第5話 ジュリアと一緒にお花を摘みに!
「ねえ、ケントさっきから何してるの?」
「野営の準備だよ。もう日が暮れるからね。夜歩くのは危険なんだ」
ジュリアと無駄に汗をかいて思わぬ時間をくってしまったからな。
今日はもう野宿するしかない。全くとほほな一日だよ。
「そう……じゃあ私も手伝ってあげるわね。何がいいかしら?」
「え? いいの? じゃあ火を起こしてくれるかな」
俺は彼女に火起こしを頼んでテントの設置を続けた。やっぱり一人より二人の方が野営の準備が
前に何度か父さんとキャンプした事あるからこれくらいはお手のものだ。
「よしっ! テントの設置が終わったぞ。ジュリア? そっちはどう?」
ジュリアを手伝おうと思って伸びをしながら声を掛ける。ん? 返事がないぞ?
「ジュリア? どうしたの?」
何かあったのかと、俺は火起こしの準備をしていたであろうジュリアの方へ振り向いた。
彼女は離れた所で膝を抱えて座り、沈みつつある夕日を遠い目をしながらボーっと見つめている。
その姿はとても哀し気で、もしかして離れた故郷の事でも思い出しているのかもしれないと思い、俺は彼女の元へ行き優しく声を掛けた。
「どうしたの? 故郷の事でも考えているの?」
彼女は力なく頷くと、顔を上げ俺の顔を哀し気に見る。
「うん。ちょっとね……」
「そうか、俺で良かったら話を聞くよ?」
俺は彼女の横に並んで座り彼女の話に耳を傾ける。
彼女はぽつりぽつりと独り言のように話し出した。
「そうだったのか……ジュリアは貴族のお嬢さんだったんだね」
「違うわ。お母さんはメイドだもの」
どうやらジュリアは貴族の領主とメイドの間にできた子供らしい。
領主である父親はメイドであるジュリアの母親が妊娠すると、正妻の怒りを恐れ口止めを命じたあげくに、彼女に他の男と寝て出来た子供だと他のメイドに言うよう命じたという。
せめてもの救いは、領主の恩情というかたちで、母子ともに今まで通り領主の敷地内のメイド専用の館に居住を許された事だ。
そして、メイド見習いをしていたジュリアは成人の儀に参加できる年齢になったのを機に、母親にも言わず手紙だけ置いて家を飛び出して来たと言う。
「でも酷いお父さんだね。自分の子供なのに他人のふりだなんて」
「ううん、いいの。貴族の娘なんて堅苦しいだけよ。それに私は自由に生きたいの! むしろあの男に感謝してるくらいだわ!」
そう言うとジュリアはおもむろに小石を拾い力任せに投げつけた。
驚いて彼女の顔を覗うと、彼女の目からはポロポロと大粒の涙が溢れ頬を濡らしていた。
その顔は怒り哀しみ悔しさが混ざったような複雑な表情に俺には見えた。
俺はこの世界に来て優しい両親に溺愛されて何不自由なく育てられたから、彼女の気持ちは全部推し量ることは出来ないが、何か彼女の力になりたいと思った。
「ジュリア……俺に出来る事があれば言ってよ。何でもするからさ!」
俺はジュリアの境遇に同情して涙ぐみながらも、敢えて元気付ける様に彼女の肩に優しく触れて明るく言った。ジュリアには俺がいるからな!
「ケント……ありがと。グスッ、その言葉忘れないでね?」
彼女は顔を両手で覆って泣いていたが、俺の言葉の後すぐピタと泣き止み、指の隙間から潤んだ瞳でジィーッと俺の顔を見ている。
え? なに? 何か怖いんだけど!?
「え? え? 俺今何て言ったっけ……はは」
「何でもするって言ったわ。男に二言は無いわね?」
えっ! この状況で!? この子こわっ! さっきまでの涙は何だったの!? 俺のジュリアへの憐憫の気持ち今すぐ返してください!
