011 謎の食事会
――『ノブレス魔法学園』
オストラバ王国最難関の教育機関であり、誰もが一度は入学を夢見る最高峰の施設だ。
その最大の理由は、卒業生が残した功績にある。
ある者は、魔法使いの最高名誉である『賢者』の称号を、またある者は『剣聖』を。
『英傑』『俊豪』『聖剣』『神童』――数えればキリがないが、これらは全て歴史に名を刻むほどの功績を築いた者に与えられる特別なもの。
富、名声、権力、名誉、この学校に入学した時点でそのどれかが約束される。
だがそれ故に入学難易度は非常に高い。
修練を積む為の学校にもかかわらず、入試テストでは高難易度の魔法、剣術の才を求められる。
家柄まで重視されると言われているが、その部分だけは事実ではない。
年齢制限は設けられているものの、出生時の家柄は不問なのだ。
崇高な学園にも関わらずなぜそんな規約なのか、逆説的だが、これは原作の主人公の出生に合わせているからだろう。
田舎生まれ、家族想いな平民、それが主人公だ。
しかし村を魔物に襲われ才能が開花、そこから旅が始まり、先々で色んな出会いやイベントを起こしていく。
その一つがこの学校に入学だ。
俺と初めて出会うのはテストの当日。
原作通りなら、主人公も今は必死に修練をしているに違いない。
だから俺もそれに備えて特訓をしたいのだが――。
「良い天気ですわ、小鳥がさえずっています」
ファンセント家の広大な庭の一角、優雅なテーブルを囲ってアフタヌーンティータイム中。
金髪碧眼、ハイパー美少女、チョロインのシンティア令嬢が静かにティーカップを持ち上げながら言った。
当然、俺も返さないといけない。
「ああ、小鳥がさえずっている」
「…………」
「…………」
静寂な時間が流れる。
流れる。
流れ――
何を話せばいいんだ……。
シンティアは確かに綺麗だ。肌も白いし、出るところは出ていて絞れている所は絞れている。
でも彼女は主人公と出会い、色々重要なイベントがあるはずなのだ。
その中に俺を処刑することも含まれているが……。
こんなところで一緒に紅茶を嗜んでいると、これから先起こる出来事が変化するかもしれない。
シナリオをぶっ壊して何もわからなくなると困るのは俺だ。だから、せめて入学までは絶対に近づかない、そう決めていたんだが……。
『喜べヴァイス、明日だぞ』
『明日? 何がですか? 父上』
『ふふふ、お楽しみだ』
と、意味深に言われてこの状態である。
「無口なところもシャイで可愛いですね」
ちなみにシンティアは真っ直ぐな心を持っている。主人公が何度ピンチに陥っても、無償の愛を注ぐ。属性はチョロインで勘違いが多い。
今まさに静かにしているだけの俺の好感度がグングン上がっていることが何よりも証拠だろう。
「ヴァイス様、紅茶のお代わりでございます」
「ひぁっあっ!? よ、よろしく」
その時、どこからともなく現れたリリス。
あまりの驚きで女性みたいな悲鳴を上げてしまった。時々、リリスの気配に気づかない時がある。
恥ずかしかったが、ある意味よかったかもしれない。
男らしいはずの俺がこんな情けない声を出す、これはもう蛙化現象。間違いない。これでもう終わったはず――。
「可愛い……可愛いい……ヴァイス様可愛い……可愛い……可愛い……ヴァイス様可愛い……」
だ、だめだ。何かぶつぶつ言っている。とても嫌っている感じには見えない。
……でもよく考えるとこれは……僥倖か?
