073 即席三人組

「――等級試験だ?」


 ゴーレム討伐を終えて報酬を頂いた後、ギルド受付員からそんなことを言われた。

 俺が初めて冒険者の申請をしたときは貴族だからか、それともブータンを捕まえたからか、試験が免除された。

 だがB級ランクに上がったことの試験がまだ残っているとのことだ。


「は、はい……そ、それを受けないと、失効してしまうんです」

「ああ?」

「ひ、ひぃ!」


 相槌を打っただけだが、どうやら俺の態度が怖いらしい。

 ったく、しちめんどくさい。


 とはいえ冒険者の資格は残しておきたい。貴族であるという身分を明かさずに他国への入国をすることもできるし、冒険者大会みたいなイベントにも参加ができる。

 これから先で起こるであろう厄災のことも考えると、冒険者組合の情報網は侮れない。


 だが――。


「気にくわねえな」


 そのことを、ギルド内のテーブルの後ろで座っているシンティアとリリスに伝えようとしたが――。


「あ、あの」

「ああ?」

「お連れさまのシンティア様、リリス様も以前冒険者の適正試験をパスしましたが、その後、等級試験がまだ……」

「あああ?」

「ひ、ひぃ!」


 何度もいうが、これはただの相槌だ。

 この人はただの受付で、責任がないことはわかっている。


 で、そのことを二人に伝えてみたが、どっちでもいいとのことだった。


「ですが、今後のことを考えると受けていたほうがいんですよね?」

「まあ、そうだな」


 ノブレス・オブリージュは魔法学園がメインではあるが、外の世界に出ることも多い。

 当然、いろんなイベント・・・・で他国へ行くことになる。


「私は問題ありませんよ。ヴァイス様にすべて従います」


 当然のように答えるリリスだが、その忠誠心はいつみても誇らしい。

 試験については国によって違うが、試験官と試合をしたり、指定された物を探したしたりと様々だ。


「あ、あのぅ」

「ああん?」

「ひ、ひ、あ、あえ、あ」

「……なんだ?」

「ヴァイス様はお返事をしているだけなので、そう怯えなくて大丈夫ですよ」


 リリスはわかってくれている。俺は、人見知りなのだ。


「そ、そうなんですか!? よ、よかった……。あのその、試験、ちょっとその、こちらの国の都合もあって、今日この後はじまるんですが……」

「あああん!?」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい」


 まったく、俺ってそんな怖いか?



「それじゃあB級ランクはこれで全員かな。俺はバンスだ。よろしくな」


 仕方なく、本当に仕方なく、俺は試験を受けにきていた。

 シンティアとリリスがいるならいいかと思ったが、二人はまだランクが低いらしく、俺と別の場所で試験を受ける。


 つまり俺――一人である。


 悪人たちを粛清するのに抵抗はないが、誰かと仲良しこよしをするのは苦手だ。

 特に原作で知らない奴が多いと身構える。


 ああ、俺は人見知りだ。


「なあ、あいつって大会で優勝してたヴァイスだろ?」

「まじ? 見た目もカッコいいんだな」

「悪魔を使役してるらしいぜ。それに貴族様だってよ、すげえよなあ」


 こういうとき、変に魔力が高いと耳障りだ。

 褒められているみたいだが、なんて返したらいいのかもわからない。

 まあでも俺の目論見は成功しているらしい。

 怠惰の名はこれから先、不必要だからな。


 悪態なら殺していたか、聞こえないふりをしておくか。


「なんか、耳赤くなってねえか?」

「いや、頬もだ。試験を前にして、熱くなってんのかな?」

「くぅ、カッケなあ」


 ……クソが、俺を褒めるな。


「試験の前にまず三人組を作ってくれ。一応、人数は問題ないはずだ」


 そのとき、試験官のバンスがとんでもないことを言い始めた。

 ったく、そんなこと言ったら俺の前に人だかりができちまうだろ。


 ……まあ、いいか。


「よろしくな! 俺は剣士だ!」

「僕は盾だ! 頑張ろう!」

「私は回復よ、いいチームね!」


 しかし俺の予想に反して、周りでは次々とチームが決まっていく。


 ……なぜだ?

