069 サブストーリー
ノブレス・オブリージュはRPGだ。
単純明快だが、嫌いな奴がほとんどいない王道でもある。
本作が人気だった理由は、いくつも枝分かれするサイドストーリー、そして選択肢によって変化する物語にある。
学園は、あくまでもその一つ。
例えばプレイヤーが街に行ったとする。暴漢に襲われた少女を助けるなんてありきたりだが、ノブレスでは更に分岐点が存在する。
好感度を上げて仲間にするのか、それともそれだけでお別れするのか。
いつまで経っても
ただのサイドストーリーが、メインストーリーに匹敵するレベルの話だってある。
そして俺に一通の手紙が届いた。
差出人は父上である、アゲート・ファンセント。
ファンセント家は様々な事業を行っている。俺ができる部分は常に口出ししているが、それでも把握しきれていないものは多い。
そして書いてあった内容は、その事に関係していた。
俺は実践テストの一環で、冒険者の資格を取得した。
トラバ街で賞金首を狩っていたこともあって、気づけばランクはBに昇格していたのだ。
その事を父は知っていたのだろう。隠していたつもりはないが、わざわざ伝えてはいない。
情報収集能力に長けていることは知っているし、今さら驚くことではなかった。
それよりも――。
「……こんなサブイベントあったな」
思わず微笑みながら手紙を閉じる。
そして俺は、ベッドで裸同然で横になっているシンティアに声をかけた。
「シンティア、用事ができた。
「あら、どこに行かれるんですか?」
修学旅行が終わった後、ノブレス魔法学園は一時的な休学となった。
これは原作にはなかった改変だ。
厄災の後、ノブレス魔法学園は転移マークをされないように各施設の見直し(結界魔法陣の設置)をすることになった。
俺が仕入れた情報によると、学園長が自ら防衛魔法の先生も探しているらしい。
クロエやダリウスも学園長が自ら採用したとのことだ。
原作でも明かされていなかったが、その熱意と目利きが、ノブレス魔法学園の地位を確かなものにしたのだろう。
そして俺はこの休暇に悩んでいた。
サブストーリーのいくつかは頭に入っている。将来使えそうな
この選択肢の豊富さは、ノブレスならではだ。
そんな矢先に父からの手紙だった。
俺も知っているイベントだったので、思わず笑みがこぼれたというわけだ。
一人で行こうとしていたのだが、気づけばシンティアは用意を済ませてそこに立っていた。
「……早いな。でも、少し遠いぞ」
「ヴァイスとならどこへでも構いませんわ」
この忠誠心には頭が上がらない。
……こういうところも可愛いなァ?
▽
この世界の移動は徒歩、馬車、魔物車、船が主だ。
修学旅行でもそうだったが、遠くの国に行くとなると船が一番多い。
「最新鋭の船は凄いですねえ、この距離を二日だなんて!」
「だな、俺も驚いた」
「リリスさんも来てもらってすみません」
「もちろんです! シンティアさんとヴァイス様が行くなら、当たり前ですよ!」
結局、リリスも着いてくることになった。
せっかくの休みなのでゆっくりしていいと伝えたが、二人とも必要ないらしい。
極論だが、俺が学校を辞めるといったら二人とも同じことをしそうだ。
それはそれで、なんだか嬉しいとも感じた。
「ヴァイス、なんだか微笑んでませんか?」
「気のせいだ」
船はそのまま港に到着、そして入国した。
貴族だということもあって、面倒な手続きもなく、地に降り立つ。
国の名前は【ブルーノ】。
ノブレス魔法学園から結構遠かったが、リリスの言う通り、思っていたより早く到着した。
この街の特徴はとにかく広大な敷地面積だ。
確かこの世界でもトップクラスだったはず。
オストラバ王都にも引けを取らないその理由は、常に国が膨張、増築されているからだ。
壁を作っては壊し、陣地を広げているのだ。
国が栄えるには色々な要因が必要だ。
第一に商業が盛んでなければならない。それには税収が大きく関係する。
商売人が一番大事にしているといっても過言ではないだろう。
その点、この【ブルーノ】は税金が著しく低い。
四季があること、農業が盛んなこと、周囲に魔物が少ないこと、政治が安定していること、数えればキリがない。
そして今日行われるイベントは、ブルーノという国を盛り上げている重要な一つでもある。
「悪いように言いたくはありませんが、アゲート様も突然なんですね」
港から降り立ってくる連中の人種は様々だった。
金持ちそうなやつから、如何にも
それには、シンティアの言葉と、父上からの手紙が関係している。
「無理はしないでいいと書かれていたが、名を売っておくのはいいことだろう」
ファンセント家は名門だ。公爵家でありながらも父は常に働いている。
のんびり怠惰を貪ることもできるが、そんなことに興味はないらしい。
怠惰の息子、ヴァイス・ファンセントを持っていたとは思えない。
そして父は恵まれない子供たちに寄付もしている。
ゼビス曰く、生前の母が行っていたらしいが、それを引き継いでいるのだという。
なのになんでヴァイスはそんなにカスだったんだ?
