089 期末テスト

 ノブレス・オブリージュは学園物語だ。

 修学旅行が組み込まれていたように、当然期末テストだってある。


 座学は、魔法学、歴史学、魔物学、武術と剣術、言語学と多岐にわたる。


 個人的に好きなのはやはり剣術で、簡単に言うと、どこを的確に狙えばいいか、どの部位が一番効果的という分かりやすいものから、過去の偉人が使っていた戦い方などを学ぶことができる。

 魔法学に関しては覚えることが多すぎるので、人気はあるが非常に難易度が高い。


 基本的にクロエが担当してくれているが、テストの点数が悪いとポイントは大幅に下がるし、それで退学になることもある。


 ノブレスに留年制度はない。だからこそ必死に勉強するのだが、まさにその期末試験が近づいていた。


 この期間に突入したことで、いつもは筋肉しか脳にインプットしないデュークですら頭を悩ませている。

 というか、教室中のみんながそんな感じだが。


「アレン、この術式で合ってるか?」

「これ、西のミイヤ族の民間魔法だから違うと思うよ」

「嘘だろ……」

「違うわアレン、それはリビト族よ」


 その中でもシャリーは高成績を収めているので、いつも二人の御目付け役だ。


 まったく、普段から勉強しておけばいいものを。


「……シンティア、この百年前のアンダス国のギルアオ宣言ってなんだ……?」

「それは戦争の条約のことですわ、お互いに不可侵を決めたのです」

「なるほど……」

「ヴァイス様、アンダス国のウオダンガン戦争はテストに出ると思いますよ!」

「なんだその魚みたいな名前は……」


 ……実は俺もだった。

 最近は色々と忙しいこともあって勉強がおそろかになっていた。


 今さらテストを落としたところで俺のポイントに響くことはないが、ずっと上位を取っていたプライドがある。

 今さら落としたくはない。


 まあ、原作に描かれていない歴史を覚えなきゃいけないモチベの問題もあるが……。


 そのとき、頭を掻きむしったデュークが立ち上がって、何か思い立つ。


 手のひらをポンッと叩いて、「そうだ!」と叫ぶ。

 

 そしてデュークは、嬉しそうに俺に近づいてくる。


「ヴァイス、座学合宿しようぜ! みんなでやったほうがはええよ絶対!」


 ああ、筋肉野郎。


 ――今日ばかりは、少し褒めてやる。




「うんうん、そうそう。ヴァイスくん、すごーーい、てんさーい」

「あ、ありがとうございます。――エレノア・・・・先輩」


 ノブレス学園、学習室。


 大きいテーブルとイス、そこでは、最強姉妹が俺たちの先生・・をしてくれていた。


 生徒は俺、シンティア、リリス、アレン、シャリー、デューク。


「違うわよ、そこは筋肉で考えてみなさい。例えば上腕二頭筋と思ってみたら?」

「――そうか、つまりここは24042が正解なのか、さすがシエラ・・・先輩だぜ!」


 そして謎の筋肉に例えた座学も始まっていた。

 シエラがIQも高いのは知っていたが、まさかそんなデュークがスラスラと問題を解くなんて。

 

