032 サバイバル開始

 サバイバルが開始してから、既に数時間が経過していた。


 俺の左手には、ゼビスに新しくしてもらった頑丈な鞭、右手にはファンセント家に代々伝わる業物の剣がある。


 その両方を使い、生まれて初めて見る魔物を駆逐していた。


 最初に現れたのは、小さな兎だ。

 弱弱しく見えるが、額に鋭い角があり、隙あれば首を刺そうとしてくる。


 更に厄介なのはカメレオンのように周りの風景に溶け込む。

 今は全身が真っ白で、雪と溶け込んでいた。


観察眼ダークアイ】がなければ、もっと手こずっていただろう。


 一体、二体、三体、鞭で捕まえた後、剣で命を絶つ。

 単純だが、この組み合わせは強力だ。


 後ろから、野太い男の声が聞こえてくる。


「オラアッ! トォウゥ! シャアッオォラ!」


 身体強化した体で角を受け止め、カウンターで一撃。


 ……まるで野人だな。


『ヴァイス・ファンセント、デューク・ビリリアンにポイントを付与』


 予め付与された魔術のおかげで、脳内に声が響き渡る。

 手の甲のポイントが変動した。


「次だ、行くぞ」

「ちょっと待てよヴァイス、いい加減休もうぜ……。この訓練は三日間、衣はともかく、食住を用意することも含まれてる。つうか、どこのペアも初めはそこからだろ。なんで魔物を狩りまくるんだよ。順序が逆だろ」


 なぜか俺は、筋肉ササミとペアになった。

 原作では違う。おそらくだが、成績が関係しているのだろう。


 どういう基準で決めているのかはわからないが、今回のペアとしては上出来だ。


 体力がものを言うサバイバル、筋肉が多いのは有利、だが口数は減らしてほしい。


「三日間ぐらい寝ずに動けないのか?」

「……マジ?」


 ぽかんと口を開ける。

 ああ、やっぱりデュークは面白い。


 裏表がないのが、こいつの良い所だ。


「……弱い魔物ほど警戒心が強い。既にこの森は大勢の下級生で埋め尽くされている。時間が経過するほど雑魚は姿を消し、残ったのは手ごわい魔物だけになる。だから今はポイントを稼ぐ為に動け、この説明をしてもまだ休みたいか?」

「……いや、賛成だ! なんだよぉ! ヴァイスぅ! ちゃんと言ってくれればいいのによぉ!」


 野太い腕で、俺の首に腕を回す。

 なんで……こんなに馴れ馴れしいんだ?