港から街に入ると、大きな建物が目立つ。
見知らぬ屋台、様々な人種、俺たちはまだガキだと思わせるほど、体躯のデカい奴らが歩いていた。
ノブレス魔法学園にいるとつい忘れがちだが、世界に人は溢れている。違う国を見るたび、俺はそれを強く感じる。
何もかも終われば、世界を旅してまわるのも悪くないだろう。
まあ、いつになるかはわからないが。
「ヴァイス様、冒険者ギルドはあっちみたいです! あれ、ヴァイス様?」
その時、俺は一つの屋台に釘付けだった。
「美味しいよー、メロメロンの水餃子だよー」
……なんだと?
気づけば俺は駆けていた。
「一つ、いや、二つだ」
「ヴァイス、私の分も」
「ヴァイス様、私も!」
「……五つだ」
俺は二つ食べる。
そしてその味は、当然、最高だった。
「「「美味しい……」」」
旅人になれば、毎日食べ歩きができるのか……最高か?
「登録手続きはこれにて完了です! 開始は一時間後になります!」
「ああ、ありがとう」
手続きを終えた後、ギルド内で待機していた。
壁には賞金首やら薬草集めの募集なんかが貼られている。
他にはゴブリン退治に、光の閃光ギルド、仲間募集! など。
「中二病すぎんだろ……」
「ヴァイス、中二病ってなんですか? リリス、知っています?」
「いえ……」
そのとき、図体のデカい男が、俺に声をかけてきた。
ニヤニヤと笑ってやがる。
連れの男たちも同じような顔だ。ああ、そうか。
学園ではもう俺に絡んでくるやつなんていないが、一歩外に出れば
新鮮すぎて忘れてた。
「ガキがいっちょまえに女連れか。しかもお前、見てたぜ。その小ささで
かなり巨体の男だ。身長は2メートルくらいあるだろう。
そして俺は思い出す、ブータンだったか? あいつもこんな感じだったな。
いま思えば、あの時の俺は少しビビッてた。
といっても、俺に右腕を切り落とされたあいつは、滑稽だったが。
「何だお前、何笑ってんだよ?」
男は、俺の思い出し笑いがバカにされていると感じたらしい。
胸には冒険者の登録票を付けている。俺と同じBランクだ。
こんな奴と同等に思われるのは、かなり不満があるな。
「いや、昔出会ったお前みたいな
後ろからリリスが殺気を放っている。だが俺の指示なしでは動かないだろう。
男が怒りを貯めているのか、途端に静かになる。周囲が重苦しい雰囲気に変わっていった。
「あいつ、B級のギビィだろ。大会の常連だぜ」
「あの子供、最悪な奴に絡まれたな」
「おい誰か助けに行けよ……」
男の背中には、大きな大剣が見え隠れしている。
この後の展開がどうなるか、シンティアとリリス、そして周りで見ている奴は
「ガキがカッコつけやがって。だが、俺は大人だからな、土下座で許してやる。その隣の
「それはこっちの台詞だ。背中を丸めて地面に手をつけば許してやる」
ふとミルク先生との会話を思い出す。『私なら路地に連れて行かれる前、冒険者ギルド内で腕を切り落としていた。それが先手だ』
あの時は絶句した。
今ならその言葉がよくわかる。
だが今は
正当防衛で我慢してやる。
――こい。
「この野郎、調子に乗りやがって!」
ギビィは大剣を取り出し、俺の頭に振りかぶる。
想像していたよりも動作が滑らかだ。こいつもそれなりに努力を重ねてきたんだろう。
