ヴァイス・ファンセント
056 下級生修学旅行
照りつける太陽、白い砂浜、青い海、そして――。
「ヴァイス、泳がないのですか?」
「ヴァイス様、泳ぎましょう!」
フレアチュール、バックレースの黒い水着姿のシンティアと、パレオ付ピンク水着のリリス。
この時代にそんなものはない? あァ、気にすんな。
「ヴァイスくん、わ、私も混ざっていいかな?」
「ファンセントくん、パラソル貸してくれる?」
スクール水着たゆんたゆんカルタ、露出面積が少なめのグレーワンピース、スタイル最高のたゆんセシル。
「……ま、いいだろう」
つまり――
▽
「シンティアさん、これどうですか? 私に似合いますかね?」
「あらいいわね。私のはどう? 王都で人気なのを持ってきたのだけれど」
ノブレス魔法学園、
厄災のことでゴタゴタしていたが、またいつもの日常が戻っていた。
ポイントも大幅に増えて、個室も更にグレードアップしている。
ダブルベッドからクイーンサイズへ。
観葉植物は二本から四本へ。
ウェルカムフルーツも週1で置かれるようになった。
もちろん部屋の掃除は職員がやっている。
至れり尽くせりとはこのことだ。
ポイントがC+になったおかげでもある。
Bになればそれこそもっといい待遇があるらしい。
アレンたちも優勝杯のおかげでCになったらしいが、個室は好きじゃないらしくデュークと二人部屋だという話だ。
それだけ仲がいいと少し何かを疑ってしまうな。
てか――。
「いつまで水着を見てるんだ? もうすぐ出るぞ」
「ギリギリまで悩みたいんです!」
「そうね、女として、淑女として当然だわ」
シンティアとリリスは、どの水着を鞄に詰め込むか相談していた。
少し考えてほしい。
俺たちは貴族だ。学生といってもそんな楽し気なイベントがこの時代にあると思うか?
答えは、ありえない。
だがこのノブレスでは許される。
そう、
「……しかしついにか」
これは、どんな学園物でも定番のイベントである。
下級生と引率の先生による修学旅行。
場所は南海岸沿いにある海が有名なチュコという街だ。
普通ならただ楽しむだけでいい。
だがこの世界は現実だがゲームだ。
俺は気合を入れなおしていた。
今回の修学旅行が終わるまでに、退学者は間違いなく出るだろう。
あァ、楽しみだな。
「クックックッハハハハハ!」
「なんか、ヴァイス楽しそうですね。そんなに旅行が好きなのかしら」
「きっと私たちと一緒に過ごせるからですよ! ヴァイス様はお優しいのです!」
▽
――チュコ港。
海の香り、海岸は夏の日差しが照りついていた。
「うひょー! めちゃくちゃ綺麗じゃねえか!」
「そうだね、海の匂いがする」
「アレン、デューク、はぐれないようにね」
「「はい、お母さん」」
いつものトリオも随分と浮かれているらしい。
ま、今のうちだろうがな。
準備から数日後、船を乗り継いで俺たちはチュコに到着した。
船からは下級生たちが次々と下りていく。
今まで絡みがなかったクラスメイトたちも大勢だ。
笑顔で雑談は結構だが、最終日はどんな顔になっているんだろうな。
「ヴァイス、随分と楽しそうだな」
声を掛けてきたのは、ミルク先生だ。
今回、ダリウス、クロエと共に引率をしてくれている。
いつもと違って少し露出が激しい格好だ。
二の腕は細すぎるということもなく、かといって太すぎるということもない。
程よい肉付き、あァ、なんか俺も浮かれてるかもしれねェ。
「まあ、これからのことを考えると(イベントを知っているので)楽しみですね」
「そうか、お前も男だったんだな(この後に海で泳ぐのを知っているので)」
「どうでしょうか。ま、俺も男なんでそうかもしれません(この後のイベントで血が滾ってる)」
「ふむ……その腐った根性を叩きなおしてやろう(水着がそんなに見たいとは、弟子失格だ)」
「え、ええどういうことですか!?(よくわかってない)」
そんなこんなで、俺たちの夏が始まったのである。
「よし、じゃあ先生たちについて来いよー」
ダリウスの後を付いていく。なんだかようやく学生らしさがあるな。
海岸沿いを歩くと、少し開けた場所に出る。
徒歩で行ける距離だと思ったが、さすがノブレス学園、めちゃくちゃ遠い。
だがうだるような暑さの中、辿り着く。
現れたのは辺境にしてもデカすぎる屋敷が二つ。
いや、どちらかというと館か。何とも形容したがいが、とにかくデカい。
隣同士で二棟、男子と女子で分かれている。
外はボロボロで不安だったが、中は綺麗だ。
原作でも見たことはあるが、細部まではわからない。
ちなみに大勢の学生たちが一同に宿泊できる施設なんて、この世界観では普通ありえないのだが、そのあたりはご愛敬だ。
考えても仕方がないことは仕方がない。
部屋割りは既に決まっていた。
それぞれ移動し、四人一組で一部屋だ。
面子でいうと、俺は不満だった。
「よおヴァイス! よろしくな!」
「ヴァイス、この前のチーム以来だね」
俺に声を掛けてきたのは、ビタミンとアレンだ。
同室、というのは気にくわないが、まあこのあたりもポイントで多少考慮されているのだろう。
「肩に触れるなデューク。お前はシシツに降格だ」
「し、ししつってなんだ? アレン」
「さあ?」
部屋の扉を開けると、想像より広かった。
ベッドは二段ベッドが二つ。
俺はすぐ一番下を選んだ。移動しやすい上に、地面に荷物を広げることもできる。
俺が一番強い、だから俺が一番に選ぶ権利がある。
「やっぱり俺は上がいいな! 高いところからみろしてぇ!」
「僕も上にしようかな」
……ま、ガキだもんな。
それからデュークは汗をかいたからか服を脱ぐきはじめる。が、突然、女の子の悲鳴のような声をあげた。
「うぎゃあ!? え、だ、誰!? お、女!?」
シシツの視線の先には、ショートボブでふわふわの黒髪、目が大きく、小鼻で、口はふっくらしている奴がいた。
一目見ただけでも『可愛い』と漏らしてしまいそうな風貌だ。
そんな奴が、首を傾げてていた。
「え? もしかしてボクのこと?」
「な、なんでここに!? ここは男部屋だぞ!?」
「え、え!? ど、どういうこと!? 知ってるよ!?」
デュークがびっくりするのも無理はない。こいつの名前はオリン・パステル。
今まで別のクラスだったが、ポイントが大きく変動したこともあって、クラス替えで新しくやって来たのだ。
華奢な身体、細い二の腕、肌は真っ白、誰よりも天使な見た目、ってのが、確かコンセプトだったか?