 

 俺が逆なら、真っ先に俺を誘うはず――。


 いや……そうか。


 冒険者はほとんどが平民だ。貴族がわざわざ危険な目に合う必要がないからだが。


 で、当然のこと貴族ってのは偉い。


 この世界で爵位は凄まじい効力を持つが、一方で平民たちからすれば面倒なことこの上ない。

 やれ面目を潰しただの、やれ傷つけただの難癖つけられたら勝てるわけがない。


 当たり屋みたいに冤罪をつきつけられて死刑になった、なんて話もめずらしくもない。


 つまり俺に近寄るのが怖いのか。


 ……ってことはなんだ、俺は自分から言わなきゃいけねえのか?


 しかし『あの、入ってもいいですか?』

 なんて死んでもいいたくねえ。いや、『入れろ』ならありか?


 ……それもいかにも貴族って感じで嫌だな。


 クソ、どうすれば――。


 そのとき、よく見知った顔のやつと目が合う。


 目を見開いて驚き、そいつは、えへへと笑う。


 ……今なんか俺、ホッとしなかったか?


 いや、気のせいだ。気のせいだろう。


「や、やあヴァイス」

「……よう準優勝・・・、あれほど痛めつけたのに、もう身体は治ったのか?」

「三日も宿から出られなかったよ。でも、シャリーが何とか治してくれた。後……まだ身体があちこち痛くて」


 身体中から悲鳴をあげているようなカクついた動きをしているこいつは、そう――アレンだ。

 なんでこいつが? いや、この国にいるのは知っていたが……。


 しかし流石主人公だ。

 創作物でよくあるだが、主人公だけやけに回復速度が速い。

 あれだけボコボコにしたってのに、こいつのパッシブずるくないか?


 とはいえそれだけじゃないな。

 あれほどの能力ギフトだ。副作用で身体が痛いのか。


 いやしかし――。


「なんでお前、一人・・なんだ?」


 なんでこいつ、チームが決まってない?