だが後先のことは考えられないらしい。
こんなところで俺を殺したら、お前はこの場で束縛されて、即牢屋行きだ。
ったく、粛清するつもりが、結果的にこいつを助けることになるじゃねぇか。
「……な、なんだと!?」
だが剣は、俺の頭上で突然止まる。
避けるまでもない。
こいつに俺の
魔法のエフェクトに気づいたやつもいるらしく、すげえと声を漏らす。
ギビィは目を見開いていた。
どうやら怯えているらしい。まるで、俺を化け物のように見てやがる。
「返り血は浴びたくないからな。――手加減してやるよ」
そして俺は
グギィと関節の折れる音が鳴り響き、腕が不自然な方向に曲がる。
「ぎ、ギャアッァァツアァッアア!!」
ギビィは情けない声を漏らし地面に倒れこむと、背中を丸めてひれ伏した。
急いで仲間が駆け寄るが、誰も俺に向かってはこない。
周りの大人は絶句していたが――。
「さすがヴァイス様! ぱちぱち!」
リリスだけが嬉しそうに微笑み、一人だけ拍手する。
シンティアも相手から絡んできたこともあって、冷たい目をしていた。
段々と俺好みに染まってきているらしい。
だが本当に静かだ。
冒険者たちは肝が据わっていると思っていたが、俺の勘違い――。
「すげええ、なんだあのガキ!?」
「あいつも出場するのか!?」
「ちょっと急がねえと! 賭けを変更するぞ!」
……なるほど、興奮していただけか。
暴力がある程度肯定されている世界、ギビィの腕が折れたからといって誰も心配はしない。
むしろその逆、強い奴は称賛されるってことか。
なるほど、学園内より居心地がいい。
「シンティア、リリス、そろそろ行くか」
「はい!」
「そうですわね、今回は見学です。楽しみですわ」
父の手紙に書かれていたことを要約するとこうだ。
ファンセント家は、アゲート、父の手腕で成り上がってきた。
だが一枚岩ってのは弱い。そして俺は怠惰な息子として有名だ。
もちろんそのことはオブラートに書かれている。
ノブレス剣魔杯はあくまでも学校行事、公式試合でもないので、俺の噂はそこまで広がっていない。
父の願いとは、世界的に有名な【ブルーノ冒険者大会】に出場し、いい成績を収めてほしいとのことだった。
だが本音は優勝してほしいはずだ。
俺に気遣って言えないところは、いかにも父上らしい。
この大会でファンセント家の名を知らしめると同時に、俺――ヴァイスの名をしっかりと周囲に知らしめる。
剣魔杯ではチーム戦なので満足に戦えなかった。
だがこれは完全なる個人戦。
これはサブストーリーの一つだ。
大会の面子なんていいちいち覚えちゃいないが、そんなことはどうでもいい。
目的は、圧倒的な力で捻じ伏せること。
そしてこの大会中、
腕に覚えのある連中がこぞってやってきている。中にはそれなりに
すぐに扱えなくても、術式を記憶しておけば、学園に戻って訓練すればいい。
一石二鳥、いや、帰りに遊んで帰ることを考えたら三鳥か?
この大会で、ヴァイス・ファンセントが怠惰なんて、誰にも言えなくしてやる。
今日は、俺が、俺自身を改変する日だ。
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