第4話 美少女の従者になりました


 「えっぐ……えっぐ……ひっ、ひっ、ひっく……ひっく……」


 ポニーテールの少女はぐしゃぐしゃの顔で嗚咽おえつを漏らしながら俺の顔を未だ怯えた表情でずっと見上げていた。


「え……っと、オークの野郎は俺が倒したからもう心配ないぞ?」


 俺は差し伸べた手のおさまりが悪くなり自分の頭を掻いた。

 どうしたらいいんだぁ! 泣いた女の子の対処法なんか分かんないんだけどぉ!

 あっ、そうだ! 母さんが女の子には優しくしなさいっていってたな。


「これよかったら使う?」


 しゃがんだ俺は出来るだけ笑顔で彼女にクマさん柄のハンカチを差し出した。


「ひっ、ひっ、ひっ、ひっく、ひっく……」


 彼女は俺の顔をよく分からない表情で見つめ続けている。

 困った……。

 俺は困った挙句彼女の汚れた顔を拭いてあげる事にした。

 どうか殴られませんように。


「よしよし……もう大丈夫だから……もう泣かないでね」


 俺は彼女の顔を出来るだけそっと優しく拭いていると、ふと彼女が泣き止んでいるのに気付いた。

 彼女のどこまでもんだブルーの瞳と俺の目が見つめ合う。


 心臓がドキドキする。


 なんだろ……この気持ち……胸が苦しい、顔が熱い、どうしたんだろ俺……。

 そしてなぜかは分からないが彼女の瞳が潤んでいて顔も真っ赤だ。


「あ、あの……」

「……ありがと……」


 俺は何かを言わなければと思っていると彼女の小さな口が僅かに動く。


「え?」

「ありがとって言ったの……」


 俺はよく聞こえず彼女の顔に耳を近付けると、彼女の春風のような吐息が俺の耳をくすぐり思わずゾクッとする。

 でもよく聞き取れなかったな……。もう一度聞き返してみよう。


「え? 何て?」

「っ……なんでもないわよっ!」


 より耳を近付けて聞き返すとなぜか彼女を怒らせてしまったようだ。

 ちょっと耳がキーンとなる。

 彼女は今度ははっきりと聞こえる声でそれだけ言うと、耳を真っ赤にさせて顔を横にプイと向けてしまった。

 よく分からないが元の彼女に戻ったようで安心だ。


 さて……これからどうしようかな。

 この子一人ここに置いていく訳にもいかないし、かといって俺は王都に行く必要がある訳で。

 取り敢えず彼女がどこに行くところだったのか聞いてみるか。


「あの……どこかへ行く予定だったの? 一人じゃ危険だから近くなら送っていくけど?」


 ここら辺は滅多に強い魔物は出ない筈なんだけど、さっきの様にはぐれオークみたいのがまた出ないとも限らないからな。

 すると彼女はハッと何かを思い出したかの様にフラフラと立ち上がり、まだ震える足を踏ん張りながら俺に指を突き付けて言う。


「ふんっ、よくぞ聞いてくれたわね。私はこれから王都に行って成人の儀に出る旅の途中なのよ! あなたは私の従者なんだから護衛するのは当たり前じゃないの!」

「へっ!? いやいや従者じゃないから! いや、てか君も儀式に出るんだ!?」


 いったいこの子の頭の中はどうなってんの!? いきなり会った時から俺を従者扱いだし今も王都まで護衛させようとしている。

 何かトラブルの予感しかしないし、断わった方がいい様な気が……。


「分かったわね! 返事は!!」

「は、はいっっっ!」


 ……どうしてこうなった。

 

 いつの間にか俺は彼女の従者兼護衛にさせられてしまった。とほほ……。

 先程まで怯えて泣いていた女の子はいったいどこへ。


 彼女は俺の返事にしばらく満足気だったのだが、突然ハッとして指をいじりながらモジモジとしだした。


「あの……どうかしたの?」

「っ!? あ、あの、あれ……な、内緒にしといてよね! その……も、もら……した……こと」


 ああそんな事か。俺は紳士だからな。乙女の秘密は当然守る男だ。


「もちろん誰にも言わないよ。俺も漏らした事くらいあるからな!」


 前世でねっ。

 あれは人生最大で最後の黒歴史だ。あの後どうなったんだろうか。

 体育館倉庫でなぜか漏らしている謎の死体。殺人事件扱いかそれとも自殺処理されたのか。

 まあ異世界転生した今となっては関係ないが、その悪夢だけは毎晩の様に見続けているのが悲しいところだ。もちろん漏らしてはいないぞ?


