010 シンティア・ビオレッタ

「どうかしましたか?」


 シンティアは見た目こそ笑顔だが、死ぬほどの嫌悪感を俺に抱いているだろう。

 過去の記憶を引っ張り出す。時系列を頭で描き、この時点で俺と彼女はどんな関係なのかと。


 そして――ハッと思い出す。


 ……最悪だ。


「久しぶりだシンティア令嬢。あれ・・以来か」

「ええ、そうですね」


 あれ、とは、俺がシンティアに行った悪行のことである。


 ヴァイスとシンティアは学園で出会う前から仲が悪かった。

 その理由は、俺の凌辱な性格にある。


 貴族舞踏会で、ヴァイスはシンティアに踊ろうと持ち掛けた。

 ここまでは問題なく、いやむしろ紳士的とも言える。

 

 最悪なのはその後、シンティアを物にしようと強引に部屋に誘ったのだ。

 それも爵位の称号を逆手に取り、無理矢理にだ。


 最後までしなかったとは作中で書いてあったが、酷い罵詈雑言を浴びせたり、肌に触れるぐらいのことはしたらしい。


 つまり俺がここでやることは――一つ。


「あの時の事は忘れていませ――」

「……すまない。シンティア」


 しっかり頭を下げることだ。

 貴族としてあるまじき行為をしたのだから、謝罪しなければならない。


 この状況ですべきことではないが、反省したということをシンティアに伝えたかった。

 もちろん俺はしていないが、以前の俺がしたことだ。

 よくわからないが、そういうことである。


「……どういうことだ? ヴァイス様が頭を下げてらっしゃる?」

「何が、どうしたんだ?」

「シンティア令嬢を怒らせた? いや、そんなわけが」

 

 それに気づいた人たちが、ざわざわと騒ぎだす。

 シンティアはすぐに頭を上げさせようとするが、俺は悲し気な表情で再び謝罪する。


「未熟だったんだ。俺が何もかも悪かった。許してくれとは言わない、ただ誠意を見せたかった」

「……そう……でも完全に許せないわ。あれほどのことをしたのよ」


 何をした? とはさすがに言えなかった。


 だがある程度溜飲を下げてくれたのか、シンティアは少し申し訳なさそうだった。

 悪役ゴミバカ貴族である俺が、人前で女性に頭を下げたのだ。


 普通に考えるとかなりの出来事だろう。


 ここでサッと離れれば完璧だ。

 彼女から嫌われていなければ、俺の破滅の確率はぐっと下がるはず。


「ヴァイス様、どうして頭を下げていたんですか?」


 だがその時、最悪のタイミングでリリスが凱旋帰国した。


「……前に俺がシンティア令嬢に迷惑をかけてしまったんだ。その謝罪だよ」

「そうですか……。ヴァイス様がそう言うならば私からも謝罪します。シンティア令嬢、申し訳ありませんでした」

「リリス、君は関係な――」

「いえ、私はヴァイス様のメイドですから」

 

 シンティア令嬢は驚いていた。おそらく俺のイメージは、最低最悪極悪非道インチキポンポコ貴族だったからだ。

 それなのに俺を慕っているリリスの存在が衝撃的だったのだろう。


 これ以上騒ぎにならないように離れようとした時、なぜかシンティアが俺の腕を掴んだ。


「……私と踊りませんか?」

「え?」


 ◇


 貴族たちが集まるパーティでは、突然にダンスが始まる時がある。

 流石の俺でも、ミルク先生からダンスは教わっていない。


 いや、ちょっとミルク先生となら踊ってみたいが、「Shall we ダンス?」なんて言ったらぶっ飛ばされそうだ。


 見様見真似で下手なステップを踏んでいると、シンティアはなぜか嬉しそうだった。


 おかしい、一体何が起きたのだろう。


「以前よりダンスが下手になっていませんか」

「え、ええ、そ、そうですかね?」


 1、2、3、遠くから見ているリリスの視線が鋭い気がする。

 しかしどういう風の吹きまわしだ。

 

 いくら謝罪したとはいえ、そんなすぐに心変わりするのだろうか。


「以前の事は全て水に流してほしい、そういうことでしょうか」

「あ、ああ。そのつもりだ」


 よっぽどひどいことをしたのか、だから許してもらえて――。


「私のことを好きだといったことも?」

「……え?」

「とぼけないでください。私に一目惚れをしたといっていたじゃないですか。あの時は突然過ぎましたし、ちょっと言い方がとげとげしかったのと態度が偉そうで不満でしたが……やぶさかではありません」

「は、はい?」


 思考を研ぎ澄ませる。

 え、俺ってそんなこと言ってたの!?


 でも、でも普通こんな簡単に許されるか!?


 いや、よく考えろ。この世界は現実だが、ゲームだ。

 そして彼女はヒロイン。


 ヒロインの属性ってのは生来……チョロインだ。


 改めてシンティアの顔を見ると、頬が赤い。

 今は自然な笑みを浮かべている。


 そうか、普通に考えたらどのゲーム、いやアニメも主人公に惚れる速度が速すぎる。

 つまり彼女も――例外ではない。


 え、でもつまりこれって、俺が態度を改めたことによって起きてしまった改変――ってこと!?

 そのとき、音楽が止まる。


「あら、ダンスが終わってしまいましたね」

「え、ええと、シンティア令嬢、私がいいたいのは――」

「お父様に呼ばれてしまいました。実は私、あなたが変わった事を知っているんですよ。それで気になっていたのですが、どうやら本当のようですね。あなたは心から反省したのですね……ではまた個人的にお会いしましょう」


 颯爽と去っていくシンティア。とんでもない事になった気がする。

 主人公とシンティアが仲良くなるイベントはたくさんあった。それが全部……いや、考えたくない。


 てか……個人的?


 その時、後ろからぽんっと肩を叩かれる。

 そこにいたのは、無表情のリリスだった。


「ヴァイス様、楽しかったですか」

「こ、怖いよリリス」


 シンティアが俺と近づいてしまうと、主人公とのイベントも無くなるし、色んな事が改変してしまう。


 だからもうこれ以上は会わないようにしよう。


 何があっても会わないようにしよう。


 ――――

 ――

 ―


 我が息子、ヴァイスが早速気に入った令嬢を見つけていた。

 

 二人が嬉しそうにダンスを踊っていたのだ。


 お相手はあの有名なシンティア令嬢、確か年齢も同じだったはず。


 よし、たまには一肌脱いでやろう。

 ヴァイスは奥手だからな。


 今度、食事会でもセッティングしてやるか。


 喜ぶだろうなあ。

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