 俺はある程度、近寄られないように威圧感を出している。

 慣れあいはポイントを妨げるからだ。


 だが……こいつには効かないらしい。


さわるな、れるな、必要以上に近づくな」

「なんでだよぉ、俺たちは命を守り合うバディだろぉっ」

「……ふ」

「あ、ヴァイスが笑った! くそー、魔法写真で撮っておけばよかったぜ。って、おい、俺を置いてくなよ!」


 ……愉快な奴だな。


 だが、今のは咄嗟に考えた方便だ。


 本当の事を話すつもりはない。


 俺は……悩んでいる。


 ▽


 サバイバルがスタートして、二日目、早朝。


 まさかここまで吹雪くだなんて……。


 魔力雲の恐ろしさは知っていたけど、予想以上だ。


 私たちは急遽、雪洞を掘って凌いでいた。


 ……アレンは、大丈夫かな。


「シャリーさん、新雪を溶かして温めたのでどうぞ。あまり飲み過ぎるとお腹を壊すので気を付けてくださいね」

「ありがとう、リリスさん」


 私のペアの相手は、あのヴァイス・ファンセントのメイドだ。

 とはいえ、驚いている。


 どんな酷い人間だろうと思っていたのだが、丁寧な所作に物腰、そして何よりもその強さだ。


 雪で足が持っていかれるはずなのに、それをものともせず凄まじい速さで魔物を倒していた。


 ……凄い。


「それにしても、シャリーさん魔法は凄いですね。今もこうやって安全に過ごせているのは、付与のおかげですよ」

「ううん、私は基本的に待つタイプだから、前衛のリリスさんと組めたのは良かったよ」


 その時、ちょうど外に仕掛けていた私の魔法が光った。

 慌ててリリスさんと向かうと、真っ白い鹿の魔物が、足を取られて倒れ込んでいる。


 このあたりの地面に付与していたのは、【魔力糸マジックレスト


 私は、物質や人に魔法を付与できる。

 効力は様々だが、魔物に対してはかなり有効だ。


 人間と違って見破る能力は低いし、自ら罠にかかってくれる。


 そしてリリスさんは、静かに魔物の首を切り落とした。


「えへへ、食料ゲットです」

「……あ」


 流石だ、彼女はサヴァイヴァル能力も長けているらしい。

 鹿肉……なのかな? 一応。

 


 三日目の朝、私とリリスさんは順調にポイントを稼いでいた。


 罠を仕掛け、彼女に魔法を付与して、安全に魔物を倒す。

 相性が良かったのはもちろんだが、何よりも私のことを貴族として扱ってくれないことも居心地が良かった。


 いや……ダメだ。こんな考え方は、私が偉そうだから思っているだけだ。



 サバイバル終了まで約五時間、好成績で終わるとき、私の何気ない一言で、リリスさんは激怒してしまった。


「……言っても許されない事がありますよ」

「え、いや、でも噂で――」

「ヴァイス様は素晴らしい人です。今ここにいるのは私の意思です。都合よく使われているわけではありません」

「……そう」


 ヴァイス・ファンセント、彼の元から離れたほうがいいかもしれない、と言ってしまったのだ。

 だが、彼女はおそろしいほど冷たい目で私を睨んだ。


 その様子からも、彼がいかに慕われているのがわかった。


 ……私は、気づかぬうちに偉そうになってしまっているのだろう。


 貴族を馬鹿にしていたのに、どこかリリスさんをメイドとして見ていた。


 だから……そんなことを言ってしまったんだ。



 そしてその時、私は――油断していた。


 私の魔法は突然起こる戦闘には不向き。


 だから、罠を仕掛けていた。


 一番無防備なのは、魔法を付与している時。


 その時だけは、神経を集中させないといけない。

 

 そのときは、周りに注意がさけなくなる。


 それをわかっているからこそ、リリスさんに声をかけたり、私も気をつけていた。


 だけど、話しかけづらくて、一人ですぐに終わらせようとしていた――。


「グガァアァアァアァアァ!」


 魔物の縄張りに入ってしまったのだろう。

 巨大な魔狼が数十体、牙を向いて私を威圧してくる。


 それに……強い。


 明らかに今までの敵とは違う強大な魔力。

 この弱肉強食の森の中で、生き抜いてきた眼だ。


「くっ――」


 私は急いで剣を取り出し、強化魔法を刃先に付与した。


 狼はジリジリと私を囲って、すぐに攻撃を仕掛けてはこない。


 ――やはり、できる。


 後ろの狼が叫び声をあげた瞬間、私の身体がピクリと反応した。

 思わず振り向きそうになる。だがその隙を見逃さず、左右にいた魔狼が牙を向けて飛んでくる。


 引っかかった――。


 どっちから倒す――その瞬時の迷いが、思考を鈍らせる――。


 くそっ――。


「シャリーさん!」


 だがその時、リリスさんが急いで駆けつけてくれた。

 私を庇って右腕を噛まれてしまうが、そのまま魔物の首をナイフで刺し、一体を倒す。


「ごめんなさい、私が――」

「謝らなくていい、今は、倒す事だけを考えましょう」

「……わかった」



 それから二体、三体、四体、リリスさんと私は魔狼を倒していく。


 勝てる、これなら――と思っていた時、魔狼が吠えた。


 次の瞬間、森の奥から一体、二体、三体、どんどん増えてくる。


 私とリリスさんは身体中に噛み痕がついている。

 血を……流し過ぎている。凝固を妨げる唾液が含まれているのだろう。


 視界が歪み、足元がふらつく。


 頭に、死が過る――。


 アレン……。


「負けない、私は、死なない!!!!」


 リリスさんが奮い立たせるように叫ぶ。


 私のせいで……。


 そうだ、ダメだ、死んだら……ダメだ!


