006 実践テスト

「おいクソガキ、今なんて言った?」

「図体がデカいだけじゃなくて、耳の穴まで脂肪が詰まってんのか?」


 冒険者ギルド内、隣接された酒場で、俺は喧嘩・・を売っていた。


「どうやら死にたいみたいだな」


 相手は三人、ガタイも身長も俺の二倍はあるだろう。

 ランクは知らないが、周りの怯え方から察するに強いんだろうな。


 腰と背中には、多くの魔物、いや人間の血を吸ったであろう鉈やデカい斧を背負っていた――。


 ◇

 

 数時間前――。

 ファンセント領土のリーグベルト街。


 俺達・・は、馬車の荷台に揺られていた。


「ヴァイス、似合ってるじゃないか」

「はは、ははは、はは」


 上下に揺られながら苦笑い。だがミルク先生はここ最近で一番嬉しそうだ。

 自分の身体に視線を向けると、豪華絢爛の金装備、腰には煌びやかなソードを携えていた。

 どこからどうみても貴族の息子。もう間違いなく貴族の息子。しかもすごく貴族。


「ヴァイス様、お似合いです! 恰好いいです!」

「リリス、それ褒めてる……? バカにされてる……?」

「褒めています!」


 リリスが両手でガッツポーズをしながら励ましてくれる。対してミルク先生とリリスは、普通の冒険者のような恰好をしている。

 まあ、あえてだが。


「それが死に装束にならないように気を付けてくれよ。私の責任問題になって追われるのは面倒だ」

「命の心配が先では……?」

 

 おそらくガチで言っている。やっぱりこの人、俺より悪人じゃない? 悪役転生、ミルク・アビタスのほうがよかったんじゃないか?


「ヴァイス、私に殺気をぶつけるとはいい度胸だな」

「冗談です。すみません」


 そんなこんなでリーグベルト街に到着。

 ゲームでは主人公が冒険の旅に出た時、初めて辿り着く街だ。


 そしてまあ最悪な街なんだが。


 門兵はいるが、勝手に入れよと言わんばかりに仲間と雑談を楽しんでいる。

 ミルク先生もそれをわかっているのか、無言で門をくぐる。


 門兵はその国の顔を表すとされている。厳しければ厳しいほど良い。

 なぜなら、そのくらい警戒・・しているということだ。


 ということは、まあお察しだろう。


「それで、相手は誰なんですか? 適当に喧嘩を売るんですか?」

「そんなわけないだろう。最高の対戦相手を考えている。安心しろ」


 まったく安心できない。本当に安心できない。何もかも安心できな――。


「ヴァイス様、ファイトです!」


 リリスも応援はしてくれるが、助けてはくれないらしい。

 街に入るなり、大勢の視線が突き刺さる。

 傍から見れば美女二人を連れている男に見えているのだろう。


 実は今これ、地獄の道を歩いている男とそれを見守る鬼畜所業の二人です。


「ないすばでぃのお姉ちゃんがいるぜえ」

「オレはあのちいせえ子がいいな、タイプだ」

「ガキが生意気に美女連れか、それにいい装備持ってんなあ」


 お前たち、口の利き方に気を付けろ。殺されるぞ。

 後、ミルク先生はともかく、リリスは俺が絶対守る!


「ミルク先生、あいつらうるさいですねえ」

「ああ、まあ放っておけ。大したことのない連中だよ」


 ん? 今なんかリリスが凄まじい殺気を漲らせなかったか?


 そして目的地、冒険者ギルドの前に辿り着く。


 そこに入っていくのは、三人の図体のでかい男たち。

 凄く強そうだ。目つきなんかもう死刑囚みたい。

 嫌な予感しかしない。


「ちょうどいいな。ヴァイス、あいつらが、対戦相手のブーダン三兄弟だ。心配するな、極悪人だから遠慮する必要がない」

「……よし、帰りましょうか」

 

 その場からダッシュで逃げようとしたが、頭をミルク先生に掴まれる。


「面白いじゃないか、笑いのセンスは合格にしておいてやろう」

「冗談じゃないです、ガチですよ! てか、三兄弟ってなんですか!? せめて一兄弟にしてくださいよ!」


 面白いという割に、ミルク先生は、ピクリとも笑みを零していない。怖いです。


「そもそもどうやって喧嘩を売るんですか!? いきなりあほとか、バカとかいうんですか!?」

「ただ冒険者の申請をするだけだ」

「……申請?」

「ああ、だがその恰好なら間違いなく絡まれるだろう。そこで何か言えばいい」

「話よりも先に俺が終わりませんか?」

「話は以上だ。いいかヴァイス、物事には順序があるというが、戦場にそんなものはない。最初が一番肝心なんだ。お前は強い、根性もある。だが実践経験は皆無だ。度胸をつけろ。教えたことを忠実に守れ。じゃあ私は酒を飲んでくる」


