幕間、世界最強の女神

 私の生まれた場所は、最低で、最悪で、そして最高だった。


「ねえ、返してよ」

「はっ、欲しけりゃ力づくで奪ってみな」


 ゴミが山のように積み重なっている場所のてっぺん、私が見つけた人形おもちゃを横取りされた。

 体格も図体もデカい彼の名前は、キング。

  短い髪に、吊り上がった眼。


 キングは本名じゃない。そう呼べっていわれているので、仕方なく。


「キング、返してやれよー!」

「そうだそうだー!」

「うるせえ! これはオレのだ!」


 ここには私たちと同じような孤児が多く集まっている。

 といっても、理由は様々だ。戦争、奴隷、捨て子、不幸自慢は飽きるほど聞いた。

 共通している点は、全員がゴミを拾って生活を立てている。


 キングの年齢は、たしか私と同じくらいで8歳か9歳、私と違って男の子だから力が強い。


「これはオレが先に見つけたんだ。勝手に盗むんじゃねえよ」

「嘘、私が見つけたの!」

「はっ、なら力づくで――ぬぉおぉおぉおぉぉあ!?」


 次の瞬間、キングは横から思い切り蹴られて、ゴロゴロとゴミの斜面を転がっていく。

 こんなことを躊躇なくできるのはただ一人――エヴァちゃんだけだ。


「はい、お人形。まったく、あなたはいつも虐められてるわね」

「え、あ、あ、ありがとう」


 彼女は、白くてサラサラの長い髪をしている。私の真っ黒い髪と違って綺麗で、そして似合っている。

 女の子だというのに力も強く、度胸は男の子以上。


 私は、彼女に憧れている。


「おい、エヴァ! てめえオレが死んだらどうすんだよ!」

「さあ? その時はごめんの一言ぐらい言ってあげるわよ。キング」


 私たちが今いるこの場所は、王都で出たゴミがほとんどだ。

 中には掘り出し物があって、人気があるものは取り合いになる。


 私は何だかんだでキングのことは嫌いじゃない。

 そして大好きなエヴァちゃん、私たちは、よく三人で一緒にいることが多い。


 私も当然親はいない。

 いや、もちろんいるだろうけど、どこにいるのかはわからない。

 記憶すらないのだ。


「……てか、キング臭い。ちゃんと毎日お風呂入ってる?」

「週1な。そんな贅沢できるかよ! てか、てめえも臭せえよ」

「私が? そんなわけないわ、さっき入ってきたもの」


 そういわれてみれば、確かにエヴァちゃんは綺麗だ。そしていい匂いがする。


 もしかして――。


「もしかしてエヴァちゃん、また!?」

「ふふふ、忍び込んじゃった」

「バレたら殺されるよ……」

「そうかもね。でも、私は自由に生きるのが好きなの」


 エヴァちゃんは時折、辺境の貴族屋敷に忍び込んでバスタブに入っているらしい。

 大丈夫な日を知っているというけれど、とても危険な行為だ。


 私たちの命は軽い。


 ここで暮らすのはとても厳しい。冬は寒いし、夏は死ぬほど暑い。

 だけど自由だけはある。


 お金があれば……最高なんだけどなあ。


「で、ついでにこれ」

「……エヴァちゃんこれって!? メロメロン!?」


 ゴソゴソと取り出したのは、とても大きなフルーツだった。

 網目模様が綺麗で、なんだか美味しそうな色をしている。

 誰かが言っていた。果実が詰まっていて、とっても美味しいって。


「みんなで食べましょ。ただし、キング以外ね」

「おい、なんでだよ!?」

「ちゃんと、謝ったらね」


 エヴァちゃんはこうやって、ここにいる子供たちの仲を取り持ってくれている。

 こんな最低な場所で、彼女だけはいつも優雅に過ごしている。

 弱みは見せず、いつも笑顔、そして楽しげだ。


