054 対話

 俺の掛け声と共に魔物が頭上から降り注ぎ、血生臭い戦闘が幕を開けた。

 余計な言葉を発せず、敵だった他校生も今は頼りになる味方だ。


双激ウィンドウソニック!」


 ミハエルは、大会の時よりも強いんじゃないかと思う勢いで大型魔物を駆逐していく。

 手加減していたわけではないだろうが、こいつもアレンと同じで、誰かを守る為に戦うと強いタイプかもしれない


氷槍アイスランス!」

魔法糸マジックスレッド!」


 後ろでは、シンティアとシャリーが連携しながら戦っていた。さっきまでライバルだったはずの、ミリカとローガンと背中合わせで。

 上空を見上げると、エヴァ・エイブリーとカルタが、飛行魔物相手に猛威を奮っている。


 とてつもない魔力砲と、額に手を触れるだけで魔物を絶命させていくエヴァ。

 空の領域は彼女たちに任せていたら済むだろう。


 狭い観客席では、ミルク先生が流石の身のこなしで魔物の首を刈り取っていた。

 まるで体操選手だ。惚れ惚れするほどの剣技に、心が震える。


 そして驚いたことに――


「ゼビス、血が滾るなァ」

「はっ、アゲート様」


 父とゼビスが、剣術と魔法を駆使して戦っていた。

 俺は知らなかった、父はてっきり戦えないと思っていた。


 むしろ洗練された動きだ。


 ……ああ、知らないことだらけだな。


 もちろん俺も思考とは別に身体が動いていた。


 一体、二体、三体――。


 デカい奴は殺しがいがある。やはり俺は、命を奪い取るのが好き・・らしい。

 俺の手で誰かを絶命させる瞬間は、俺がヴァイスだと再認識させられる。


 ギルス学園長やダリウス、クロエも離れた場所で戦っていた。

 ゆっくりと見る暇はないが、学園長は二刀流でバタバタと魔物をなぎ倒し、ダリウスはいつもの大剣、そしてクロエは二本の鞭だ。

 はっ、いつか教えを請いたいぐらいだ。


 そしてリリスは、誰よりも危険な場所で戦っていた。


「ハアッッ! タアァッ!」


 以前、ユースでの帰り道、彼女は少し落ち込んでいた。

 皆の足手まといかもしれないと。

 だがそんなことはない。今まさに、彼女は誰よりも頑張ってくれている。


「ギガァァアァアアァァア!」

「消えろ――」


 俺も、その想いに答えないとな。


「ヴァイス、無理するなよ」

「ああ、主人公てめえもな」


 そしてアレンは自分でも気づいていないだろうが少し楽しそうだった。

 こいつも戦闘が好きなんだろう。ま、俺ほどじゃないだろうが。


 順調だ。しかし俺は異変を感じていた。


 厄災の難易度は非常に高い。

 そして今も魔物はありえないほど降り注いでいる。

 だが――何かがおかしい。


 強者が揃っているこのタイミングだからだろうか。

 

 蹂躙出来すぎている気がしてならない。


 ……考えすぎか?


『右側通路にケルベロス二体、左側BからAに侵入』


 そしてセシルは、全てを見透かしているかのように細やかな指示を出していた。

 おそらく複数人に話しかけながら、それでいて未来を予測している。


 おかげで全員が先手を取れている。


 彼女からすれば俺たちは、バトル・ユニバースの登場人物なのかもしれない。

 はっ、だったら俺はキングがいい。


 そんな事を考えられるほどの余裕があった。


 事実、俺たちは余裕だった。


 しかし――。


『空!』


 セシルの一言、そうだな。


 本番・・はここからだ。


 ――――ジジ――――――――――――――

 ―――――――――――ジジ―――――――


 戦闘しながら上を見上げる、巨大な三つの転移魔法が姿を現した。

 ああ、ついに来る・・


 ずっと不思議に思っていたことがある。


 俺はこのノブレス・オブリージュが好きだった。といっても、全て把握しているわけじゃない。


 だがそれを抜いてもありえないことがある。


 今まで俺の頭の中に、魔王以外の情報が一切浮かんでこないのだ。

 その姿も、名前すらも浮かんでこない。


 原因不明、そんなことがありえるだろうか?