 サッと振り返るミルク先生、リリスも当然のようについて行く。勿論、ガッツポーズはしてくれている。

 味方だと思っていたが、裏切られた気分だ。


 しかしここまできて、怖いからやめておくなんて選択肢なんてあるわけがない。


 ……覚悟を決めるしかない。


「いや、やっぱり帰ろう」


 だがその時、ミルク先生に視られている気がした。


 ▽


 冒険者の扉を開くと、隣接された酒場にいる冒険者たちが俺に視線を向けた。

 どうみてもクソガキ、しかも金ぴかの装備。

 侍従はいないし、顔も多分傲慢そうな感じ。


 鴨がネギを背負ってる。


 冒険者の申請はすんなりと終わった。

 何かあったとすれば、俺の名前を記載した時、受付のお姉さんが驚いたことぐらいか。


 貴族だからだろうか、長い説明は免除、試験の日程が後日郵送で来るとのことだ。とはいえ、参加する予定はないが。


 話を終えて離れようとすると、褐色肌のブーダンが俺の足を引っかけようとしていた。いや、実際には足を動かそうとしている動作に気づいたのだ。

 人には魔力が流れている。それは血と同じように全身を巡っているのだが、訓練のおかげで視覚化されて見える。


 しかし段々腹が立ってきた。なんで俺はこんなことをしているんだ。

 これは八つ当たりだ。でも、極悪人なら八つ当たりしてもいいだろう。多分。


 ということで、ブータンが足を引っかけようとしてきたので、俺は思い切り蹴りつけた・・・・・


「~~~~ッつ! 何だてめえ! 何しやがる!」

「短い足でちょっかいを出してきたのはそっちだろ?」

「おいクソガキ、今なんて言った?」

「図体がでけえだけじゃなくて、耳の穴まで脂肪詰まってんのか?」


 前世で喧嘩なんてしたことはない。訓練は死ぬほど重ねたが、怒鳴り声を上げられると身体がビクっと反応する。

 ミルク先生とリリスは近くの酒場で時間を潰している。


 今この場には俺だけだ。


「ガキ、外に出ろ」


 ブータン三兄弟は、俺の背中を押して無理矢理外に連れて行こうとする。

 ここまでは予想通り、ここからは臨機応変に。


「貴族かお前?」

「従者がいねえのに調子に乗ったなあ」


 どうやら路地裏が目標の場所らしい。

 こいつらの魔力の淀みはない。手加減する気もないのだろう。


 だが俺は思い出していた。「――私が教えたことを守れ」


 深呼吸をする。高鳴る心臓を押さえつけ、路地裏に入る前――俺はブーダンの右腕を切り落とした。


「……は? ギャアアアアアアアアああああああああ」


 時間差で叫び出す。同時に、俺は剣に付着した血を拭う為に空振りをした。


 先手――それがミルク先生の教えだ。路地に入ればこいつらは魔力を漲らせて、防御力を高めただろう。

 だがそんなの律義に待つ必要はない。


 長男か次男か、それとも三男か知らないが、二人が急いで距離を取り、それぞれ武器を構えた。魔力を漲らせ、言葉も発せずアイコンタクトで俺を挟み込む。

 言動や見た目からは考えられないほど取れた連携の速度。


 ミルク先生が指定しただけある。不思議と恐怖や焦りはなかった。頭が冴えている。

 それどころか、楽しいとさえ感じている。


 ――ああ、ヴァイス。お前、ここにいたのか・・・・・・・


「クソガキがァッ!」


 目の前の男が叫んだが、これはただの囮だ。

 無言で後ろから鉈が振りかぶられたが、魔力の流れで視え・・ている。


 右に半回転すると、遠心力で左腕を落とす。叫び声と血が噴き出し、最後の一人の顔が恐怖に歪んだ。


 その時、相手が怯えたことで、笑ってしまう。


 ――雑魚が。


 そんなことを冷静に考えながら、最後の男の右腕を落とした。


 かかった時間は数十秒。血の香りが漂い、何とも言えぬ高揚感、男たちの叫び声が木霊している。


 実践テストは終わった。だがこの後のことは聞いていなかった。

 どうしようと思っていたら、拍手が聞こえてくる。


「まあまあだな」

「凄いです! ヴァイス様!」

「……ミルク先生、それにリリス。どうしてここに」

「死んでしまったら面倒だからな」


 あ、俺のことを心配してくれているわけじゃないんだ……。


 そしてミルク先生が俺の名前を使って憲兵を呼び出し、彼らは逮捕・・された。


 強姦、強盗、殺人、収賄、誘拐、奴隷商売。

 ブーダン三兄弟の悪行は凄まじく、賄賂を払うことによってそれを見逃されていたのだ。

 賄賂を受け取っていた憲兵は、ミルク先生の告発により、既に逮捕されている。


 帰りの馬車、ようやくホッと胸を撫で下ろした俺は、今更になって現実味が湧いてきた。


「合格ですか?」

「満点、と言いたいが、70点だ」

「……厳しいですね」

「私なら路地に連れて行かれる前、冒険者ギルド内で腕を切り落としていた。それが先手だ」

「…………」


 嘘ではないだろう。ミルク先生ならやりかねない。

 まさかだが、そのまさかが、相手の虚を衝く。


 そしてリリスは、満面の笑みで俺の腕を掴んだ。


「ふふふ、流石ヴァイス様です! 私は120点、いや200点をあげます!」

「ありがとうリリス、そう言われると嬉しいよ」


 こうして俺のテストは無事に終わった。一応、合格。

 だがよく見ると、二人の身体が……汚れている?


「あれ? 二人とも、赤い血みたいなのついてません?」

「気のせいだ」

「はい、気のせいです!」


 後日、自宅に一報が届いたが、よくわからない文言も添えられていた。


 内容は冒険者の試験が特例により免除されたこと。

 ブータン兄弟の逮捕に協力してくれたことのお礼の言葉と金一封。

 そして――。


「……こんなことしたっけか?」


 冒険者ギルド近くの酒場、そこにいた極悪盗賊団が、20人以上一斉に逮捕され、それが俺の手柄になっていること。

 ただ少しやり過ぎだったらしく、次回は言葉が話せる程度に加減してほしいとのことだった。


 ……まさかな。


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