「もし……誰かにしゃべったら……分かってる……わね??」

「ひっっっ!」


 彼女はそう言うと極悪な悪党がする様な表情で舌を出しながら、親指で首を斬る仕草をする。

 怖っ!!! 本当にさっきまで泣いていた子なの!?


 父さん母さん俺はとてもやばい子に捕まってしまいました……。


 俺が恐怖でガタガタ震えていると、おもむろに彼女は後ろを向きピンクのスカートの裾を上げてゴソゴソとしだす。

 俺は何が始まるのかと彼女の後ろ姿をドキドキしながら息をのんで見つめていた。

 彼女はどうやら濡れたモノを脱いでいるようだ。

 俺は何かいけないものを見ているようで呼吸が苦しくなってくる。

 

 彼女は時間をかけて脱ぎ終わると突然こっちをキッと睨む。


「ちょっと! 何ちらちら見てんのよ! エッチ、スケベ!」

「えっ、えっ……み、み、見てないよ!?」


 ガン見してる所突然怒られたものだから目が泳いで挙動不審になってしまった。

 彼女は半目で疑わしそうに見ている。


「ふんっ、どうだか。どうせこのパンティ欲しいなぁとか考えていたんでしょ!? 男なんてみんな一緒なんだから!」

「なっ!? なわけないだろ!? パ、パンツなんかいるか!」


 俺はちょっとだけ動揺しながらも言い返す。

 何なんだこの子! 命の恩人を変態扱いするなんて。親の顔が見てみたいよ!

 パンティなんか興味ないんだからねっ。

 俺はおっぱいが好きな健全な男子なんだから!


「ふんっ、まあいいわ。助けてくれたお礼の代わりに許してあげるわ。感謝しなさい」

「は、はい。ありがとうございます!」


 って、あれ? なんだこれ!? 何で命の恩人の俺が助けた彼女に感謝の言葉を述べているのさ!? 


「ところであなた名前何ていうのかしら?」


 彼女は素知らぬ顔で湿った短パンとパンティをぎゅっと絞りながら尋ねる。

 いやいや、パンティ絞りながら人の名前訊く人初めてだよ。


「俺か? 俺の名前はケントだ。よろしくな!」


 俺は手を差し出そうとして彼女の手元を見てやっぱり引っ込めた。


「ケントね。変凡だけどいい名前ね。私はジュリアンナよ。特別にジュリアって呼ぶのを許してあげるわ」


 ジュリアは短パンとパンティをウエストポーチのボタンを外し、しまい込みながら自己紹介をする。

 いやいや、パンティしまいながら自己紹介する人初めて見たよ。


「よろしくねケント」


 彼女はにっこりと天使のスマイルで自然に右手を差し出してくる。

 その右手はやや赤みを帯びて湿っている気がする……。


「あ、ああ、よろしく……」


 俺はためらって彼女の手の先を摘まんで握手をしようとしたが、彼女の方からグイッと両手が伸びてきてガッチリ握手をしてしまった。

 やはり少し湿っていた。

 

 彼女はニンマリと満面の笑顔で俺の右手をニギニギしながら上下左右に楽し気に振り回していた。くそっ、わざとだ! からかって遊んでいるんだ。


 もうやけくそだ! バッチイとか気にしていたら探索者にはなれないからな!


 俺も彼女に合わせて両手で彼女の両手をギュッと握り締めて、彼女以上にブンブンと腕を振り回した。

 そんな俺の態度にキッとなった彼女も負けまいとそれ以上に力を入れ出す。

 何て負けず嫌いな子なんだ!


「よろしくっ」

「よろしくっ」


「よろしくっ!」

「よろしくっ!」


「よろしくっ!!」

「よろしくっ!!」



 俺とジュリアは平原の真ん中でお互い負けまいと意地になり必死で腕を振って握手をし続けていた……。

 まるで格闘技序盤のせめぎ合いだ。

 どちらかがギブをしたら負けとなる。


 その後俺達はどちらともなくぶっ倒れて平原に大の字に転がった。


 くっ、引き分けだ……。


 

 拝啓。父さん母さん……旅の途中で会ったジュリアという子は俺以上に負けず嫌いな女の子のようです。そして俺はなぜか彼女の従者になりました。とほほです……。



 こんなペースで成人の儀までに間に合うかな……。



 茜色の太陽はすでに平原の先に沈みつつあった。

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