に勝負を仕掛けた。
たとえ攻撃を防いでも、その衝撃刃が残る。
「エレノア、あなたは私に勝てないのよ!」
「――私は、勝つ!」
シエラの攻撃がエレノアに届く。頬に一閃、血がにじむ。
どうやら本気だ。ここまで勝ちたいとは。
だがそれはエレノアも同じ。
二人の本気の試合、俺は、見届けることにした。
これはタッグトーナメント、だが真剣勝負だ。
――俺の相手は、エヴァだ。
「――邪魔はさせませんよ」
俺は突進するかのようにエヴァに向かって
受け止められるのはいい。
目的はシエラの邪魔をさせないことだ。
だがエヴァもそれが面白いと思ったのか、俺に目標を定めた。
今までの全ての力を注ぎ込む。魔力の淀み、流れ、オーラ、何もかも視る。
すると、ついに――。
「あら、
「――はっ、とんでもねえ」
エヴァの力の一端が、姿を現した。
背中からまるで羽のように生えているのは、いくつもの魔力で出来た腕だ。
それはまるで生き物かのようにうねりをみせながら、俺に向かってくる。
一つ一つの力がとてつもない。全て属性が違う。
魔族もどきを全員弾き飛ばしたのもこれだろう。
「ふふふ、あなたも好きなのね」
いつのまにか俺は笑っていたのだろう。
原作で知りえなかったエヴァの力を視ることことができたのだ。
だが――強すぎるだろうが!
『な、なんだぁ!? 一体、ヴァイスは何と戦っている!?』
無数の手に攻撃を仕掛けられる。
俺は防戦一方――いや違う。
エヴァを攻撃に集中させているのだ。
横目では、シエラとエレノアが本気の戦いを繰り広げていた。
それは今まで見たことがないほどの形相だ。
「エレノア、私は、あなたの姉だから、負けられないのよ!」
「私だって……いつまでも弱くない!!!」
するとそのとき、エレノアがなんと――右足で腐食を発動させた。
それにはシエラも驚いたのだろう。
卓越した魔力技術はシエラの得意技だ。
だがエレノアもただそれを見ていたわけじゃない。しかし俺は、原作でそんな攻撃を見たことがない。
おそらく、いや、間違いなく改変。
エレノアの腐食の右足がシエラの腹部に直撃する。体操服の術式の上とはいえ、肋骨が折れるほどの衝撃だろう。
それでも、エレノアはやめない、本気で勝つつもりだ。
だが――シエラの目は――死んでない。
「私は、あなたに負けられないのよ」
苦痛に顔を歪ませ、身体が大きく押し込まれながらも、エレノアに鎌で一撃を与える。
最後の衝撃はすさまじく、防御耐性の高いエレノアが思わず叫んだ。
そして二人はそのまま勢いよく身体を掴み合い、闘技場の外まで――吹き飛んだ。
10秒までは可能。
だが――二人とも立ち上がることはなかった。
『どちらも起き上がれず、赤チームシエラ、白チームエレノア、場外です!』
俺は大きくエヴァの攻撃をはじいた。
だがエヴァはそれを静かに受け止め、にやりと笑う。
「これで邪魔されることはないわね」
「ええ――そうですね」
残るはエヴァ・エイブリーただ一人――。
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