 どうしてこんなに……強いのだろう。


「……悪かった。ごめんな」


 そして私に向かって、キングが頭を下げた。

 背中を丸めると、随分と可愛らしく見える。


 思わず、笑ってしまった。


「わ、笑うなよ!」

「ごめんごめん、ま、エヴァちゃんに免じて許してあげる」

「ふふふ、いいね。もっと自由に生きよう。私たちはね――ここにいる子供たちはみんな、世界で一番自由な民族だよ」


 この言葉は、エヴァちゃんが良く言う言葉だ。

 世界で一番自由な民族、それが私たち。


「オレはエヴァより自由に生きるぜ。ノブレス魔法学園に入学してな!」

「ノブレス学園?」


 私は首を傾げた。すると、エヴァちゃんが補足してくれる。


「世界最高峰の魔法学園施設よ。確かに平民でも入学試験は受けられるらしいけど……キング、あなたじゃ無理よ。私はいけるけど」

「なんだとぉ!? オレはぜってぇ入るからな!」

「私にも勝てないくせに」

「ああん!? だったら本気出してやろうかあ!?」

「いいわよ、やってみなさい」

「いてて、ほっぺたをつねるなエヴァ!」


 ふふふ、ここは最低で、最悪な場所。

 だけど、最高だ。


 ▽


「あら、おかえりなさいねえ」


 ゴミ捨て場から徒歩1時間、街とはとてもいえない小さな町、そこに私たちの家がある。

 迎えてくれたのは、大好きなおばあちゃんだ。


 名前は忘れたといって教えてくれない。だけどみんな、おばあちゃんと呼んでいて、大勢の子供たちが一緒に暮らしている。

 エヴァちゃんだけはたまにしか泊まってくれない。いつも秘密の隠れ家があるとかで教えてくれない。

 でも、世界一自由な彼女らしい。ミステリアスなところも好きだ。


「キング、ちゃんと手を洗いなさいよ」

「うるせえエヴァ! お前はいつもこまけえなあ!」


 二人の掛け合いを見ていると、自然と笑顔になる。

 お金はない、贅沢もできない。でも、幸せだと思う。


「今日はどうだったの?」

「あんまり……でも、ほら、お人形!」

「あらあら、可愛いわねえ」


 おばあちゃんは身体が悪くなってから、働くことができなくなった。

 貯金はあるといってお金は受け取ってくれないけれど、いつか私が大金持ちになって裕福な暮らしをさせてあげたい。

 そしておばあちゃんは、私たちを守ってくれている。


 兵士の巡回だったり、お金がないのにいっぱい作ってくれるご飯だとか、身寄りもない私たちを匿ってくれているのだ。

 もし一人で過ごしていたら死んでいただろう。運が良ければ、奴隷になってこき使われる。


 みんな心に闇を抱えている。キングだって、たまに一人で泣いている。

 だけどエヴァちゃんだけは違う。

 強くて、優しくて、弱音を一切見せない。


 みんなは早く抜け出したいというけれど、私はこの生活が、ずっと続いてもいいと思っていた。


「ほら、あなたも手を洗ってきなさい。メロメロン、みんなで食べるわよ」


 大好きなエヴァちゃんが、いつもいてくれるから。


「はーい!」


 そして初めて食べたメロメロンは、それはもう、とろけるほど美味しかった……。



 ある日、私はいつものように仕事場ゴミ置き場にいた。

 時刻は朝、子供たちがまだ寝ている時間帯がチャンスだ。

 もうすぐエヴァちゃんの誕生日。

 といっても、初めて出会った日だけれど。

 それもあって、何かプレゼントをしたかった。


 そして私は、小さなネックレスを見つけた。

 凄くキラキラしていて、きっと本物ではないだろうけど、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 そんな時――。