 どれだけ考えても、ぼんやりとも浮かんでこない。

 

 魔王、ただその存在自体は強く覚えている。

 女だったか男だったのか、それすらもわからない。


 ただ人間を殺すのが趣味だという事だけは覚えていた。

 反対に魔族たちのことはしっかりと記憶している。


 だが――。


「想定より人間が多いですね」

「そうね、数百年前よりは強そうじゃない?」

「ガハハ! 何事も予想通りとはいかぬものだな!」


 観察眼ダークアイのおかげで、奴らの言葉がわかる。


 姿を現したのは、三人の魔族だった。


 頭に赤い角が生えているのが、奴ら魔族の特徴だ。

 そして俺たちが道を歩くみたいに、奴らは空中魔法を使える。


「……嘘だろ」


 金髪で端正な顔立ちの男。

 冷たい目で俺たちを見下す茶髪の女。

 ガタイがデカく、豪快な雰囲気がある大柄の男。


 俺は言葉を失った。


 味方キャラクターが多く存在するノブレスだが、敵自体が大きく変わることはない。


 自らの肉体を生贄に闇を召喚するキンブリー。

 水魔法に特化したイフェクサー。

 悪魔の羽を持つビルビット。


 他にもいるが、それぞれの対策も考えていたし、セシルの助言もあって用意周到に、そして着実に勝てるであろう作戦を練っていた。

 だが空から降りてきた三人は、俺ですらもまったく知らない。今挙げた奴らとは似ても似つかない。


 一度も見たことのない――魔族やつらだった。


「――クソが、誰なんだよお前らは!!」

「グガアァアア」


 魔力を漲らせ、魔物を駆逐しながら俺は叫んだ。

 この意味がわかるのはセシルただ一人だろう。


 努力をしているとはいえ、起こりうる未来に対処していけば、道が切り開かれると思っていた。


 だがそうじゃなくなった今、俺は――。


「ヴァイス! 僕たちなら勝てる!」


 その時、全てを見透かしたかのようなタイミングで、アレンが俺を励ましてきやがった。

 大会終わりで魔力は残り少ない。なのにあの竜の時のように真っ直ぐな目をしてやがる。


 ……ああそうだよな。


 俺たちは不可能を可能にした。


 周囲を見渡せば、大勢の強い奴がいる。


 俺は――一人じゃない。


 覚悟を決めろ――ヴァイス・ファンセント。


 お前がやることは、運命に抗うことだ。


『……魔族が現れましたが、問題ありません。過去の文献によると彼らは不意打ちを好みません。おそらくすぐに手は出してこないでしょう。着実に、そして焦らず魔物を駆逐してください』


 セシルもいつもより声のトーンが低い。だが自身を落ち着かせたのだろう。

 俺は強い、だが今は彼女の駒として動け。


 セシルを――仲間を――信じればいい。


「グガァアァァアァア?」

「クソゴミ魔物が、俺に近づくな。不自然な壁アンナチュラル――」

 

 セシルの言う通り、魔族奴らはプライドが高く傲慢で、何よりも己の強さを誇示する為に存在しているような種族だ。

 といっても、ノブレスでは異世界から来ていることもあって誘拐を目的としていたはず。


 だが奴らはなぜか、空に立ったまま俺たちを眺めていた。


 それも――楽しそうに。


「がははは、やはり勝てないじゃないか!」

「そうねえ。となると、魔王様の言う通りなのかしら?」

「――時間周遊タイムループとは、人間たちも小賢しい知恵をつけたな」


 その時、観察眼ダークアイを通じて、俺は言葉を失ってしまった。


 ……時間周遊タイムループ、だと?