 しかし魔狼は、私たちの望みを断ち切る勢いで増えていく。一斉に襲い掛かってきたら、とても防げない。


 でも、それでも――。


「グガァアァ!」

「――【癒しの加護と破壊の衝動】」



 その時、声が聞こえた。


 低く、とても自信にあふれている声。


 私を守るように、前に立ってくれている。


 その瞬間、私の身体が温かくなっていく。

 血を流し過ぎていた身体が、癒されていくのがわかる。

 痛みが、和らいでいく。


「ヴァイス様!」

「リリス、その場でしゃがめ。シャリー、お前もだ」

「ヴァ……イス……」


 どうして、なぜ、なぜここに?

 

 このサバイバルは、味方を助けてもポイントにはならない。

 いや、リリスさんがいるから……違う。そんなわけない。


 ヴァイスは……私を心配してくれていた。


 私はそれをわかっていた。


 だけど、どうしても認められなかった。


 噂を、貴族、悪だと……思いたかった。


 彼は本当は優しい人だと、気づいていたというのに。


魔狼ざこどもが、数だけで俺に勝てると思うなよ」


 地面の魔法陣が敵を蝕み、反対に私たちの身体が癒えていく。

 これは、ヴァイスがアレンと戦う時に見せた魔法だ。


 いや、その時よりも強くなってる。


 彼は……努力してるんだ。


 それでも魔狼は数を増やし、早くに動いた一体がヴァイスに向かって――――。


「オラァアァアアァアアアア! ったく、カッコつけるねえヴァイス」

「黙れササミ。お前は後ろを守れ、俺は前をやる」

「はいはい、わかりましたよ」


 デューク。

 

 彼と私は幼馴染だ。

 正義感が強く、誰とでも仲良くする人だと周りから思われているが、本当に嫌な奴に心を開いたりはしない。

 そんなデュークが、ヴァイスと仲良く話している……ああ、私、間違ってたんだ。


 ――――

 ――

 ―


「……流石に数が多かったな」

「ああ、って、数が問題じゃねえよ! 全然寝てないのに連戦はきちーぜ!」

「黙れ、プロテインに格下げするぞ」


 デュークが息を切らしてその場に座り込む。

 彼は、身体強化で有名なビリリアン家だ。驚くほどのスタミナを持っている。そんな彼が疲れている所を見るのは初めてだ。

 一体、何があったのだろう。


「ヴァイス様、ありがとうございます!」

「ポイントの為だ。助けたわけじゃない」

「ふふふ、そうですかっ」


 ……ポイントの為……か。


「けどまあヴァイスの言う通り、ポイントはめちゃくちゃ入ったな! 寝ずに頑張った甲斐があるってもんだぜ!」

「口を動かす元気があるなら、今すぐ一人で魔物を倒してこい」

「無茶言うなよマジで……」


 私は、ゆっくりとヴァイスに近づく。

 ……言わないと。言わないと。


「ヴァイス」


 …………。


「なんだ?」

「今まで本当に……ごめ――」

「ガォァァァアアッ!!」


 その時、瀕死の魔狼の一体が、私に体当たりしてきた。

 

 身体の軸が大きくズレる。すぐ傍には、断崖絶壁の崖。

 そのまま私は――崖から落ちてしまう――。


 ああ――。


 私、こんな最後なんだ……。


 最後に……謝れなかった――。


「シャリー!!!!!!!」


 ヴァイスが、私を追いかけてきた。


 空中で、手が、伸びてくる。


 なんで、なんで?


 ああ、あなたは――本当に――。

 

 私は、咄嗟に手を伸ばして掴む。


 次の瞬間、私の身体が、ふわっと浮いた。


 これは、飛行魔法を私に付与した……!?


 そのまま勢いよく崖上に引き戻され、デュークに身体を受けめられる。

 起き上がり、急いで崖に覗き込む。

 デューク、リリスさんも。


 しかし――。


「ヴァイス様!」

「ヴァイス!!!!!!」


 遥か下、ヴァイスが真っ逆さまに落ちていく。


 そんな、そんな……私のせいで彼が……。


 いやだ、いやだ、いやだ!!!


 ――その時、後ろから足音が聞こえた。



「――僕が、助ける」



 私の横を颯爽と抜き去り、崖から飛び降りたのは、アレンだった。

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