幕間、孤高の最強

「――何の真似だ?」


 ノブレス魔法学園、チーム戦の試験中。


 仲間だったはずの四人が、私を囲む。

 闇夜は問題ない。だが、魔力を使いすぎていた。


「悪いなミルク、お前は――強すぎる・・・・んだよ」

「そうよ、あなたがいなければみんなが喜ぶわ」

「ここで、お前には退学になってもら――っぐぁあぁっ!?」

「――なら死ね」


 ノブレスに期待した私がバカだった。


 この世界はクソだ。仲間なんて必要ない。


 私は、一人でも生き抜いてやる。


「お、お前ら! やれ!」


 敵は一人、また一人と増えていく。


 ああ本当にお前たちは――群れないとやってないけないんだな。




「……ふん」

 

 もう二度と見ることがないであろうノブレス学園に背を向けて、私はその場を後にした。


『ミルク・アビタス、あなたはポイントがゼロになりました。退学です』


 群れることで自身を強者だと勘違いする奴らだった。

 まともな戦いもできない卑怯な連中ども。


 どいつもこいつも腐ってやがる。


 私は、一人でも生きていける。


「――お前が、ビーリーか?」

「何だ小娘?」


 賞金首は腐るほどいた。手続きが簡略化されるので冒険者になったが、面倒なしがらみが少なくて私好みだった。

 はっ、最初からこうすれば良かったのかもしれない。


 魔物退治も楽だ。遠慮しなくていい、手加減しなくていい、誰に指図されるでもなく、私はただ任務をこなしていった。


 気づけばランクは順調に上がっていた。

 変に絡まれることもあったが、実力で全員を黙らせることができる。


 だが――。


「……ふん」


 魔物をいくら駆逐しても、金が入っても、私の心が満たされることはなかった。


 

 そんなある日、非常に面倒だがパーティーを組むことになった。

 高ランク冒険者になると強制的に任務を受けなきゃならないことがある。


 そこで初めて、に出会った。


「よろしく、君がAランクのミルク・アビタスか! 俺はノヴェルだ、今回はよろ――」

「自己紹介なんて必要ない。さっさと終わらせるだけだ」


 無害そうな笑顔、ひょろい体、女のようなサラサラな黒髪。

 何もかもが気にくわなかった。


 こういう奴は、善人面通りの行動を取る。

 人を助けることが何よりも尊いと考えているだろう。


 そしてなによりも、群れるのが好きだ。


「ははっ、評判通りの面白い人だな」


 何人かの冒険者を引き連れてのダンジョン制覇・・

 それが、私たちに課せられた任務だった。


 入口に辿り着くと、そこには冒険者が大勢いた。


 いつもは最悪な気分だが、今回は少しだけ楽しみだった。


 なぜなら、滅多に目にかかることないS級冒険者が引率してくれるとのことだ。


 どれほどのか、図ってやる。


 そのとき、なぜかノヴェルが前に出る。


 ……なんだと?


「よし、揃ったな。俺はS級冒険者のノヴェルだ。改めてよろしくな」


 こんな奴がS級?

 はっ、やっぱり大したことがないんだな。


 冒険者も潮時か。


 そんなことを考えながら、たちはダンジョンの中に入った。

 

 何もかも簡単だった。


 ボス以外・・・・は。



「ギオャアァアツス!」

「……化け物が」

 

 最下層のボスは、まるで神が造り方を間違えたかのような魔物だった。

 

 竜に似たその風貌の手足から繰り出される攻撃は、どんな魔物よりも強く、攻撃は速く、いくら切り刻んでも自己修復能力が凄まじいのだ。

 ただただ冒険者たちが死んでいく。


 脱出は不可能だった。壁は破壊できず、逃げ道はない。


 ――死。

 

 だがノヴェルだけは諦めていなかった。


「――勝てる、絶対に勝てる。諦めるな!」

「はっ、どうやって勝つというんだ?」

「自己修復に優れているのは魔力があるからだ。無限ってわけじゃない」

「その根拠は?」

「ない。だが俺を信じろ」


 信じる・・・・なんて笑える。


 それは裏切り者が使う言葉だ。


「……黙れ」


 私はノヴェルの言葉を無視し、駆ける。

 自己修復ら許されない刹那、永遠に蘇ることのない速度で、駆逐すればいい。


 ――そして私は、何度も切り刻んだ。

 だが、魔物は復活し、私の背後を捉える。


 心臓を一撃で破壊される魔力を感じたが、なぜか私は無傷だった。


 慌てて振り返ると、私を庇って攻撃を受けたのは、ノヴェルだった。


 その攻撃はノヴェルの右腕を奪い去っていた。


「――くっ、ミルク、離れろ!」

「ギャアッアアッス!」


 ……バカが。

 

