第2話 命をかけろ
王都までの道のりは順調に行けば徒歩と乗合馬車合わせて六日間ほどだ。
俺の村は小さいからまずは大きな村まで行って乗合馬車に乗る必要があった。
そこまでは普通に歩き旅で約一日かかる。その村には何度か父さんと行ったことがあるので道は分かる。
今は村が見えなくなってきて数時間、平原の未舗装の道を意気揚々と枝を振り回しながら歩いている所。
「いやぁ初めての異世界一人旅か。何かわくわくするな。早く魔物出て来ないかな。神様からスキルを授かる前に戦闘の経験値は高いに越したことは無いよね」
聞いた所によると成人の儀が行われる15歳時点の才能とか適性が神様から授かるスキルに影響するとのこと。
だから何のスキルも授からずに失望して帰る人も大勢いるとも聞いた。
そんな中でも極稀に神に祝福された者だけが授けられるという特別なスキルがあるそうだ。
それは『ギフト』と呼ばれた。
幼少期にそれを知った俺は悩んだ末に自己流で寝技を学ぶ事にした。
成人の儀でギフトを授かるかどうかは賭けみたいなものだが、スキルはゲットしたいからね。取り敢えず戦闘系の適性を上げておきたい。
なぜ寝技なのかといえば前世の記憶が影響していた。
俺は前世でギャル二人に片腕をキメられ、首を脚で絞められた。小さいギャルは俺の片脚にしがみ付いて技をかけようと四苦八苦していたが。
そして俺は全く身動き出来ず敢え無く死んでしまった。
俺は身をもって知ったのだ。いくら屈強な戦士だって関節キメられたり絞められたら終わりじゃんってね。
ただ欠点が一つあるんだよね。多人数相手は厳しいのと魔物相手には不利という悲しい欠点がね。
だから俺は秘策を考えた。寝技に武器を足せばいいじゃんって。寝技が得意だからって武器を使ったらダメなんて事は無いよね。
で、寝技と相性がいいのがダガーだ。
長剣は寝技の邪魔にしかならないし、弓なんかの飛び道具も同様に邪魔になる。
「ふんっふんっふんっふんっ! はっ! はっ! はっ!」
俺は周りに誰もいない事を確認してから、父さんから成人の祝いに貰ったダガーをカッコ良く振り回して、ナイスなポーズで締める。
因みに成人式は先日村でこじんまりと行われた。今年は俺一人だったからね。
「……決まった。お嬢さん、ケガはありませんか? ……なんてね?」
こんな所で女の人が襲われてる訳ないよね。ははは。
そんな時だ。遠くから人の悲鳴が聞こえてきた。まさかと思い見渡すと遠くの方から何かが凄いスピードでこちらに迫って来るのが見えた。
何かから必死に逃げているようだ。
俺は途端緊張で心臓が早鐘を打ち足が震え出した。
「えっ! うそっ! こわっ! 何でこっちに来るの!?」
近くをキョロキョロ見渡すも隠れる所が全く無い。向こうからもこちらを見つけて助けを求めているのかもしれない。どうしよう!?
とりあえず死んだふりをしよう。
小さい頃から村の子供相手に寝技研究をしていたといっても流石に大人相手は自信が無い。
魔物も小型の奴数匹なら何とかなりそうだが群れはやはり今の俺ではきつい。
つまり俺は今ビビッて現実逃避をしている。さっきまでの威勢はさっそくどこかへ飛んでいきました。
「寝技究極奥義っ! 死んだふりっ」
俺は急いで野垂れ死にしたふりをする為、背負っていた荷物を放り出し仰向けに横たわり半目で舌をペロンと出した。
どうか俺を見失って違う方向へ逃げて行ってください。ごめんなさい。ごめんなさい。
しかしながら、だんだん悲鳴と走って来る音が大きくなってくる。
やばいやばいやばいやばい! こっち来ないでくださぁぁぁい!
