087 雪合戦
「諸君、
市街地訓練所の屋上。
大雪の最中、以前、ココが、頭の雪を払いのけることもなくタバコっぽいものを口にくわえながら言った。
最後に防衛術式を付与していく。
俺の周りには、下級生といつもはあまり会うことのない上級生たちがいた。
これは、親睦会を兼ねた授業だ。
俺たちは青チーム、相手は赤チームだ。
そしてこれは、ノブレス式雪合戦式だ。
「ヴァイス、手は大丈夫ですか? 私の手でおててを温めますか?」
「大丈夫だシンティア、ありがとう」
「絶対勝ちましょうね!」
お互いのチームに代表として青はココ先生、赤はなんとミルク先生だ。
ちなみに上級生のリーダーも決められている。
こっちは――。
「が、頑張ろうね。
ウィッチ姉妹のエレノアだ。
恥ずかしいのか、赤面しながら大声を出していた。
だが下級生は大会の決勝を見ているので、何とも言えない複雑な表情で返事をしていた。
相手の上級生のリーダーは言わずもがな、シエラである。
……勝てるのか?
いや、エレノアの凄さは知っているが……。
ちなみにアレン隊、セシル隊も向こう側だ。
バランスが悪いと下級生たちは文句を言っていたが、俺もそう思う。
しかしミルク先生曰く、「黙れ」だった。
戦力を計算に入れた正しい判断みたいな解答を期待していたが、どうやらそうではない。
とはいえ、ココも「ま、妥当かなー」と言っていた。
誰かバランスブレイカーがいるのだろうか?
だがこれは原作でも似たような授業があった。
同学年ばかりで戦っていると、その人の癖があったり行動に共通点が生まれる。
そこに先輩や後輩を投入することで、ランダムな動きに変化するのだ。
将来どんなことがあってもいいように考えられた授業。
といっても、わかりやすくいえば剣と魔法の雪合戦だ。
ちなみにココは普段気だるい感じだが、今はやる気に満ち溢れている。
そういえば前に授業で騎士軍の本を読んだといっていた。
うん、わかりやすい。
「
「「「はい!」」」
だが俺たちも思春期の学生だ。簡単に乗せられている。
相手チームを遠目でみてみると、同じく屋上、ミルク先生が何か言っているが、全員が青ざめた顔をしている。
ああ、今日はこっちのチームで良かったかもしれない。
「じゃっエレノア、上級生として一言よろしくー」
最後は締まりのない一言をココが残し、エレノアが前に出る。
ちなみに、たゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんくらいはあるとだけ言っておく。
「え、ええと。お姉ちゃんこういうの好きだから、遠慮ないと思うから、みんな頑張ろうね!」
そして、まったく士気が上がらない言葉だった。
しかしエレノアが右手を上に掲げた瞬間、ナニカがたゆんと動く。
そのおかげで、男たちが一致団結した。
「「「「「はい!!!」」」」。
ルールはシンプルだ。
お互いの
だが防御魔法が付与されているので、一筋縄ではいかない。
つまりどうするのか。
バレーのときと同じで、雪玉に魔力を付与するのだ。
そして雪玉を当てられた場合は退場となる。
駒破壊を優先するか、それとも王を取るか、それぞれの作戦次第ということだ。
だが正しくは雪玉だけではなく、雪を使えば何でもありらしい。
『試合開始まで、五秒、試合開始まで、五秒』
それからほどなくして、魔法鳥のアナウンスが流れた。
ちなみにいつもの漆黒の服は、白に代わっていた。
魔力感知を使わないと見過ごしてしまいそうな迷彩柄になっている。
さあて、楽しい雪合戦のはじまりだ。
まずはエレノアの指示で、自由に動いてみようとなった。
試合は三本勝負、二本先取したチームが勝利だ。
「シンティア、リリス、雪だるまを守っていてくれ。まずは俺が行ってくる」
試合開始、俺は単身でその場から離れながら、雪玉をかき集める。
そして
「――でぇえっ!? いたっ!?」
「ちょっうあわあっ!?」
「え? ヴァ、ヴァイスだ! 隠れろ!」
二人を撃破することができたが、三発目は途中で雪玉が四散した。
魔力構築が甘かったのだろう。
これは確かに、遠距離から魔法を飛ばすいい練習だ。
「さすがに……考えられてるな」
安心していたところに、空中から巨大な影が迫りくる。
驚いて離れたが、それは大きな雪玉だった。
「はっ、やっぱりお前か」
そしてそれを放ったのは、カルタだ。
魔力砲に一番長けているのは知っていたが、雪玉でも同じことができるのか。
だが――。
「次玉の装填は時間がかかるみたいだな」
「――えっ!?」
移動魔法の使用は許可されている。
おそるべし、たゆん。
だがカルタを撃破した。
後ろでは学生たちの叫び声が聞こえている。
ぶつかりあったのだろう。急がなければならない。
次に俺の前に立ちはだかったのは、動く筋肉だ。
「ヴァイス、積年の恨みだ!」
まるで投手のように綺麗なフォームで投げつけようとしてくる。
野球は文化にない。こいつの本能は称賛に価する。
だが――。
「俺はバッターじゃないからな」
「え? いてぇっ!?」
呑気に待つ理由はない。
遠慮なくカウンターで顔面にぶち当てる。
これが野球なら、あいつの剛速球にやられていたのかもしれない。
それから上級生や下級生が向かってきたが、なんなく全員を倒す。
そして俺はついに雪だるまに狙いを定め、玉を投げつける。
かなりの速度だ。当たれば防御魔法は貫通するだろう――。
「カッキーンッ! 残念無念また来週ーっ!」
だが俺の玉を投げ返したのは、シエラだった。
手に持つは――雪の鎌……?