 準優勝とはいえ、強さはこの国の連中ならわかったはずだ。

 俺と違って平民、引く手数多のはずだ。


 アレンはえ、ええーと、とはにかむ。


「わ、わかんない。一応声かけたんだけど、ガキは引っ込んでろって言われて……」

「ふむ」


 ……そうか、ここにいる連中はほとんどが大人だ。

 俺たちみたいなガキは、みんな同じに見えるんだろう。

 それにアレンは戦っているときとの表情が違いすぎる。


 決勝戦は俺の印象が強かったこともあってなおさらか。


 はっ、この主人公モブ野郎が。


「……ま、ガキだもんな」

「でも、ヴァイスもひとり――」

「黙ってろ、お前と一緒にするな」


 危うく言葉にされるところだった。最後まで言ってなければ問題ない。

 断じて俺は、ボッチじゃない。


「でもよかったよ。デュークとシャリーは別の試験だから、心強いかも」

「なんだ、あいつらも試験に来てるのか?」

「そうなんだ。僕は一人で結構クエストをこなしてたからランクが上がっちゃって」


 ということは、シンティアとリリスと一緒の可能性が高いな。


「じゃあヴァイスはもうチーム組んでるの?」

「……いや、考えてるところだ。戦力の見極めは大事だからな」

「そ、そうなんだ。そうだよね……」


 ったく、子犬みたいな悲し気な顔しやがる。こいつもちょっとデビに似てんな。


「君、チーム入らない?」

「いいの!?」

「ああ、頑張ろうね!」


 そして周りは次々とチームができている。

 クソ、なんだこのシステムは。


 ……気にくわない、気にくわないが。


 …………。


「……しょうがねえなアレン。お前がかわいそうだから組んでやるよ」

「本当!? 良かったあ……」

「はっ、その代わりちゃんと働けよ」

「もちろん!」


 ……ふう、まあいいだろう。

 たまには主人公モブ野郎も役に立つ。

 しかしこいつ、戦ってない時は元気な野郎だ。


 しかし問題は、あと一人だ。

 試験官は人数が合っているといっていた。ってことはこのまま待っていれば、一人あぶれるか。


「ヴァ、ヴァイスくんっ」

「あ?」 


 振り返ると、そこには怯えた小娘がいた。

 身長ほどの大きな杖を持っている。表情は子猫みたいだ。


 なんでお前がいるんだ。


「カルタ、お前何してんだ」

「え、ええと、試験に……」

「……で、一人なのか?」

「そ、そう。小さすぎるって言われて誰も入れてくれなくてどうしようと思っていたら……にへへっ」


 満面の笑みを浮かべるカルタ。なんか似てるな。


 ……しょうがねえ。


「まあいいだろう。カルタ、お前も入れ」

「えええ! ありがとおお! やったあ」

「カルタさん、僕はアレンだ。学校ではあんまり話したことなかったけど、よろしくね」

「よろしく! アレンくん!」


 そういえば二人の絡みを見るのは新鮮だな。

 原作でカルタは退学し、アレンと仲良くすることはない。

 未公開のサイドストーリーと思えば悪くないか?


「で、お前ひとりで試験に来たのか?」

「ううん、セシルさんと、オリンさんもいるよ。試験が別――」

「いや最後まで言わなくていい、わかった」

「え? あ、うん」


 すべてを理解した俺は、カルタの言葉を遮る。

 ってことは、ほぼ全員集合じゃねえか。


 ……まったく、なんだこれは。ノブレスの運命か?


「よし、じゃあ揃ったみたいだな。――いま組んだ三人で、ウォーターダンジョンに行ってもらう。そして――セイレーンの魔核を持って帰ってきたら合格だ」


 次の瞬間、冒険者たちが叫びだす。


「おいおいセイレーンってまじかよ」

「ウォーターダンジョンって、難易度高くねえか?」

「クソ、ハズレ試験じゃねえか」


 ダンジョン、それは未だに構造がわかっていない代物だ。

 魔王が残したとか、古の物だとか、原作でもよくわからない。


 それよりセイレーンは、かなり強い魔物だったはず。

 原作でも何度かゲームオーバーした覚えがある。


 このバンスとかいうおっさん、平和そうな面してるくせに、なかなかの試験を与えてきやがるな。

 周りは阿鼻叫喚だ。パスしたいという奴もいる。


「……ダンジョンか。初めてだけど、頑張ろうね」

「私も初めてだからドキドキ! 飛べるスペースってあるかな?」

「わからないけど、なさそう……」

「ええ!?」


 だがアレンとカルタは、まったくの真逆、今から遊園地にでも行くみたいな顔をしていた。


 はっ、今この瞬間だけは、お前らがチームでいいと思ったぜ。


「アレン、カルタ、どうせなら最速で終わらせるぞ。誰にも負けないようにな」

「え、でもヴァイス君、これは勝負じゃないんだよ!?」

「試験だと思えばいい」


 やるからには、一位を取らなきゃ意味がない。

 俺たちは強い。ただクリアするだけじゃつまらない。


「――ヴァイス、僕も賛成だ」

「ええ、アレンくんまで!?」

「はっ、お前と初めて意見がまともに合ったんじゃねえか?」

「そうかもね」


 アレンは過去、魔物のせいで故郷と家族を失っている。

 俺よりも恨みは強いだろう。


 関係ないが、同情くらいはしてやる。


「なら行くぞ。足手まといは置いていくからな」

「――わかった」


 そしてカルタは覚悟を決めたらしく、のほほんとした表情を切り替えていた。

 ったく、以前の弱虫が懐かしく思えるな。


 ウォーターダンジョンは原作でも確か行ったことがある。

 細部まで覚えちゃいないが、確かに難易度は高かったはずだ。


 俺の腕がダンジョンでどこまで通用するのか、いい機会かもしれない。


 ▽


 一方、シンティアとリリスは――。


「ネルです! よろしくね!」

「あらよろしくね、どこかで見たような……?」

「ネルさん、よろしくお願いします!」


 白髪で、耳がピンと長い少女、ネルとチームを組んでいた。


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