 驚いた俺は、後ろから迫りくる魔物の攻撃に気づくのが遅れた。


 大きな狼の刃が首刺さりそうになる――。


 ――ヒュンッ。


 しかし恐ろしく速い魔力砲が飛んできて、魔狼の首が消し飛ぶ。

 視線を向けると、エヴァが笑みを浮かべていた。


『貸 し よ』


 はっ、ヤバい先輩に借りを作ってしまった。


 目だけで礼を言うと、言葉も交わさずに駆ける。


 考えるのは後だ。


 今はただ、目の前の敵を倒せ。


 ――――

 ――

 ―


 それから数十分が経過した。

 俺たちは血だらけだが、そのほとんどが返り血だ。


 誰かが危険な状態に陥ると、セシルが的確に指示を出してくれる。


 おかげで怪我人はいても死人はいないだろう。


 いくら魔族が攻撃を仕掛けてきていないとしても、ありえないほど成果だ。


 ああ、セシルが味方になってくれていて良かった。


 しかし変だ。


 これが本当に厄災なのか?


 その答えは、空中にいるやつらが――握っている。


 そのうちの一人、金髪の漆黒の服着た男が空中から降りてくる。

 こんな時になんだが、顔立ちが整っていて魔族とは思えない。


 だがあふれ出る魔力は、俺が知っている奴らより遥かに高く思えた。


 全員が固唾を飲んで見守っている。


 驚いたことに、エヴァとミルク先生は手を出さなかった。


 その気配すらない。


 だが理由はすぐにわかった。

 手を出せばすぐに戦闘が始まり、この場にいる下級生が大勢死ぬ。


 それを、避けている。


 そして男は、コトンっと靴を鳴らして闘技場に降り立つ。

 まるで散歩に来たかのような表情だ。

 俺たちに囲まれているというのに、全く怯えている様子もない。

 それに魔物は、一応こいつらの部下のはずだ。だが視線を向けるそぶりすらなかった。


「初めまして、私は七禍罪しちかざいの一人、ビーファと申します。後ろにいる華憐な女性がスルス。そしてデカいのが、ラコムです」


 驚いたことに、そいつはまっすぐに俺を見ていた。

 なぜかはわからない。だが、何かに気づいている、そんな顔をしている。


 それに七禍罪しちかざいとはなんだ? 俺は、そんなものを聞いたことがない。

 そしてビーファは、まだ俺を見ていた。


「なるほど。あなたが、特異点シンギュラリティですか。間近で見るとよりわかってしまいますね」


 訳が分からない。その時、気持ちが早まったのか、下級生の一人が攻撃を仕掛ける。

 戦闘が始まる――俺たちは魔力を漲らせたが、下級生の攻撃はなぜか空を切る。


 どこに消えた、と思っていたら、俺の真横から声がする。


「***************か?」


 すると次の瞬間、そいつは俺の真横に瞬間移動し、あり得ない・・・・・言葉を耳打ちをした。


 その言葉に思わず血の気が引いて、絶句する。

 攻撃を仕掛けたが、また忽然と消える。次は空に立っていた。

 

 原理はわからない。


 魔族は、俺たちとは違う別種魔法を使う。


 根本から違うのだ。


「今回はただの挨拶です。ただ、魔王様の言う通りでした。信じられないことですが、私たちが敗北・・するところでしたよ」


 次の瞬間、そいつはまた姿を消した。

 上空を見上げると、遥か高みだ。


 魔族が逃げるなんてありえない。

 奴らはプライドが全てだ。強さが全てだ。


 このまま戦えば犠牲者は出るかもしれないが、間違いなく勝てるだろう。


 だが奴は退いた。更に敗北を認めただと?


