014 入学試験

 ついにこの日が来た。


 やるべきことはやった、後は力を出し切るまでだ。

 精神統一をする為に、深呼吸して目を閉じる。

 

 馬車の音、自身の心臓の音、そして――キャッキャウフフしている女子の声が聞こえる。


「シンティア様、ツインロール凄くお似合いですよ」

「あらリリス、だったらあなたのはロールアップにしましょう。その美しい髪が引き立つわ」


 緊張感の欠片もない二人が、逆に俺の強張った身体と頭をほぐしてくれている、気がする。


「君たちはいつもと変わらないね。緊張とかないの?」

「ありません。ヴァイスのお傍で訓練できたことで、逆に諦めがついたのです」

「……どういうこと?」

「受かるべき人は受かる運命になっている、ということです。だから今は穏やかな気持ちですわ」

「シンティア様、わかります! 私もまったく同じ意見です!」


 ……よくわからない。

 なんかそれっぽい感じはあるけど、意味不明じゃないか?


 まあいいか……。


 いつのまにか意気投合しているのにもハラハラドキドキしていた。

 勘違い事件? の後、リリスは意味深なことを呟くようになったのだ。


『二人の秘密の時間ですね』

『これはシンティア様には言えませんね』


 ――と。

 

 シンティアが婚約者だという事実は変わっていない。まあ父上が決めたのなら仕方ないだろう。

 彼女は家柄も良く、才能にも優れている。

 ファンセント家のことを考えると文句なんてない。


 初めこそ戸惑ったが、シンティアは綺麗だし、そして見ていて飽きない(色んな意味で、凄く色んな意味で)。


 合格すれば在学中に結婚式を挙げることもないだろうし、今は仲良い友達だと思えばいい。


 シナリオの改変は怖いが、逆に強い味方ができたと思えばいいことにした。


「ミルク先生の最後の言葉、どういう意味だったんだろ。二人はわかった?」

「……ヴァイス様、手加減ですよ、手加減!」

「ヴァイス、殺してはダメですからね」

「殺すって、そんなことしないけど……」


『ヴァイス、やりすぎるなよ』


 これが、ミルク先生の最後の言葉だ。


 確かに俺が編み出した魔法は強力だったかもしれない。しかし剣技はまだ未熟だ。

 今でこそ10本中5本ぐらいはミルク先生に有効打を与えられるようになったが、受験生たちだって才の持ち主だろう。


 手加減なんて出来るわけあない。


 それに俺が戦うのは主人公だ。


 きっとめちゃくちゃ強いだろう。


 ……ただ、少し楽しみだ。


 それからほどなくして馬車は停車、外に出ようとしたが、従者をしてくれていたゼビスが扉をあけてくれた。


「楽しんでいってらっしゃいませ」

「はは、ありがとう」


 いかにも彼らしい言葉だ。

 リリスとシンティアも続く。


 視界に飛び込んできたのは、大きな鉄の門だ。

 竜か虎のような銅像が左右に飾られているが、これは確か魔獣をモチーフにしていた。


「おいあれ……ヴァイス・ファンセントじゃないか?」

「噂の……凌辱貴族だよな」

「見るなって。氷のシンティア令嬢もいるぞ。婚約したのってほんとだったんだ」


 途端にヒソヒソ話が耳に入ってくる。

 既に婚約していたことが周知されていたのは予想外だった。


 でもまあ気にすることはないか。


 どうせここにいるほとんどが不合格者だ。


 入学テストを受けるだけでも箔がつくとのことで、毎年人が溢れている。


 ……ここからは切り替えていこう。


 俺は悪役貴族、ヴァイス・ファンセントだ。


「リリス、シンティア、絶対に合格するぞ」

「はい!」

「畏まりました」


 そして俺たちは、門をくぐった。



 中に入っても大勢の視線が突き刺さる。

 リリスとシンティアが俺の両腕を掴んでいることが原因だろう。


 ただでさえ悪評なのに、美女をはべらして試験を受けに来てるなんてマジでヤバい奴に思われているはずだ。

 とはいえ注意するのも面倒だ。


「おいてめェ、何見てんだァ?」


 その時、喧嘩をしているような声が聞こえたきた。

