031 シャリー・エリアス

 エリアス家のシャリー、子爵令嬢の娘、良家の出、エリアスの娘、それが私の呼び名。


 両親は、社会的にみて素晴らしい成功者だ。

 若くして結婚、仕事も順調、誰からも好かれる二人。


「今日は外交の集まりがあるんだ、シャリー」

「メイドには伝えてるから、お夕飯ちゃんと食べてねシャリー」


 だが、私にとっては忙しい両親だった。


「君がエリアスの娘か」

「さすがエリアスの娘ね」

「ああ、エリアスの子か」


 そして誰も私を【シャリー】としては見てくれない。


 幼い頃から、私は両親に貴族の娘で生まれたことが、如何に尊いかを教え込まれた。


 何一つ不自由しない生活、安全な住居、約束された将来。


 それに対して不満を覚えるのことは悪いことだろうか。


 感謝はしている。だけど……ただ父と母との思い出が欲しかった。


 過去を何度振り返っても、思い出すのはいつも一人で屋敷にいる自分の姿だ。

 食事一つとっても、大きな食堂で、カチャカチャと私の食器の音だけが鳴る光景を思い出す。

 後ろには執事やメイドがいて、私がスプーンを落とすとすぐに拾ってくれるが、怒られることはない。


 ……わかってる。ないものねだりだってことは。


「シャリー、素晴らしい魔法技術です。だけど、もう少し魔力を抑えましょう」

「はい! ありがとうございます!」


 そんな中、余計な事を考えないで済むのは、週に三回の魔法訓練だった。

 繊細な技術を要するが故に、ただひたすらに没頭することができる。


 この時だけは、私はエリアス家の娘ではなく、シャリーになれる。


 先生だって、私を叱ってくれる。


 それが、嬉しかった。


 しかし私が魔法訓練をできるのは貴族だったから、そのことが、より私の心を複雑化させていた。

 