「それ……ズルじゃないのか」
「雪なら何でもありだ、ヴァイス」
俺の言葉が聞こえていたらしく、腕組していたミルク先生が言う。
そして次の瞬間――。
『アレンが雪ダルマを撃破! ミルクチームの勝利です』
「やーいやーい」
シエラが、俺を嬉しそうに煽る。
……クソ、悔しい……。
なんとなく察していたが、
一度陣形に戻ると、全員にその事を話す。
「なるほど、そういうことなんだ」
「……ココ先生、知らなかったんですか」
「私は適当だからね」
これ以上何も言うまい。
続く二回戦、俺は左手に雪玉、右手に雪剣を生成する。
「次はどうしますか?」
「私と一緒に、いこう!」
タユノアがいうならば、それでいくか。
二人で順調に前に進むと、その途中で、シエラが暴れていた。
「バイバーイ!」
雪の鎌は背景に溶け込みすぎてまったく見えない。
魔力がかなり込められているらしく、
だがエレノアがいつのまにか前に出ていた。
素手でシエラの雪の鎌を掴むと、どろりと溶ける。
これが、腐食魔法だ。
「あー何するのよー!?」
「や、やりすぎだよ……」
そして二人は、驚いたことに目にもとまらぬ速度で雪玉を投げつけはじめた。
エレノアはてっきり力タイプで遅いと思っていたが、そんなことはない。
シエラの攻撃もはっきり見えているらしく、全てを回避している。
「すげえ、さすがウィッチ姉妹」
「これ、どうやって手出すんだ?」
「ああ……邪魔できねえな」
みんな見惚れている。気づけば俺も足を止めてしまっていた。
だがチャンスだ。
俺は急いで王に向かって、今度は――アレンが前に立ちはだかる。
「させないよ、ヴァイス」
「はっ、かかってこい。
奴は、俺と同じ雪剣を生成していた。
次の瞬間、剣の競り合いになる。
だが俺の雪剣だけが、少し欠ける。
よくみると雪が、少しだけ氷化していた。
こいつ――シンティアの氷を模倣してやがんな。
ズルじゃないのか? いや、ギリありなのか?
「物真似野郎が」
「僕は絶対に――勝つ。」
ああ、そうだな。
その通りだ――。
「リリス!」
これは試合だ。戦闘に勝つのが目的じゃない。
後ろにいたリリスが、小さな雪玉をアレンに向かって投げつける。
アレンは驚いて回避するので精一杯だ。そして俺は、その隙を見逃さない。
「――じゃあな」
だが完全に捉えたと思ったそのとき、人型の雪がアレンの前に出てかばう。
まるで使役。
「アレン君!」
オリンが雪を遠隔操作していたのだ。
そして続けて、俺の足元の雪が沈んでいく。
これは、シャリーの罠だ。
「ちっ」
「ヴァイス、これで終わりだ!」
アレンがここぞとばかりに雪剣を振りかぶってくる――が、それを受け止める。
俺だって、遊んでるわけじゃない――。
「闇の雨――」
空に向かって手をかざし、降り注ぐ雪に魔力が帯びる。
「うそ、こんなの――」
「え、えええ逃げれないわよ!?」
「ど、どうしよう!?」
そして――その場にいた全員を撃破した。
『アレン、シャリー、オリン、失格!』
後は雑魚ばかりだ。
上級生が雪だるまを守っていたが、シエラがいなけりゃ負けるわけがない。
「く、くそ!」
「悪いね、先輩」
防衛魔法を解除し、雪だるまの首を落とした。
『勝者、ココチーム!』
これで1-1だ。
陣形に戻って、続く三本目の作戦を話し合う。
エレノアとシエラは互角の戦いだったらしい。
見てみたかったが、仕方がない。
「さて、次も頑張るんだ、諸君」
ココはとりあえず諸君ってのが言いたいだけで、特に明確な指示はなかった。
それをわかっているのか、全員が俺を見る。
……なんでだよ。
「ヴァイス君、最後の一戦、指揮をお願いできるかな?」
「……わかりましたよ」
だが
向こうはセシルの指揮で動いていたはずが、最後の俺の攻撃は予想外だったのだろう。
だが次は対策してくるはず。
なら、おもしろいことを考えるか。
「みんな、聞いてくれ」
――先手、それを思い出す。
『最後の勝負、最後の勝負』
魔法鳥のアナウンスが流れた瞬間、
「
シンティアが、雪玉をマシンガンのように相手チームに投げつける。
最後は小手先抜きの全員で特攻だ。
流石に相手も驚くだろう。
やられる前にやる――と、思っていたが――。
「あら、同じこと考えていたのね。さすがセシルちゃん、凄いわ」
シエラを先頭に、全員が中庭に集合していた。
