013 第一回、ヴァイス・ファンセント様を勝手に語る回

「僭越ながら私、ゼビスがまとめさせていただきます」


 屋敷の一室、ヴァイスが大好きな湯に浸かっている間、四人の男女が集まっていた。

 円卓のテーブルを囲んでいるのは、ゼビスの他に、ミルク、リリス、そしてシンティアだ。


「それでゼビス、どういうことだ?」

「どう……とは? もう少し具体的にお願いします」


 ミルクは、はぁと溜息をついて、腕を組みながらぶっきらぼうに言う。


「なぜあいつが今まで埋もれていた。私が指導に当たらなければ誰も気づかなかった可能性もある。大きく言えば、この世界の損失に等しい行為だ。お前の目は節穴だったのか?」


 ゼビスとミルクは旧知の仲である。

 お互い別々の国で騎士団長を務め、一時期は血で血を洗っていたほどだ。

 二人の事を語るなら、それこそ一日では足りない。


 ミルクの不躾な物言いにピクリと眉を動かしたゼビスだったが、誰にも聞こえない程度に呼吸を整える。


「……節穴という表現には些か不満を覚えますが、彼は変わったのですよ。それにしても畏怖を覚えるほどの才を開花させましたが」

「はい! ゼビスさんの言う通りだと思います。私も長年一緒にいましたが、ヴァイス様は変わられました。といっても、以前からお顔は眉目秀麗でしたが」


 背筋を伸ばしてピシッと手を挙げたのはリリス。

 続くように、シンティア令嬢が髪の毛に触れながら言う。


「リリスさんの言う通りかもしれません。彼は初めて出会った時から容姿端麗でしたが、性格は良いものとは思えませんでした。今はどちらも素晴らしいですけど」


 ゼビスは、即席で用意した木板の上に魔力を込めた黒筆で箇条書きしていく。


 【ヴァイス・ファンセント様はなぜこうも素晴らしい、素晴らしくなったのか】


 ①努力をしたので変わった

 ➁元から容姿端麗、眉目秀麗だった。

 ③才能がありすぎてちょっと怖い

 ④私、ゼビスは節穴ではない


「まとめると今のところこんな感じでしょうか」

「私は納得できんな。人はそう変われるわけがない。初めから才能があったのはいいとして、わざと悪を演じていたのではないか?」

「ほう、なぜそのような事をする理由があると思いますか?」

「そんな事は知らん。お前は執事だろう、傍で何を見てたんだ? 節穴か?」


 瞬間、ゼビスの持っていた硬筆ペンの内部がペキペキと音を立てていた。

 眉がクイっと上がって、執事服の筋肉が盛り上がっているようにも見える。


「少々お口が過ぎていますね。ここはファンセント家のお屋敷内です。その物言いはやめませんか? これはヴァイス様のことを少しでも理解する為に開いたのです」

「お前のその物言いのほうが私は気になるよ。ゼビス・オーディン、腑抜けたな。最近のお前はいい子ちゃんすぎる。昔はもっと狂気に満ちてたというのに」


 流石にいいすぎですよ、とリリスが止めに入る。シンティアは、この後ヴァイスと会うので、姿見で自らの美しさを確認していた。


「だからその言い方はやめてもらえ――」

「弱虫ゼビス、雑魚ゼビス、節穴ゼビス」

「ミルクさん! もっと有意義なお話をしましょうよ! ゼビスさんがそんな幼稚な挑発に乗るわけが――」

「……おいミルク……いい気になりがやって、てめェ、こねくり回してやろうかァ!?」

 

 硬筆ペンが真っ二つに折れた瞬間、仏のようなゼビスの顔に亀裂が走る。

 その魔力と殺気はすさまじく、同時刻、頭を洗っていたヴァイスが驚いて、シャンプーが目に入ってしまう。


「ぜ、ゼビスさん!? ど、どうしたんですか!?」


 必死に止めるリリスだが、シンティア令嬢は優雅に髪の毛をくるくるしている。


「やっぱりふわふわロングが彼の好みかしら、ねえリリスはどう思います?」


「はっ、やはりそっちのほうが似合うぞゼビス。お前の鈍った身体をヴァイスに鍛えてもらったらどうだ? 今ならいい勝負なんじゃないか」

「その前にてめェを八つ裂きにしてやろうか? 根性論ばっかりの筋肉女が」

「そこまでいうならここでやるか? 動きが速いだけのうろちょろ野郎」

「もうやめてくださいよ!? シンティア令嬢、二人を止めてもらえませんか!?」

「やっぱりストレートかしら、世界の流行りは目まぐるしく変わってるといいますし」


 慌てふためくリリスをよそに、好き勝手をする三人、だがついにリリスは我慢の限界を超えて、スカートをカーテシー、暗器ナイフを取り出す。

 切っ先を二人に向けると、鋭い眼光で睨みつける。


「いい加減にしてください」

「ほう、静かなる少女サイレンス・ウィッチのお出ましか」

「こいつはオレが殺す。リリスは黙ってみてろ」

「リリスさん、その暗器ナイフ綺麗ですね。反射で私のお顔が映っていますが、いつもより可愛く見えますわ」


 シンティア令嬢は、暗殺者リリスのことをゼビスとミルクから教えてもらったのだが、顔色一つ変えなかった。

 チョロインの性質上、今彼女の心は全てヴァイスに向けられているのである。


 ――――

 ――

 ―


 それから数十分後、湯上りのヴァイスが扉を開けた。

 だが木板に書かれていたメモはすべて消え、代わりに【ヴァイス・ファンセント様が喜ぶ10のこと】 が書かれていた。


「なにこれ……てか、ゼビスとミルク先生、なんか服が破けてない?」

「気のせいでございますよ」

「気のせいだ」

「リリス、なんかスカートがいつもより上がってない?」

「気のせいですよ?」

「シンティア、なんでまだいるの? 帰ったんじゃなかったっけ?」

「ふふふ、そのドエスっぷりもキュンキュンします」


 その日ヴァイスは、みんなちょっと変だけど、裏表がなくていいよなあと思った。


 その点俺は、裏表があり過ぎだよなあ、と思ったのだった。




 

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