「なぜ私を助けた? 女だからか?」

「……違う。勝つ為だ。お前が五体満足じゃないと、こいつには勝てない」

「ふん、その結果、右腕を失ってもか?」

「ああ、安いもんだ」


 ……右腕から血が溢れすぎている。

 こいつ、死ぬな。


「もし勝てたとしても、お前は死ぬ」

「かもな。でも、お前は生きるだろ」

「ははっ、私のことが好きなのか?」

「違う。お前は強い。強けりゃ大勢を救えるからだ。――来るぞ!」


 ……善人が。


 そして私は、ノヴェルに向けられた魔法を切り刻んだ。


「やるじゃないか」

「黙れ。だがお前が死ぬ前に願いを叶えてやる。……どうやって戦うか教えろ」

「回復速度を速めれば魔力はすぐに底をつくはずだ。俺とお前で、交互に攻撃を続ける。残った連中にも働いてもらうが――ミルク、誰よりもお前が頼りだ」

「――ふん、」


 右腕の治癒を優先することなく、ただ前に進む……か。


「なら着いてこいS級! 遅れるなよ!」

「はっ、誰に言ってんだよ!」


 ノヴェルは、残った左腕で剣を振り続ける。私と交代しながら、魔物を切り刻む。

 確かにこいつの動きは素早い。


 私と同等か、それ以上だ。それだけに右腕を失った事への損失は大きいだろうに、悪態は一つもなしか。


 ――その根性は認めてやる。


S級・・、なかなかやるじゃないか!」


 そして――。


 ――――

 ――

 ―


『ダンジョンが制覇・・されました』


 血だらけで私たちは、外に出された。


「や、やった! 生き延びたああ」

「はあはあ……やったやったぜえええ」


 残った冒険者は数える程度、その中に私はもちろん、ノヴェル・・・・も含まれていた。

 