ジュリアは不敵な笑みを浮かべ、ふっふっふと肩を揺らして楽し気だ。
「っ!? まさかさっきの話全部嘘じゃないよね!?」
「さぁ、それはどうかしらね? 信じるも信じないもケントの勝手よ?」
彼女はツンと上を向いて表情が読めない。
ただ夕日に照らされた彼女の横を向いた目尻から、一条の光るものが流れ落ちるのが、はっきりと俺の目に焼き付いた。
「それじゃあ、最初に何をやって貰おうかしらね」
「え? 最初にって、何回やらせるつもりなの!? ひどいよジュリア!」
彼女はポニーテールをさっとひるがえすと俺に向き直り小悪魔な笑みを見せる。
絶対おかしいよ! 同情した俺が何で言う事を聞かないといけないのさ! 理不尽だよ!
「まずは、そうね、火起こしでもして貰おうかしら」
「え? でもさっきやってくれるって……」
よく見れば、火起こしの準備一つもできてないよ。とほほだよ!
「うるさいわね。火起こしなんてやったこと無いんだから! ケントは従者なんだからさっさとやりなさい!」
「うう……分かったよ……なら初めから出来ないって言ってよね……」
俺は小さな声で抗議するが、
「何か言った? ぶつよ!」
「ひゃっ!? ぶたないで!?」
ジュリアは目を見開き、拳を振り上げて威嚇するものだから、俺は怖くて咄嗟に頭を抱える。
でもよく考えたら、まず枯れ木を集めないといけないから、女の子ひとりじゃ遠くに行くにも危険だし俺がやった方が安全かな。そう気を取り直した。
「じゃあ俺は枯れ木を集めてくるから、ジュリアは大人しくここで待っててくれるかい?」
俺はそう言い残して出かけようと二、三歩踏み出した時だ。
「ぐえっ!?」
急に頭がガクンと前に押し出され、上半身が後ろに引っ張られる。
何が起こったかと後ろを振り向くと、ジュリアが俺の後ろ襟をギュッと掴んだままはにかんでモジモジしていた。
「ちょっ!? どうしたのさ急に……まさか?」
俺がおずおずと訊くと、彼女は恥ずかし気にコクリと頷いた。
「あそこに岩場があるからそこでするといいよ。じゃあ俺は枯れ木を探して……ぐえっ!?」
俺が再び歩き出そうとするとまたしても頭がガクンとなる。
「一緒に……」
へ? 一緒にするの!? いやいやいや、いくら何でも一緒には……よし行こう。何でもするって約束は守らないとな。でもちょっと恥ずかしいな、ぽっ。
俺はジュリアに手を引かれ心臓バクバクで岩場まで歩いている。
彼女のその積極性に俺はドキドキが止まらないよ。
彼女の手を改めてニギニギするとやはり俺より小さい女の子の手だった。
にしてもジュリアったら意外とお変態だったんだな。びっくりだよっ。
「……ント……ケント……ケントッ!」
「んあっ!? ど、ど、どうしたのジュリア?」
俺が顔を火照らせ上を向いて歩いていると、自分の名前を呼ばれて我に返った。
「何ヘラヘラしてんのよ! その岩場の裏でしてるからちゃんと見張っててよ!」
ジュリアはプンプンしながらも恥ずかし気に、強く握る俺の手を振り解きながら言う。
ちょっと先にはいつの間にか背の高さくらいの岩があった。
あれ? 一緒にするんじゃなかったのか……くっ、だまされたよっ。
「あ、うん、ちゃんと見張ってるから、ゆっくりするといいよ」
俺は岩の後ろに消えて行く彼女の後姿にそう声を掛ける。
「…………ちょっとだけなら、ね?」
俺は音を立てないよう細心の注意を払いながら、忍び足でそろりそろりと近付いていく。
――が
不意に背筋が凍るような視線を感じ岩の端をハッと見れば……目を線のように細くした女の子の顔半分が、岩の陰から覗いてこちらを睨んでいた。
「ひぃっっっ」
その後しばらくの間、俺はジュリアに「変態ケント」と呼ばれてしまった……。
とほほだよ。
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