 そんなある日、私は貴族の娘だということで誘拐されてしまった。


「ははっ、こんなガキに1000万ペルだってよ。流石貴族様だな。お前もエリアス家でよかったなあ?」

「なあコイツ……結構可愛くね? 返す前に味見しねえか?」

「ははっ、お前は好きだな。一時間だけだぞ」


 身代金の要求をし、私の身体に触れようとしている犯人たちを睨みつけながら、私は考えていた。


 これが、貴族で生まれて良かったってこと――。


「――なんだガキ? グガアアアアアアアアアア」

「ち、なんだガッ――」


 この時、私は初めてアレンと出会った。

 まるで白馬に乗った王子様のように、彼は私に手を差し伸べてくれた。


「だ、だれ……あなた」

「僕はアレン。――シャリー、君を助けにきた」


 私はボランティアで、時間があれば孤児院の炊き出しのお手伝いに行っていた。

 心からの善行じゃない、偉そうな貴族のままふんぞり返ってるのが嫌だったからだ。

 誘拐されたのは、その帰りだった。


 それを知った彼が、私を探し出してくれたらしい。


 平民、孤児院、何も持たないアレン、だけど、信念だけは誰よりも強かった。

 そんな私は、気づけば彼に惹かれていた。


「僕はこの世界を平等にしたい」


 その言葉は、心に深く突き刺さった。なぜなら、私が幼い頃からずっと考えていたことだ。


 だけど、そんなのは嘘っぱちだ。出来るわけがない。


 初めは強く当たってしまった。命の恩人だというのに、私はなんて馬鹿なんだと。


 しかし彼は諦めることなく、ゼビスさんという師と出会い、どんどん強くなっていった。


 それで気付いたのだ。


 私は、ただ弱かった。


 口だけで、何も行動しようとしていなかった。


 彼は違う。アレンはわかっている。自分が理想を語っていることに。


 だけど、口だけでそれを終わらせたくないと。


 だから、いつも前に進んでる。足を動かしている。未来を掴もうとしてる。


 気付けば私は、彼のようになりたいと思っていた。


「はい、順番だよ。お腹いっぱい食べてね」

「ありがとう、シャリーお姉ちゃん!」

「ふふふ、いい子ね」


 両親に嘘をつき、誘拐された後もアレンと共に孤児院や戦争孤児のいる場所を回って、子供たちに炊き出しをしていた。


 もう見せかけじゃない、大勢を助けたいと本気で思っていた。

 大変なこともあったけど、感謝されることが嬉しかった。


「ねえ、私もシャリーお姉ちゃんみたいになれる?」

「……もちろん、人は何にだってなれるのよ」

「やったあ! 私も、みんなにご飯をあげられるようになりたい!」


 そんな日々を過ごしていたある日、ノブレス学園のことをふと彼に伝えた。


 入学難易度が非常に高いうえに貴族ばかりだが、卒業生は歴史に名を残した偉人ばかり。


 この世界は平等から遠ざかっている。

 アレンの理想を叶えるには、誰からも認められる権威が必要だとわかっていた。


 だが、貴族ばかりの学園にアレンが行くとは思わなかった。

 

 軽い気持ちだった。だけど彼は、すぐに入学試験を受けると決めた。


 私は彼を追いかける為でもあったが、自ら入学を決意した。

 そのことを両親は喜んでくれたが、私を思ってのことじゃない。

 試験を受けるだけでも誇り高いといわれるノブレス学園だからだ。

 

 合格通知が届いた時、それはもう家族総出で大変な騒ぎになった。


 だけど不思議なことに、私は両親から祝ってもらったことが心から嬉しかった。


 その時に気づいたのだ。


 アレンがきっかけとはいえ、私が初めて自分で決めた道だったからだ。


 ああ、私の心一つで、世の中の見え方が変わる。それを、アレンに教えてもらった。



 そして学園の入学後、私にはすぐ嫌いな人ができた。


 ――ヴァイス・ファンセント。


 誰でも知っている有名な悪名高い貴族だ。


 努力もせず、持って生まれた才能と権力で好き放題。

 

 入学試験では、必要以上なまでにアレンを痛めつけていた。


 タッグトーナメントでもカルタさんを利用し、飛行魔法を習得して首位を。


 だけど私は……そんな彼と同じ貴族だ。


 外から見れば、きっと何も変わらない。


 それが、許せなかった。


 アレンも彼とよく衝突しているが、私にだけは本音を話してくれる。


 ――認めている――と。


「凄いよ、ヴァイスは」

「そう? ただ好き勝手してるだけじゃないの?」

「確かに僕と彼は合わないよ。でも、ヴァイスは信念を持ってる。――僕にはわかるんだ」


 ……そんなことない。

 アレンは、貴族の醜悪さを知らないだけだ。


 あいつの噂はよく知っている。


 奴隷に酷い扱いをしたり、気に食わないことがあれば暴力に走る。


 ヴァイスは、幼い子供たちがどれだけお腹を空かせているのか知らない。


 最低で、最悪な――。


「シャリー」


 魔物サバイバル訓練の前日、ヴァイスは、なぜか私の部屋を訊ねてきた。


 訳が分からない。今まで大して会話もしたことがないというのに。


「明日の訓練、辞退しろ」

「……はい? なんでそんなこと言われなきゃならないのよ」

「……危険だからだ。お前の能力を見てきたが、とても訓練に耐えられるとは思えない。ポイントにはまだ余裕があるだろう」


 ……おかしい。

 私の魔法は、魔物に対して有効なはず。

 そうか、心配しているような素振りで油断させ、ライバルを蹴落とそうとしている。


 アレン、やっぱりこいつはあなたが思ってるような人じゃない。


「私は辞退しない。誰に何を言われようが」

「……お願いしてもダメか」


 お願い? あのヴァイスが?


 ……意味不明だ。もう話す気はない。


「それ以上続けても無駄よ」

「……わかった」


 卑怯な手だ。


 情に訴えたり、偉そうにしたり。


 やっぱり噂通りだ。


 もし私が貴族でなければ圧力をかけていたはず。


 アレンと出会うまでの私は、ただ我がままで口だけだった。


 でも今は違う。私にはやりたいことがある、叶えたい夢がある。


 世界中の子供たちに、安心できる居場所を作ってあげたい。


 一人でも多く、笑顔で過ごせるように。


 私は、シャリー・エリアス


 誰に何を言われようと信念は曲げない。


 

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