 だがノヴェルの血は流れている。治療魔法を使えるやつは死んだ。


 しかし奴は、残った魔力をかき集め、火魔法で自らの右腕を焼きやがった。

 確かに止血にはなるが、相当な痛みを伴うはず。


 なのに顔を歪めるだけで、言葉す

ら発しなかった。


 はっ、これが、S級か。


「なかなかやるじゃないか。お前の言う通りだった」

「ああ、適当だったんだけどな」

「……は? 適当?」

「だってわかるわけねえだろ。俺、あいつと戦うの初めてだし」


 その言い方に、私は不覚にも大口を開けて笑ってしまった。

 おもしろい奴だ。


「笑いすぎだろ……」

「その右腕はどうするんだ?」

「腕のいい治癒術者に傷口を治してもらうが、さすがに復活は無理だろうな」

「悲しくないのか?」

「悲しいに決まってんだろ。でも、生きるか死ぬかなら安いもんだろ。――それに、いい女を助けたのなら俺の右腕も喜んでるぜ」

「……はっ、バカが」


 そして私は、その場を後にする。


 が。


「ノヴェル、私が必要なら呼べ。――お前の右腕の代わりぐらいならしてやる」


 最後に言葉を残して。


 だがそれはすぐに後悔した。


「――なぜ私を呼んだ」

「呼べっていっただろ。魔物退治、手伝えよ」

「お前はバカか? あのダンジョンから三日しかたってないんだぞ?」

「でも、苦しんでるやつがいるんだ。仕方ないだろ?」

「……お前は変わってるな」


 それから私は、ノヴェルと行動を共にするようになった。


 そしてやはり、こいつは底抜けの善人だった。

 人を助け、悪を懲らしめ、任務を遂行する。


 バカでお人よしで、だけど、私よりも本当の意味で孤独だった。


「家族がいないのか」

「ああ、随分と前に死んだよ。勘違いするなよ。魔物じゃない、流行り病って奴だ」

「そうか」

「ミルクは?」

「家族はいる。だが随分と帰っていない。いや、帰りたくないんだ」


 危険な森での野営中、だが、こいつといればなぜか心が穏やかになる。

 だからだろうか、普段は絶対に言わない言葉を口にしてしまったのは。


「……親友が死んだんだ。私のせいで」

「どういうことだ?」


 思い出したくもない過去。だが、なぜかノヴェルには聞いてもらいたかった。


「私は――」



『ねえ、危ないよ』

『大丈夫だって、ミルク・・・は本当に怖がりだよねえ』


 生まれは名家の家系だった。

 それなりに不自由せず、それなりに幸せな家族。

 妹がいて、親友・・のミアとよく遊んでいた。


『ど、どうするの?』

『この蜜が美味しくて――わ!?』


 ハチの巣を落としたミアが叫び、私たちは逃げ出した。

 開けた場所で落ち着き、そして笑う。


『あははは、だめだった』

『そうなると思った……』

『ミルクの言う通りだったよ、これからは気を付けるね』

『でも、面白かった』

『私も。そろそろ学校が始まるし、遊べなくなるね』

『あーあ、ミアと同じ学校だったらなあ』


 私とミアは別々の学校だった。

 だけど休みの日にはいつも遊んでいた。


 そんなある日、ミアの様子がおかしかった。

 頬が赤く、殴られていたかのような――。


『……どうしたの? ミア』

『何でもないよ、それよりまたね』


 それからミアとはなかなか会えない日々が続いた。

 そして私は、とんでもないものを見た。


 ミアの家に行こうとしたとき、悲鳴が聞こえたのだ。


 道端で女の子たちに絡まれていたのは、ミア・・だった。


『調子乗ってんじゃないよ、ミア』

『ほんとほんと、生意気なんだよ』


 その人たちは、地元でも有名な貴族で、怖い人たちだった。

 ミアは、いじめられていた。


 怖くて怖くて、私はあろうことか逃げ出した。


 だが勇気を振り絞り、後日、ミアの両親にその事を話した。

 何とかすると言ってくれて、私はホッとしていた。


 それからミアと何度か会う機会もあったが、顔にあざはもうできていなかった。


 ああ、よかった――。


『……ミアが、死んだ……?』 


 だがミアは死んだ。地元で危険とされている崖から落ちたとのことだった。

 突き落とされたわけじゃなく、遺書が残っていた。


 そこには虐めた奴らの名前が書いていたとミアの両親から教えてもらった。

 だが、そいつらが裁かれることはなかった。


 ミアの両親は何とかしようとしたが、結局、陰でミアをいじめていたらしい。


 何も解決していなかったことに、私は遅れて気づいたのだ。


 ……私のせいだ。


 私が、もっとちゃんとしていれば。


 私が、ミアを――殺した。



『――ミルクお姉ちゃん、最近変じゃない?』

『何でもない』


 その日から私は変わろうと決めた。弱い自分を捨てて、自分を変えようとした。

 簡単ではなかった。怖いこともたくさんあった。


 数年後、ミアを死に追いやった奴らを全員ミアの墓の前で謝罪させた。そして学校を自主退学させた。

 貴族としての面目は潰れただろうが、ミアを殺した罪で裁かれることはなかった。因果関係の証拠がないからだ。


 いや……ミアの死因は私だ。

 私が、強ければ、こんなことにはならなかった。

 私が、ミアに寄り添っていれば……。


 ノブレス魔法学園に入学したのも、強くなりたかったから。

 群れるのは弱い奴らがすることだ。ミアを殺した奴らみたいに、弱いから群れる。


 私は、一人強くなった。それを証明したかった。



 だが――私は、間違っていたのだろうか。



「……そうか」


 私は、ノヴェル全てを話した。

 家族にも話したことのない全てを。


「結局、私は親友を見捨てたんだ。殺したんだ。それにミアは、私に助けを求めることもなかった。私が、弱かったからだ」

「――いや、違う。ミアは、君に心配をかけたくなかったんだ。だから、言いたくなかったんだよ。君のせいじゃない、ミルク、君は悪くない」

「そんなことない。私は、私がミアを殺したんだ」

「違う、自分を責めるな」

「何がわかる? お前に何が――」


 ノヴェルは、私を抱きしめた。

 強く、片腕しかない癖に、クソみたいに強い力で。


「――自分を、責めるな」


 ああ――なんだ、なんで……こいつといると、ノヴェルといると、こんなにも心が、穏やかになるんだ……。



「騎士になるだと?」

「ああ、冒険者は嫌いじゃない。でも、西で大規模な戦争が起きてることは知ってるだろ? そこが……故郷なんだ。S級なら無条件になれるらしい。せっかくのチャンスだ。俺は騎士になる」