 大柄の男、といっても俺と同じ歳くらいだろうが、気弱そうな男の子に絡んでいる。

 時代錯誤もいいとこだ。


「見てないよ……ただ、大きい人だなとは思ったけど……」

「あぁ!? デカいだと!?」


 そこは見てないよだけで良かったと思うが……。

 助けたほうが評判が上がりそうだなと思ったが、俺よりも先にピンク髪の小柄な女の子が前に立ち塞がった。

 細身でスタイルがよく、どこからどうみても美少女って感じだ。


 見覚えが……ある。


「アレン、なんでこんなところにいるの? また変なやつに絡まれて!」

「ご、ごめんシャリー……このあたりに賢者の銅像があるっていうから見たくて」


 そして二人はヤンキーそっちのけでイチャイチャし始めた。

 止めるどころか火に油を注いでいるようなものだ。

 

 ああやっぱり、顔がピキピキしてる。


「お前、俺を誰だか知ってるのかァ?」

「ごめんなさい! 私が謝ります! アレン、目立つんだから大人しくしといてよ」

「どっちかというと地味なほうなんだけど……ごめん、僕が道を塞いでたからダメだったんだよね」


 能天気な謝罪、その程度で収まるわけがないだろう。


 我慢できないのか、大柄の男が思い切り拳を振りかぶる――。


「てんめェ! ……な、なんだうごかねえ!?」

「そこまでにしとけ、試験前に暴れたら不合格になるんじゃないか」


 俺は瞬時に駆け、男の右腕を掴んでいた。


「ああ、誰だてめ……ヴァ、ヴァイス・ファンセント……様!? し、失礼しました!」


 どうやらコイツは俺のことを知っているみたいだ。騒ぎを起こしたくはなかったのでちょうどいい。

 周囲から見れば二人を助けているようにも見えるだろう。まあ、実際そうだが。


「す、すいません……」

「いいから消えろ」


 何度も頭を下げながら、大柄の男は去っていった。


 悪評もたまには役に立つみたいだ。


「あ、ありがとう! 僕はアレン! キミは……いい人なんだね!」

「……俺の名前はヴァイス・ファンセント。あいつが目障りだっただけだ」


 綺麗な黒髪、丁寧な物腰、身体に流れる魔力には淀みがない。

 名前が一つしかもない理由は、平民だから。


 アレン、こいつが――この物語の主人公だ。


 そしてその隣は――。


「本当にありがとう! 私はシャリー・エリアスです。あなたも同じ試験を受けに来たんだよね?」

「ああ、そうだよ」

「ヴァイス、どうしたのですか?」

「ヴァイス様、試験が始まりますよー」


 様子に気づいた二人が走って来る。


 ヤンキーと絡むイベントは主人公になかったはずだが、俺のせいで変わっているんだろう。


 助けたのは善意じゃない。試験前に喧嘩ごときでテストが無くなったら困るからだ。


「アレン、私たち先にやることあるんだから早くいかないと!」

「ああ、そうだった! ありがとう、ヴァイス! じゃあまた後で!」


 元気な子ね……とシンティアがボソリと言う。



 俺は考えていた。


 試験テストで主人公に勝つのは必須だ。


 負けると周りからの評判が落ちる上に、それをきっかけに破滅が待っている。


 その後は、ほどほどに仲良くして距離を取ろうと思っていた。


 だが今日、アレンと話しているだけで――なぜか凄く嫌な気持ちになった。


 心が、ざわつく。


 実践テストのときに気づいたが、俺の中にまだヴァイスが残っているのだろう。


 選択肢は一つじゃない。


 最強を目指し、その上で主人公や周りに認められる。


 だが――もう一つ。


 全員を完膚なきまで叩き潰し、真正面から最凶を目指す。

 誰も逆らうことも許さない、ただ圧倒的な力でねじ伏せる。


 ……それもありだな。


「ヴァイス様、なんだか嬉しそうですね」

「まあ、そんな感じかな。俺達も急ごうか」

「あのシャリーって子……少し可愛かったですね……」

「シンティア、君には敵わないよ」

「あら!? なんて嬉しいお言葉! ふふふ」




 なあヴァイス、お前・・はどっちがいいと思う?



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