どうやら読み切られていたらしい。
すぐに乱戦となる。
お互いに雪だるまを狙うのではなく、完全決着をつけたいのだ。
なるほど、さすが
「アレン、エレノアを頼んだわよ。私は、ヴァイスと戦うわ」
「は、はい!」
そしてアレンは、シエラの言う通り、エレノアに向かって駆けた。
はっ、面白そうだな。
是非見学したいが、どうやらそうもいかないらしい。
「決着をつけましょうか、後輩くん」
「そうですね、先輩」
シンティアとリリスは、デューク、カルタと戦っていた。
周りの叫び声に惑わされず、シエラは姿を消す。
だが視えている。
――後ろだ。
左から右に振りかぶられた鎌の攻撃を、
間髪入れずに雪玉を投げつける。
「やるねえっ。でも、甘いよ?」
だがこの程度の攻撃で当たらない。
これはただ、セシルを動かすためだ。
「――知ってますよ」
「ふぇっ!?」
跳躍した後、二つ目の
ゆっくり落ちてくると思っていたのだろう。直角で動き、雪剣で切りつける。
あまりの速度にぼろぼろ崩れていくが、一太刀浴びせれば勝利だ。
「ちょ、ちょっと速いわよ!?」
これにはさすがのシエラも驚き、防戦一方となる。
雪剣が限界を迎えるのを感じ、俺は渾身の一撃を振りかぶる――。
――殺った。
だがシエラは、驚きの反応を見せた。
手が光輝き、速度が上がる。
原作ではシエラの魔法は詳しく明かされていない。
そしてその攻撃は、俺の頭上でぶち当たり、雪の鎌は四散した。
反対に俺の攻撃は、シエラの肩にヒットする。
魔法耐性が高いので大したダメージではない。
「な、なによそれ!?」
それもココのおかげで魔力消費が少なくなっている。
シエラの魔力に感知し、自動で発動した。
そして――。
『試合終了、試合終了、ココチームの勝利』
その寸前で、アナウンスが流れた。
周りを見ると全滅していた。
雪だるまを壊したのは、なんとエレノアだった。
「ええへ、勝った」
どうやって全員を倒したのか、見たかったな……。
まあでも、今回は実践とはほど遠い親睦会だ。
お楽しみは後にとっておくか。
前を向きなおすとシエラは肩の雪を振り払っていた。
よくみると、目に涙を浮かべている。
そんなに悔しいのか。
「泣いてます?」
「泣いてない」
「でも泣いてませんか?」
「泣いてない」
何度繰り返しても同じ言葉しか返ってこないだろう。
ま、これがシエラの良さでもあるか。
「……次は、私が勝つ」
だが静かに闘志を燃やしていた。
聞こえてるんだよなあ……。
一応後輩なので聞こえないふりをしつつ俺は、その場を後にする。
「よくやった諸君」
「みんな、勝ったかったあ!」
最後は、ココの一言と、エレノアのたゆんたゆんで締めくくられた。
しかし帰り際、シエラが――。
「ヴァイ、またね」
「じゃあね、ヴァイス君っ」
なぜか俺の名を呼んで帰っていく。
俺は、思い出だす。
シエラは、好意を寄せた異性にだけ、名前を少し変化して呼ぶ、と書かれていた。
原作でアレンも、最後はアレ、と呼ばれていたはず。
……まさか、そんな、いや……。
「……そうか、改変か。むかつく相手には、変化して呼ぶ、になったんだな」
そんなことあるんだなあと、納得した。
ちなみに負けたミルクチームは、夜中に山へ行進していたとか、していないとか。
上級生棟、ウィッチ姉妹の部屋。
その夜、シエラが、エレノアに髪をツインテールにされていた。
「ふんふんふんー♪ ふーん」
「お姉ちゃんめずらしく嬉しそうだねえ」
「そ、そう? そんなことないわよ」
「ふふふ、今日楽しかったもんね」
「まあ、そうね。久しぶりに戦った感じがあるわ」
「それはなんで?」
するとシエラは、耳を少しだけ赤くさせる。
「……何となくよ」
「ふーん、そういえば、ヴァイス君のこと、好きなの?」
「え、エレノア!? な、何いってるのよ!?」
「だって、ヴァイって呼んでたし」
「よ、呼びやすいからよ! ス、なんていらないでしょ! 人類にスはいらないのよ!」
「いると思うけど……。まあでも、恰好いいもんね。強いし」
「……ま、そこそこやるわね。下級生とは思えない動きだったわ」
「やっぱり好きなんだ」
「ち、違うわよ!?」
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