 気づけば私はノヴェルと同じS級冒険者になっていた。

 だがノヴェルは故郷を守る為、騎士の身分をもらって国の為に尽くすという。


 S級になれば冒険者は騎士よりも楽だ。それなりの地位と金が簡単に手に入る。

 今さら誰かの下で働く必要なんてない。


 だが、こいつはそれをあっさりと捨てるとのことだ。


「……なら私も着いていこう」

「いや、これは俺の問題だ。故郷を守る為にいくんだ。ミルクお前は――」

「私は、お前の右腕・・だろう?」


 そして私たちは騎士となった。

 ノヴェルと同じ隊ではなかったが、奴は右腕がないにもかかわらず功績を上げていった。


 私も負けていなかった。いや、ハッキリと言えば奴よりも戦場での活躍していたのかもしれない。

 だがそれは自分の為じゃない。この戦争を、一日でも早く終わらせる為だ。


「ミルク隊長、聞いてくださいよ。ノヴェルさんがボクをいじめるんすよ」

「おいおい、リドルそんなことないだろうが」

「ははっ、ノヴェルは悪い奴だからな」


 気づけば私の周りには、いや、ノヴェルを取り巻く連中と笑っている自分がいた。

 隊は違えど、私たちはよく大勢で集まって酒を酌み交わしたり、カード遊びに興じた。


「ミルクさーん、飲みましょうよー」

「メイ、お前は飲みすぎだ」

「ミルク隊長、俺たちとも飲みましょうよ!」


 そんな日々が、正直、楽しかった。

 背中を預け、守り、守られ、誰かと過ごすのが普通になっていた。


 休みの日は、よくノヴェルと会っていた。

 

