028 たゆんたゆん

 驚いた。


 俺たち下級生が見守る中、二人の大人が本気・・の戦いをしていた。


「すげぇ……これで魔法なしってマジかよ」

「身体強化もないんだ……わ、なんであんな動きが出来るの?」

「俺ら卒業……できっかな?」


 生徒たちが声を漏らすのも頷ける。


 今俺たちは、ミルクvsダリウスの戦いを間近で見学させてもらっていた。


「赤髪、なかなか腕を上げたな」

「伊達に教員をやってるわけじゃないからな」


 二人が旧知の仲だということを俺はもちろん知っている。

 ミルク先生が騎士をやっていた時の仲間だったはずだ。


 ダリウスはここの教員で、主に戦術や戦闘、サバイバルについて指導してくれていた。

 この戦いは、臨時教師としてのミルク先生の実力を示すためにある。

 偉そうな貴族の子供たちを黙らすには実力を見せるしかない。

 その狙いは大成功、もはや誰もミルク先生に口答えなんてしないだろう。


 まあ、元々誰も出来るはずがないのだが。


「ハアッ! いいぞォ! やっぱり実力があるやつと戦うのは楽しいなァ!」

「生徒ッ、たちのッ、前でッ、その口調はやめとけッ!」

 

 ミルク先生の攻撃はすさまじく、速さと力を兼ね備えている。

 間髪入れずに上下左右、更に隙があれば蹴りや打突は当たり前。

 俺との訓練では控えてくれているが、これに魔法が加わると思うと恐ろしい。


 大してダリウスは、筋肉質でガタイのいい体躯から繰り出される腕力攻撃が主だ。

 怒髪天のような赤髪からも見て取れるが、まさに剛、漢。

 実際原作でも筋力ステータスが凄まじかった。


 全てを知っている俺でも見惚れてしまうほどの戦闘バトル

 初見の下級生たちの衝撃は計り知れない。


 それとこれは改変なのだろうが、ダリウスとアレンが仲が良い事を知った。

 原作では特に接点がなかったはずだが、シンティアの情報によると入学前に師をしていたとか。


 それが、アレンの強さの秘密なのだろうか。


 そしてついに完全決着。

 最後はミルク先生の攻撃が、ダリウスの顔にヒットして終わった。


 結局俺たちは、力の差を嫌というほど思い知らされた。

 だが、生徒たちの顔は凄く満足げだ。


 その理由はただ一つ、今この演習が、プールの上で・・・・・・行われていたからだ。


「これが今日の授業しあいだ。一人一人立ち合い、水に落ちたほうが負けだ。勝った場合は、次の奴と戦え」


「「「はい、ミルク先生!」」」


 女子たちの冷ややかな目線が飛び交う中、男たちは一糸乱れぬ声をあげた。


 ここはプール、ミルク先生はずっと水着だった。


「ヴァイス、前に出ろ」


 たゆんたゆん、今俺は何を言っているのかわからないが、たゆんたゆん。


 ミルク先生の褐色肌、赤いビキニが、たゆんたゆん。


 ああ、たゆんたゆん。


 すると俺の心の声が聞こえているのか――。


「殺すぞ」


 と、ド直球な先制をされた。


 ごめんなさい、たゆんたゆん。


 そもそも最高峰と呼ばれているノブレス学園がなんでこんな授業をしているのかというと、一応ゲームだからだ。


 原作はめちゃくちゃ面白くて人気があった。


 となると当然、プールイベントはなぜか組み込まれている。


 貴族学園? 紳士淑女? そんなの下らないことは忘れろ。


 生徒たちも水着に着替えているが、女子だけはなぜかビキニだったりスク水だったり、統一性はない。

 気を抜くと、なぜ? と、声が出てしまいそうだ。


 しかしこれがまたいい所なのだが、誰もそのことに言及しない。


 かくいう俺も、そんな野暮なことは言わない。


 理由はただ一つ、下手にシナリオの改変をすると面倒だからだ。


 ただそれだけ。


 下心なんて一切ない。


 一切、ない。


「ヴァイス、俺はてめぇを突き落とさなきゃならねえ」

「やってみろ、デュークプロテイン


 ムキムキ筋肉男が、俺の前に立ち塞がる。

 手に持っているのは剣ではなく、柔らかい謎の棒だ。

 

 プールに浮いているだけの小さな板の上、立っているだけで倒れそうになる。


「オラァアアアアア!」

「消えろ」

「ナンノオラァ!」

「筋肉野郎が」

「オラァオラァアアアアアア!」


 しぶとい。

 いつもの五倍はしぶとい。


 この授業は、勝ち上がれば勝ち上がるほど戦い続けることができる。

 もちろん、女子とも。


 こいつ……漢だな。


 プロテインからササミに格上げしてやる。


 だが何とか突き落とすことができた。


 次に前に出てきたのは、カルタだ。


 何指定かわからない紺色のスク水、肌の露出を避けているのだろう。

 恥ずかしそうオドオドしているのは嫌いじゃない。

 たゆんたゆんたゆんたゆんぐらいはある。


 またまにはこういうのもいいか、をしてみたくなる身体つきだ。


「ヴァ、ヴァイスくん、私は負けないから」


 頬を紅潮させながら下唇を噛む。

 そんなに恥ずかしいなら、なぜこの授業に言及しないのか。


 そしてすぐ倒れればいいものの、カルタは必死にぶんぶんと棒を振り回す。


 たゆんたゆん、男子たちの声援が聞こえる。


「ヴァイス、すげえ……」

「流石ヴァイス、身体の軸をずらして左右に……いいぞもっとやれ」


 なぜか俺の好感度も上がってるみたいだが、そんなのはどうでもいい。

  

 そして俺は無慈悲にカルタを突き落とした。


 謝るつもりはない。これは授業だからだ。


 続いてシンティア、彼女は黒ビキニだった。

 豊満なスタイル、くびれが綺麗だ。流石は俺の婚約者。


「いくらヴァイスでも、手加減はしませんわ」

「ああ」


 だがもちろん勝利。たゆんたゆんたゆんぐらいはあった。


「ヴァイス様、私も負けません」

「ああ」


 リリスは、ピンク色のふわふわフリル。時代錯誤もいいところだが、俺の勝利。たゆん。


 となると最後はアレンだろうと思っていたが、なぜかミルク先生が俺の前に立ち塞がる。


「私で最後だ」

「望むところです。たゆ……ミルク先生」


 危うく間違えるところだった。

 

 そして戦いは接戦だった。流石に俺も負けたくはない。

 一応この授業、なぜかポイントをもらえるのだ。


 とはいえ流石たゆん先生、勝てるはずもなかった。



 授業が終わり、教室で着替えていると、いつもは話しかけて来ない男たちが、俺に声をかけてきた。


「ヴァイス、さすがだなぁ! 見直したよ!」

「ほんとほんと、俺、お前のことを勘違いしてたぜ」

「やっぱり、上下に揺らすのが一番いいよな!」


 ……好感度が低すぎるのは問題だが、高すぎるのも考えものだな。


 その時、隣のクラスから女子の悲鳴が聞こえた。


 ガラリと扉を開けて戻ってきたのは、頬に手形がついたアレンだった。


「着替えの教室変わったんだった……」



 さすが主人公、ラッキースケベで締めくくりか。



 ……クソ、羨ましいぞ。


 

 当然この授業は、後にも先にも、この一回だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る