「――おい、あいつは?」

「ま、いいんじゃね?」


 目の前に、二人の大人が立ってい。

 この場所にはめったに人が訪れない。

 そして大人は危険だ。


 過去に子供が誘拐されたと聞いたことがある。

 私も何度か、外でだが大変な目にあったことがあった。


 噂では、奴隷として強制的に売られている――と。


 私は必死で逃げた。この場所は誰よりも詳しい。


 絶対逃げ切れる。そう思っていた――。


魔法束縛マジックロープ


 しかしっ突然縄が飛んできたと思えば、私の身体に巻き付いた。

 身動きが取れない。地面に倒れこみ、思い切り身体を強打する。


「お前、そんな魔法いつのまに覚えたんだ?」

「いいだろ? 王都仕込みだぜ」


 まるで私を魔物かのように扱い、嬉しそうにした。

 ……嫌だ、そんな……ここから離れたくない。


 いやだ、いやだ。


「ガキだけど結構可愛いな。味見しとくか?」

「バカ。それに初物は高く売れんだよ。ほら、連れてくぞ」


 大きな手が、伸びてくる。いやだ。いやだ。

 誰か――助け――。


「逃げんなっ――ぬぉぁあぁあぁあああ!? なんだテメェら!」

「おい、早く逃げろ!!!!」


 飛び蹴りを入れて私を助けてくれたのは、キングだった。

 そして――。


「はっ、ガキなんかにいようにやられ、あああああああぁぁぁあぁあくっ」

「ほら、逃げるのよ!」


 続いて現れたのは、エヴァちゃんだ。

 その瞬間、私の縄が緩む。


「はっ、ガキがガキ呼んでどうすんだよ」

大人カスが、オレたちがガキだからって、何でも手に入ると思うなよ!」


 驚いたことに、キングは小さな剣を取り出した。


 そして――。


「そうね、私たちを舐めないでくれる?」


 そしてエヴァちゃんは、右手を光らせた。


 あれは――魔法だ。


 二人の大人は顔色を変えた。

 私たちみたいな子供が魔法を使えるなんてありえない。


 訓練を受けた貴族か、もしくは――才能のある子どもだけだ。


「おいおい、当たりじゃねえか。魔法の素質がある奴は、高く売れるんだよ。早起きはしてみるもんだなァ!」

「ああ、けど男はいらねえな。女だけにしようぜ」


 しかしそれを見た大人は、大きな剣を取り出し、構えた。

 こんなの、どうしたら……。


 私も――戦うしか――


「何してるのよ。逃げるのよ! 早く!」

「行け!」


 キングとエヴァちゃんに強く声をかけられ、私は驚きながらも足が動いてしまう。

 私は弱い。私は……そうだ。


 だったら――。


「絶対に助けを呼んでくるから!!!!!」


 王都まではそこまで遠くない。

 きっと兵士が来てくれる。そして私は、二人を残して急いだ。


 走って走って、息が切れても、心臓が張り裂けそうになっても、走った。


 だが――。


「あぁ? 無理に決まってんだろ」

「悪いな嬢ちゃん、俺たちは王都兵士なんだ。ここから勝手に動くわけにはいかないんだよ」

「でも、キングが! エヴァちゃんが! 殺されるの!」

「悪いが、事件として処理したけりゃ外部手続きを踏んでくれるか?」


 何度伝えても……聞き入れてもらえなかった。

 それでも必死に食い下がってしまった私は、あろうことか侮辱罪だと言われて捕まってしまう。


「ったく、うるせえガキだな」

「とりあえず一晩、牢屋に入れとくか」

「離して、離してよ! 行かなきゃ行かなきゃ」


 キング……エヴァちゃん……。


 ――――

 ――

 ―


「出ろ」


 数日後、迎えに来てくれたのは、おばあちゃんだった。

 身体が悪いのにここまで……。

 いや、それより――。


「おばあちゃん、キングが、エヴァが!」

「……知ってるわ。落ち着いて聞いてね――」


 そしておばあちゃんは、私がゴミ捨て場から逃げ出した後のことを教えてくれた。


「……エヴァちゃんが行方不明? キングが……そんな……」


 信じられなかった。聞きたくなかった。


 嘘だ、嘘だ。


 ……キングの死体は、あのゴミ捨て場から見つかった。

 おばあちゃんは口ごもりながら、とても酷く痛めつけられたと泣きながら話してくれた。あの時、怖くて隠れていた子供がいたらしく、証言してくれたのだ。


 ……嘘だ。信じたくない。


 だがエヴァちゃんだけは、どこにも見つからなかった。


『――魔法の素質がある奴は、高く売れるんだよな』


 ……エヴァちゃんは、絶対に生きている。


「よく聞いて、エヴァちゃんはね――」


 おばあちゃんは、ずっと隠していたことを本当のことを話してくれた。

 エヴァちゃんは何と、貴族の娘だったのだ。


 たまにしか現れないのは、家を抜け出すのがバレないように。

 忍び込んでいたのも嘘で、エヴァちゃんは家に帰ってお風呂に入っていただけだった。いや、帰らざるを得なかったのだ。


 両親と仲が悪かったとのことだが、詳しいことはわからないと。


 そして、エヴァちゃんは家からくすねてきたお金を、私たちの為に使ってとおばあちゃんに渡してくれていたらしい。


 ……なんで、言ってくれなかったのか……。


 しかしいくら仲が悪いとはいえ、エヴァちゃんが行方不明になったことはすぐに認知された。

 周囲の証言からおばあちゃんが咎められることはなかったが、二度と王都には入れなくなったらしい。

 私たちの……せいだ。


 そして犯人は、最近大きくなっている奴隷商人たちだろうと噂された。私はその後、一度だけ兵士に呼ばれて証言をしたが、それから呼ばれることも、事件について教えてもらえることもできなかった。