「デューク、それは失礼だよ」
「え、どういうことだ? 失礼って?」
なるほど、どうやらアレンは知っているらしい。
「オリンは、
「え? お、男ぉ!?」
「う、うん」
そう、オリンは男の子、しかし設定ではこう書かれていた。
ノブレス史上最強に可愛い――『
「あ、ボク……ごめんね、よく間違えられるんだ」
「ま、マジかよ!? びっくりしたぜ……」
俺も実際、この目で見て驚いた。
ノブレス人気キャラ投票では、常にトップを誇っていた。
その理由は色々ある。
まずは単純明快、とんでもなく可愛いからだ。
透明な白い肌、華奢な手足に長いまつげ、つうか、マジで女じゃねえのかよ……。
「その肌、キレイすぎるだろ……」
「えへ? そ、そうかな?」
シシツに褒められてはにかむ笑顔は、まるで天使のようだ。
――って、俺まで何言ってんだ。
……そんな趣味はない。
オリンは気弱な性格で、意見を主張するようなタイプではない。
それがまた女性らしくもある。
「み、みんな改めてよ、よろしくお願いします」
「よろしくな、オリン!」
「よろしくね」
シシとアレンが挨拶すると、オリンは受け入れられたとわかって、ほっと胸をなでおろす。
「ヴァイスくん、よろしくね……?」
「……ああ」
ま、この程度の挨拶ぐらいはいいだろう。
ということで、俺たち四人が同室だ。
綺麗な装飾はあるものの、当然テレビなんて洒落たものはない。
女子棟とも繋がってはいるが、その間にはミルク先生たちの部屋がある。
よって行き来することは不可能。
いや、命を失って魂だけになれば可能かもしれないが、そんな猛者はいないだろう。
「よし、挨拶も済んだところで水着に着替えようぜ!」
「え、もう?」
「どうせやることねえしよ! すぐ海だろ!」
そういうとシシツは、上半身を裸になって筋肉を見せつけてくる。
上腕二頭筋、広背筋、そして腹筋、どれも高水準だ。
こいつ、タンパク質も知らない癖にやるな……。
俺もこっそり見比べてみたが、負けている。
……クソ、脇役の癖に。
「す、すごいねみんな……」
静かにしていたオリンが、はにかみ笑いで言った。
俺たちに委縮しているのだろう。
力はないし、魔法もたいして使えない。座学も平均よりちょっと上くらいか?
「ボ、ボクも脱いだほうがいいかな?」
その一言で、俺たちは固まる。脳を通さず口から言葉が出るデュークですら、それはなんだか危険じゃないかという雰囲気を出す。
いや、男同士なんだけどな。
事実、原作でオリンは大勢の男の脳を――破壊した。
何とまではいわないが、こいつのせいで目覚めた奴がごまんといる。
かくいう俺は、秘密だ。
「えへへ、じゃあ後で着替えようかな」
気弱な様子は、どこかカルタを思わせる。
だがそう思うのは風貌だけじゃない。
本人はまだ自身の素質に気づいてはいないし、周りもわかっちゃいない。
だが俺だけは知っている。
オリンが人気だった理由は、風貌もそうだが、もう一つの隠された能力だ。
彼女、いや彼はノブレスでもっとも、いや最高峰の素質を持っている。
「デュークくん、すごい! がんばってー」
「うおおおお、なんか、オリンに見られてるといつもより腕立てに気合が入るぜ! なぜかわからんが、うおおおおおおおおおおおお」
そしてその時、デュークの背中に小さなリスの魔物が乗った。
デュークは驚いて飛び跳ねるように声をあげるが、リスはオリンの頭の上に移動する。
「な、なんだそいつ!?」
「あ、ごめんね。ボクの魔獣なんだ」
「ま、まじゅう!? テイムって、すげえ大変なんだろ?」
「でも、小さいから。魔物と仲良くするのは、得意なんだ」
「ほーん、まあでも癒されるな!」
「えへへ、でしょ?」
ほのぼのと話している横で、俺だけは違う感情を抱いていた。
ああ、
オリンは誰よりも成長段階にある。
可愛い顔をしているが、将来、誰よりも強くなるだろう。
なぜならオリンというキャラクターに付けられたノブレスにおいての二つ名、それは――史上最強の
原作、最終局面でのオリンは、俺とアレンが戦った竜よりも更に強い古竜を二体、従魔させて魔王と戦っていた。
気弱な男の娘が成長し、竜の背に乗ってラスボスと戦う。
これが興奮しない奴なんているか?
「ボクも腕立て伏せやってみようかなあ。でも、力がないからなあ……」
「おお、いいじゃねえか! って、オリン、脱ぐなって!?」
「ふえええ!?」
……俺は興奮しないぞ。断じて。
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