シンティア令嬢と仲良くなれば、例えシナリオが改変しても全て良い方向になるかもしれない。
そうだ、物事は良い方向に考えた方がいいと。そうだ、そうに決まってる。
~~~~~~~~~~~~
だがその時、何とも言えぬ殺気のようなものを感じた。
慌てて振り返るが、誰もいない。凄く近くからだった。
視界に映るのは、リリスの天使のような笑顔のみ。
「……どうかしましたか?」
「いや、何もないよ」
蛙化現象はなかったが、怪奇現象は起きている。
「ヴァイス様、今日の事は父上様からお聞きしたのですか?」
「ああ、聞いたよ(昨日の夜に)」
「そうですか、それで了承してくれたんですね」
「了承というか(お楽しみって言われただけだし)でも……俺も嬉しいよ(アフタヌーンティーは初めてだし)」
そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは時間を過ごした。
ただ何度か殺気を感じたが、結局わからなかった。
「ありがとうございます。非常に楽しかったですわ」
「こちらこそ、おっと。お手を拝借」
馬車までシンティア令嬢を見送り。背中から針みたいな殺気を感じるが、もう慣れた。
倒れそうになった彼女の手を咄嗟に掴む。
よくよく考えたらこの一回で何か変わるわけではない。次からは気を付ければいい。
俺たちはただの顔見知りなだけ、何か誘われても、忙しいと言えばいいだろう。
「ふふふ、本当お優しいですわ。入学テストまでもう少しですが、お互い頑張りましょうね」
「そうだな、シンティア令嬢も無理せず」
ちなみに彼女は文句なしで合格する。
非常に希有な魔法を使えるのだ。もちろん剣術も扱える。
華奢で可憐に見えるが、影で努力を怠らない美少女だ。
「今日はとても思い出になりました。一生忘れません。また込み入った話は後日にでも」
「俺も忘れないよ(シナリオの改変しないかとビクビクしていたから)」
そしてシンティア令嬢は去っていく。馬車の姿が完全に見えなくなってから振り返ると、リリスがなぜか涙を流していた。
「リリス!? どうしたの!?」
「いえ……仕方ありません。私は……ただのメイドですから」
わけがわからない。なぜリリスが……そうか、もしかしたら……辛かったのか。俺とシンティア令嬢が仲良くしているのが悲しかったのだろう。
いつも支えてくれていたのに……気づいてあげれなかった。
「ただのメイドじゃない、リリスは俺の大切な人だよ」
「でも……シンティア令嬢と……」
「父親が勝手に決めただけで(アフタヌーンティー)、俺が決めたわけじゃない。――それと、貴族学園のお付き制度を知っているか?」
「……はい、もちろんでございます」
「俺はリリスを連れて行く予定だ。その時はしっかりとサポートを頼む」
ノブレス学園では、上位貴族のみ特例でお付きをつけることが許されている。
原作だとヴァイスは確か適当なメイドを付けていたはずだが、俺はリリスにする予定だ。
このくらいの改変は問題ないだろう。
お付きにもテストはあるらしいが、そこまで難しくはないはず、多分。
「……それは、私を求めてくれているんでしょうか?」
「ああ、そういうことだ」
「……わかりました、ヴァイス様! 私、頑張ります! ……秘密の愛……ですね」
「はい?」
最後の言葉はよくわからなかったが、泣いているリリスにそこまで突っ込めなかった。
だがその夜、俺はとんでもない事を知った。
「……婚約……」
書類に書かれていたのは、俺とシンティア令嬢が婚約者になったという旨だった。
食事会は、その小さな前祝いというか、二人での初顔合わせだったらしい。
そう考えると昨日の話の辻褄が全て合う気がした。
『ヴァイス様、今日の事は【婚約のことは】父上様からお聞きしたのですか?』
『ああ、聞いたよ』
『そうですか、それで了承してくれたんですね【婚約のことだと思っていたはず】』
『了承というか、でも、俺も嬉しいよ【婚約の返事をしていると思われている】』
え、おれ、シンティア令嬢と婚約したってこと!?
「パパあああああああああああああああああああああああああああ」
そしてもう一つ、リリスが就寝前、俺の部屋の前に現れて「これからもよろしくお願いします。――二人の秘密は守ります」と言ってきたのだ。
それも考えたのだが……おそらくこうだ。
『ただのメイドじゃない、リリスは俺の大切な人だよ』
『でも……シンティア令嬢と……【婚約の事を言っている】』
『父親が勝手に決めただけで【婚約の事を言ってると思われたはず】)、俺が決めたわけじゃない』
その後にお付きになってほしいと俺はリリスに宣言、更に大切な人だと告白。
最後に「秘密の愛」というリリスの言葉。
多分俺、婚約した日に不倫宣言した。
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