 キングの亡骸は王都で検証する為に持ち帰られたらしく、私を含めた子供たちも、お別れを告げることすらできなかった。

 しかしおばあちゃんがお葬式をしてくれたので、気持ちの整理を付けようとがんばっていた。


 キングは強かった。そんな彼が……。


 それから一か月後、おばあちゃんの容態が急激に悪くなった。


「本当にごめんね」

  最後まで、エヴァちゃんの行方を調べようと王都に掛け合っていたが、何度も断られていた。身体が悪いのに毎日毎日一時間以上かけて歩いていた。


 一週間後、おばあちゃんも亡くなってしまって、私たちは散り散りとなった。


『私たちは、世界一自由な民族だよ』


 エヴァちゃんの言葉が、頭に浮かぶ。


 絶対に……彼女を見つけ出す。


 それから私は、最低で最悪で、そして最高の仕事場に別れを告げた。


 それからの事は思い出したくない。


 悪い事は死ぬほどしたし、嘘だってたくさんついた。


 そして数年後、私はエヴァちゃんを誘拐した奴隷商人を見つけた。


 だが――。


「……今なんて言った」

「あ、あいつは死んだよ。貴族の娘っての知らなくてやべえことになって。だから海に沈め――」

「嘘をつくな!!!」

「う、うそじゃなねええ。ひ、ひ、や、やめてくれええええええええええええええええええ」


 聞きたくなかった。耳を塞ぎたかった。

 だけど、エヴァちゃんは……。


「……信じない。絶対に生きているはずだ」


 それから私は、キングとエヴァちゃんに関わったであろう全ての奴隷商人たちを見つけ、真実を聞き出そうとしたが、結局、何もわからなかった。

 知っていたのは、最初の男だけだったのだ。


 気づけば私は、当時の最大と呼ばれる奴隷組織を壊滅させていた。


 全てが終わった時、私は虚無感に襲われた。


 世の中の悪をすべて殺せば、キングはエヴァは浮かばれるのだろうか?

 

 いや、世界中に奴隷商人は存在する。殺しても殺しても、どうせまた増える。


 もうこれで終わりでいいか。


 少なくとも……キングの仇は取った。


 私はもう自由だ。


 自由に――生きる。


 彼女の言う通り、私は世界一自由な民族になってみせる。


 そして私は、冒険者になろうと決めた。


 この世界で一番自由に生きられるからだ。


 昔からの……夢だった。


「こんにちは! 初めての冒険者登録ですね。まずはお名前を教えてもらっていいですか?」

「あ、私の名前は、ユ――……」


 ……私は自由になりたい。


 なら――エヴァちゃん。あなたの名前を、もらっていいかな?


 私は、あなたになりたかった。あなたに憧れていた。


 ……許して、くれるよね。

 

 それに私、あの日を境に髪の毛が白っぽくなっちゃったんだよね。

 でも、ちょっとだけあなたに似て、嬉しかった。


 ねえ……キングの名前も、もらっていいかな? エヴァ・キングだとちょっと恥ずかしいから、本名をもらうね。

 オレは嫌いだっていってたけど、私は好きだったから。


 ……エイブリー、だったよね。


「名前は……エヴァ。――エヴァ・エイブリー」



 私の名前は、エヴァ・エイブリー。


 私は、世界一自由に生きる民族。


 誰にも縛られない、誰の命令も聞かない。

 

 元の名前は思い出したくないし、思い出せない。


 でも世界一強くなきゃ自由にはなれない。


 無力は、もう嫌だ。


 だから、もっと強くなる。


 ――――

 ――

 ―


 その数年後、エヴァは最強になった。


 誰にも止められない、誰にも咎められない、世界一自由な、ただ一人の民族、それが、エヴァ・エイブリー。


「ノブレス魔法学園……か、懐かしいな。入学してみようかな」

 

 過去最高の成績で入学、下級生首位独走、第11回 学生対抗剣魔杯優勝――。


「……楽しくないなあ。もう、学園やめようかな。――自由だし、いいよねえ」


 そして――。


 中級生に上がった後、三学年合同タッグトーナメント戦、エヴァは流れるアナウンスを聞きながら少しだけ笑みを浮かべていた。


『下級生24番、イオーレ・トルス、行動不能、行動不能。ヴァイス・ファンセント、カルタ・ウィオーレにポイントを付与』


「あれが噂の悪名高い貴族……か」


 誰も彼女に逆らわない、誰も彼女を超えようとしない。

 退屈な学園生活を送っていたエヴァの前に、殺意と魔力を漲らせ、目の前に現れたのは――。


 ヴァイス・ファンセント


「お会いできて光栄です。――エヴァ・・・エイブリー・・・・・先輩」

「うふふ、あなたが有名なヴァイスくんね。初めまして」




 ――愉しかった。


 ああ、もう少しだけ、ここにいようかな。


 面白い男の子が、二人・・も現れたしね。

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