 愚痴を吐き、飯を食べ、酒を酌み交わす。

 ノヴェルは人が好きだった。よくみんなのことを話していた。


 あの部下はやれ本が好きだと、やれ寝坊が多いだと嬉しそうに話していた。


 そして、戦争が終わりかけていたある日の夜。


「ミルク、戦争が終わったら、俺と一緒に暮らさないか?」

「――はっ、おもしろい冗談だな」

「本当だ。お前の功績を聞くたび、俺は怖いんだよ。……お前を失うのが」


 いつもの酒場で、奴はそんなことを言い放った。

 ノヴェルらしくない表情で、私を見つめる。


「私の何がいいんだ?」

「全部だ」

「面白い冗談だな」

「本気だよ」


 ノヴェルの目は綺麗だ。まっすぐで、いつも前を見ている。


「……こんな女らしくない女もいないぞ」

「ははっ、ミルク・アビタス、お前ほどいい女はいない。強くて綺麗で、それでいて純粋だ」

「物好きだな」

「そうか? でも、俺もいい男だろ?」

「……考えておこう。次の戦争が終わってからの話だ」


 答えは決まっていた。だが、今は言いたくなかった。

 私は怖かったのかもしれない。


 それで話は、戦争が終わってからどうするのかと続いた。


 何と奴は、先生になりたという。


「なんでまた?」

「いや、実は新人隊員に物を教えるのが楽しくてさ、向いてるんじゃないかなと思って。子供たちの剣術の先生にでもなろうかなって思ってるんだ」

「……まあ、確かにお前は向いてそうだ」

「いや、ミルクもだぜ。お前、部下からの評判すげえいいぞ」

「嘘をつくな」

「本当だ。お前ほど頼りにやるやつはいないからな」

「はっ」


 私は心から笑っていた。嬉しかったのだろう。認められていたことが。

 そして、こいつの口からそんなことを言われたのが。



 しかしその日を最後に、私とノヴェルが言葉を交わすことはなかった。



「――なんて言った?」

「それが……」

「今お前、なんて言った!?」


 伝令の胸ぐらをつかみ、私は激昂した。

 怒りが、身体が、抑えきれない。


「ノヴェル隊の一人に裏切者がいて、作戦が全部バレていたんです。今、全員殺されたと連絡が……」

「裏切者だと……殺された?」


 ありえない、ありえない、嘘だ。

 私は、信じない。


 私は、剣を取った。


「ミルク隊長!? どこ行くんですか!?」

「助けに行く。あいつが死ぬわけがない」

「ダメですよ! 敵がわんさかいるんですよ! そんなの騎士会議で怒られ――」

「黙れ、お前から殺してやろうか?」


 そして私は、一人でノヴェル隊を追いかけた。

 作戦では、森の建物に籠っている残党兵を捕らえるはずだった。


 森へ行くと、そこには――大勢の敵兵士がいた。


 私は、闇夜に紛れて近づく。


「ふう、良い夜だなあ」

「だな。てかあいつらバカだよな、騙さやが――!?」

「ん? お前誰――ぐぁぁっああああああ」


 強行突破で中へ押し入ると、そこには――死体がいくつも地面に転がっていた。


「ミ、ミルク!?」

「……お前が、裏切者か・・・・・


 敵兵士の中に紛れていたのは、ノヴェルの隊にいたリドルだった。

 ノヴェルがいつも嬉しそうに話していて、可愛がっていたのに、こいつは――。


 そして倒れている死体の中には、私を慕ってくれていたメイやノヴェル隊の連中がいた。


 その中に――右腕がない男の死体も。


「……ノヴェル」


 奴は疑うことを知らなかった。仲間を信じていた。

 誰よりも、正義を信じていた。


「や、やっちまえ! こいつ一人なら! みんなで囲めば」

「――死ね」


 そして私は、裏切り者の目玉を落とし、舌を抜き、指を落とし、できる限りの苦しみを与え、殺した。


 金が欲しかったらしい。ただ、それだけだった


 世の中は腐ってる。腐ってる。腐ってる。


「――ミルク、お前の独断の行動はとても許されるものではない。だが貴重な戦力だ。気持ちも痛いほどよくわかる。だからといって――」

「すべての罰は受けます。しかし何があろうとも、私はこの戦争終わらせます」



 そして私は、この戦争を終わらせる一人になることができた。

 ノヴェルが愛した故郷を守ることができた。

  

 しかし、私の心は以前のように戻っていた。


 それから騎士を引退。冒険者の肩書だけは残っていたが、何もする気が起きなかった。


 怠惰を貪っていると、あれだけあった金がいつのまにか消えていた。

 私はもう、死にたかったのかもしれない。


 そんな時、戦争時に何度か小競り合いのしたことがあるゼビスから連絡があった。


 ファンセント家の長男、ヴァイスを鍛えてほしいと。


 はっ、噂は知っている。

 

 悪名高い貴族だ。屑、屑、屑。


 私にはお似合いかもしれない。


 だが、その時、ノヴェルの言葉を思い出す。


『――ほら、子供に何か教えるのって楽しそうじゃん?』


 ……ふん。


 まあいい。金もなくなってきたところだ。


 酒を買う金ぐらいはもらえるだろう。


 もし本当の屑だったら、最後に殺して金を奪うのも悪くない。


 噂通りならどうせ――。


『僕の名前はヴァイス・ファンセントです。ミルク先生、今日から宜しくお願いします』


 だが私が想像と違って、ヴァイスは、ファンセント家の長男は礼儀正しかった。


 その姿は、なぜか初めて会った時のノヴェル・・・を思い出した。


 ひた向きな性格、努力をし続ける性格。


 顔はまったく似ていない、だが、なぜか思い出す。


 だがこいつは――善人すぎる。


 戦争において、それは時として牙をむく。


 ヴァイス・・・・、お前は、お前だけは――死なせたくない。


「……先手だ。何よりも先手を重んじれ。ヴァイス、仲間を信用しすぎるな。卑怯という言葉は、戦場において褒め言葉だ」

「え? は、はい! わかりました!」


 そして私は、いつのまにヴァイスを鍛えるのが楽しくなっていた。

 意味のない日々、真っ白だった毎日に、色がついていく。


 ノヴェル・・・・、見ているか?


 お前のやりたかったことは、案外悪くない。


 私は、お前のおかげで笑えているよ


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