 さすがのシャリーも「そんな手が……」と呆れていた。

 おかげでアレンに付きっきりになれるのはいいことだろうが。


「リリス、そこは違いますわ」

「あ、わかりました!」


 シンティアはリリスに魔法薬学を教えていた。予想以上に合宿はいいものかもしれない。

 ちなみに言葉のアヤなので宿泊はない。


 なぜ最強姉妹がいるのかというと、道端でばったり会ったときに、シンティアが頼んでくれたのだ。

 ウィッチ姉妹の成績はトップクラス、ノブレス四傑は何も力だけじゃない。


『後輩の為なら仕方ないわね』

『いいよ~』


 と、二人とも簡単にオーケーしてくれたのである。なんか、意外と優しいことにびっくりだ。


 そして、俺の横では、エレノアが付きっきりだった。

 香水でもつけているかのような花の香りと、絶対に目が入ってしまうたゆんに惑わされないように問題文を解いている。


 ちなみに教えるのが凄く上手で、モチベの上がらない俺の頭にもすらすら入ってきていた。

 たまにシンティアに怒られないかとひやひやしているが、今の所は大丈夫。


「うんうん、ヴァイスくんはやっぱり賢いねえ」


 俺の事を姪っ子か何かだと勘違いしているのだろうか。

 ゆったりとした喋り方と、ウィスパーボイスは俺であってもかなり強敵だ。


 実際、エレノアは原作人気が高かった。

 ノブレス生徒たちも、闇属性にもかかわらず彼女が好きな人は多い。


 怒らせると怖いので近づけない、という点を除けば。


 しかし俺は不安だった。


 エレノアはまだしも、あの・・シエラが何のメリットもなくここまでしてくれるのだろうか。


 先輩が後輩を助けるのは当然かもしれないが、不安はぬぐい切れない。


 奥の手についても教えてくれなかったし、俺はドキドキしていた。


 だがそんな気持ちとは裏腹に、勉強は順調だった。


 ずっと同じだと穴があるかもしれないので、時折ペアの相手を変えながら。


「ヴァイ、それは西と東が逆だわ」

「わかりました」


 いつのまにか俺はヴァイになっている。まあそれはいい。

 助言をありがたく聞き、その日の合宿(仮)は終わった。


 帰り際、俺たちは先輩にお礼を言って、自室に戻る。


 もちろん、シンティアにもお礼を言った。


「ありがとう、おかげで何とかなりそうだ」

「ふふふ、良かったですわ。――でも、仲良くなりすぎてはだめですよ」

「はい」

「なんて、冗談ですわ」


 そんなことを可愛く言うシンティアは、いつも以上に綺麗に見えた。


 翌日、翌々日も合宿は続いた。


 期末テストは前半と後半で分けられている。



 そしてついに本番当日、座学テストが始まった。


「……凄いな」


 問題文を見て、俺は驚いた。

 最強姉妹が教えてくれた範囲が、ほとんどテストに出ていたからだ。


 さすが上級生か。


「上腕二頭筋だな、これは」


 しかしデュークの発言は少し怖かった。あいつ、そのまま書いてないだろうな?


 だが心配は杞憂だった。

 俺たちは見事に高得点、俺はシャリー、セシル、シンティア、カルタ続いてトップだった。


「さすがですね、ヴァイス」

「ああ、今回ばかりは先輩たちのおかげだな」

「ヴァイス様の努力の結果ですよ!」


 後半までは少し期間があったので、俺たちは話し合って何かを贈ろうと話になった。


 あーでもないこーでもないと言い合って、結局――。


「お姉ちゃん、かわいい……」

「……エレノアは可愛いけど、私はそう……?」


 二人は部屋でゆっくりするのが好きなので、お揃いの部屋着だ。

 柄はクマさんという可愛すぎるものだが、シャリーとリリスの強い意見で決まった。


 まあ、確かに似合っている。


 お揃いという割には、身長差は凄まじいが。


「ま、ありがとね。後輩ちゃん」

「ありがとー大事に着るよー」


 そんなこんなで前半が終わって、残すは後半のテスト。


 といっても、正直ノブレスではこっちが本番だ。


 今までと違って、気を引き締めなきゃいけない。


 そして廊下を歩いていたら、エレノアが俺を見つけて駆け寄ってきた。


 よくわからないが、「ここにいたー」と嬉しそうにしていた。


 ……何が?


「ヴァイスくんに伝えようと思ってて」


 紅潮した赤い頬、いや……走ってきたからか。


「どうしたんですか?」

「――本当にありがとうね。お姉ちゃん、最近凄く楽しそうで」

「シエラ……先輩が?」

「うんっ、私たち、騒がれることはあっても、浮いてるからあんまり話しかけられることが少ないんだよね。まあ、私のせいでもあるんだけど……。でも、ヴァイスくんだけはお姉ちゃんに遠慮なくきてくれるし、お姉ちゃんも、それが嬉しそうなんだよね」


 ……まあ確かに作中でも二人は異質の存在だった。

 勝負を挑むなんてありえないだろう。まあ、嬉しそうってのはいいことか。


「それは良かったですよ。俺としても越えたい壁なので」

「ふふふ、それでね、勉強手伝ったのも、実はお姉ちゃんはヴァイスくんがいたからだよ」

「……俺が?」

「うんうん、ええとね」


 するとエレノアは、周りをきょろきょろと確かめて、俺の耳元に近づいてくる。


「多分、お姉ちゃんヴァイスくんのこと気に入ってると思うんだ」

「……はい?」

「ま、それだけなんだけどね。ありがとねー!」


 そうってエレノアは、たゆんたゆんと手を振って消えていく。


 気に入ってる……なるほど、そういうことか。


好敵手ライバルとして認められているとは、俺も強くなったもんだな」


 嬉しくて笑みをこぼす。


 シエラ、俺はいつか完膚なきまでに叩き潰す――。



 上級生棟、ウィッチ姉妹の部屋。

 

 そこでは、お揃いのクマ柄パジャマを着てベッドでごろごろしている二人がいた。

 シエラは、エレノアのたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんを枕にしている。


「お姉ちゃん、ヴァイスくん高得点だったらしいよー」

「ふーん。そっ。ま、よかったじゃない。筋肉は?」

「凄い高得点でカンニング疑われたらしいよー」

「ふーん、そっ、まそういうこともあるわね」


 いつものようにジュースを飲みながら、そして――。


「……ヴァイ、なんか言ってた? 例えば、私のこととか」

「感謝してたよー、それに、お姉ちゃんが気に入ってるよって伝えといたー」

「ふーん、……え、え、エレノア、どういうこと!?」


 突然立ち上がり、顔を真っ赤にする。


「え、そのままだよー」

「か、勘違いしないでよ!? 別に私は気に入ってるとかじゃないわ!? ちょっと強くて格好良くてクールだなって思ってるくらいで、そんなに!?」

「はーい」


 シエラは強い、強いがゆえに、自分より強い相手を気に入る傾向があった。

 それだけ雪合戦の攻防は、彼女にとって大きかったのである。


「……それで、ヴァイはどんな反応してたの」

「嬉しそうだったー」

「ふ、ふーん? そ、そう」


 ヴァイス、完全勝利をしていることに、気づかず。

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