「では準備・・を重ねてきます。それでは」

「まったく、ここに来る意味はあったのかしら」

「観察が魔王様の指示だから仕方がない! とはいえつまらんな! よし――最後の挨拶ぐらいはしとくか!」


 転移魔法が出現、そのまま空に消えていくかと思いきや、デカい男――おそらくラコムと呼ばれた男が手を天にかざした。

 次の瞬間、どでかい炎の玉を出現させる。


 今まで見たことがないほどの大きさ、熱波が凄まじく、高密度の魔力に覆われているのがわかる。


 何よりも驚いたのは、原作でも見たことがない魔族ラコムが、俺が知っている魔族以上の力を出していること。


「――さらばだ!」


 最後にラコムは、どデカい炎の玉を俺たちに放り投げやがった。


 その場から離れることはできる。だが怪我人はそうもいかないだろう。


『ファンセントくん!』


 直後、脳内に響き渡るセシルの声。

 俺はセシルの言葉より早く駆けていた。

 残った全ての魔力を閃光タイムラプスに費やす。

 全てが遅く視える。


 飛び出した瞬間、背中が何かに押された。ひんやりと冷たい、だが心地よくもある。


 これはシンティアの氷の浮遊アイスフロウトだ。はっ、ありがてぇ。


 そして驚いた事に、エヴァは俺を視ていた。全てが遅く視えるこの世界、刹那の中で、俺を認識しているらしい。

 お先にどうぞと、目で合図してきやがった。


 そして俺は、炎の玉に剣を沿わせる。術式を分解し、炎の綻びに隙間を入れていく。


 炎は大きく分散するも、全てが消えるわけじゃない。

 だがその残りを、エヴァ、ミルク先生、ダリウス、クロエ、その場の強者たちが残らず破壊し、跡形もなく――消えた。


 ほんの一瞬、だが絶命する可能性も秘めた刹那だった。


「うおおおお、流石ヴァイス!」

「死ぬかと思った……」

「先生たちもすげえ……」


 下級生、他校生たちが喜びから叫ぶ。おそらく死を覚悟したのだろう。


「……ふう」


 俺はそのまま地面に降りる。リリスが肩を支えてくれた。


「ヴァイス様、流石です!」

「ヴァイス、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない」


 空を見上げるがもう魔族の姿はない。残ったのは魔物によって破壊された闘技場と無数の魔物の死体、そして――謎。


 やっぱり一筋縄じゃいかねええなあこの世界ゲームは……。


 だが俺は、厄災を乗り越えることができた。

 あの様子からするとまだ襲ってくるだろうが、これは大きな一歩だ。


 一人じゃ辿り着けなかった。それは認めざるを得ない。


 そして――。


「ふうん、面白いことになってきたわねえ」

 

 全員が恐怖と安堵を噛み締めている中、唯一心の底から嬉しそうだったのは、エヴァ・エイブリー、ただ一人だった。



 それから数時間後、王都から兵士が大勢やってきた。

 現状の確認、負傷者の治療、調べること、考えることは山ほどある。


 まだバタバタしているが、ひとまず他校生は国に帰ることになった。

 大勢のライバル、しかし頼もしい味方でもあった。


「ヴァイス、またな」

「ああ」


 去り際、ミハエルは初めて会った時よりもいい顔をしていた。

 

「なんだか大変なことになりましたわね」

「そうですね……魔族が現れるなんて」

「ああ、でもやるべきことをやるだけだ。――シンティア、リリス、ありがとな」


 そして俺は、素直にお礼を言った。これからもっと言わないといけない相手もいるが、誰よりもそばにいてくれた二人だ。

 シンティア、リリスは驚いた顔をした後、ふふふと笑った。


「私はいつもヴァイス様のお傍にいます! お礼なんていりません!」

「私もですわ、当然のことをしたまでです」


 これから先は俺の知らない分岐点も増えていくだろう。


 それでも俺は、必ずこのゲームを制覇クリアしてやる。


 ――絶対に。


 まあでも、ひと段落、ってやつだな。


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