「ぐえっっっっっ!?」
突然俺の腹の上にドスッ! と重い何かが乗っかってきた!? 重っっっ!!! 痛ったぁぁぁい!!! 身体が一瞬Ⅴの形に跳ね上がった。
「ちょっ、ちょっと、何寝っ転がってるのよ! とっとと私を助けなさいよ!」
俺は藻掻きながら涙で濡れる目をうっすら開けるも、真上の太陽が眩しくて黒いシルエットだけがぼんやりと見えた。
目が慣れてくると白くて美しい脚が見える。
さらにその上を辿っていくと、膝上ピンクのひらひらスカートの中に白いものが目に入る。
これは、短パン? スカートの中に短パンは反則ではないか?
多少不満に思うもさらに目線を上げると、程よい二つの隆起と美しい金髪輝くポニーテール少女の怒った顔があった。瞳は抜けるような青い空を思わせる綺麗なブルーだ。
少しの間ボーっとその美少女の顔を見つめてしまった。
か、可愛い……。だが重い。
「あ、あのっ……重いっ」
「はぁぁぁぁっ!? 私のどこが重いっていうのよ! 失礼ね! レディに謝りなさいよ!」
俺とあまり年が変わらなそうな美少女が、俺の腹の上でこれでもかと地団駄を踏み出した。スカートが乱れて白い短パンがチラチラ見える。
「やっ、やっ、やめてっ!? で、で、で、でちゃうからっ、らっ、らっ」
「取り消しなさいっ、取り消しなさいっ、取り消しなさいっ!」
彼女は体重を気にしているのか取り消すまで俺の腹の上から移動するつもりはないらしい。
彼女の白い脚が巻き起こす地団駄が激しさを増し、シュシュでまとめたポニーテールと適度な胸も激しくビートを刻んでいた。
「ご、ご、ごめん、なさい、ごめん、なさい! か、か、軽いです、軽いですっ!」
俺はもう訳が分からないがとにかく謝った。早くどいてくれないと上と下から何かが出ちゃうから!
「そう? 分かればいいのよ。今後気を付けなさいよね! ふんっ」
「ご、ごめんなさい。気を付けます……」
俺が仰向けの姿勢のまま涙目で謝罪すると、ストンと腹から飛び降りて偉そうに胸を張った。理不尽だ。
「あっ! こんなことしてる場合じゃなかったわ! あなた私を助けなさいよ!」
「はぁ……助けるって……どうかしたの?」
俺は痛む腹を摩りながらフラフラと立ち上がると、彼女は焦った様に後ろを振り返るやいなやサッと俺の後ろに隠れた。
彼女は俺の腰を両手で掴んで首だけ横からぴょこんと出している。
嫌な予感がした。
俺は彼女の視線の先を恐る恐る辿ると、ドスドスと大きな足音を響かせ近くまで迫っていた。
「グォァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
そいつは俺達の目の前でガッと止まると凄まじい雄叫びを上げた。
「っあ! オーク……だとっ!? なぜ……こんなところに!?」
俺は初めて見るオークに足が震え今にも漏らしそうだし立ってられるのが不思議なくらいだ。
それは巨大な豚……ではなく、頭が豚そっくりで体はでっぷりと太っているが四肢は筋肉隆々でかなりの威圧感を放っている。
腰布を巻いているから多少は知能があるのかも知れない。
右腕に持つ武器は巨大で重量感のある節くれだった棍棒で、それを余裕で担いでいる。
「さ、さぁ従者君! あのブタ野郎をギッタンギッタンにしちゃいなさいっ!」
「い、いや、あれはオークだろ!? 無理無理無理無理! てか誰が従者だ!」
俺はどうあがいても勝てそうにない魔物にどう逃げるかしか考えられない。
しかし俺の後ろで彼女が俺の腰をガッツリ掴んでいるので逃げられない。万事休すだ。
「いいわ! 褒美が欲しいのね! 分かったわ! あなたの欲しいもの何でも一つあげるわ! ならいいでしょ!? さぁ従者よ! あのブタ野郎をサクッと倒しちゃいなさい!」
「えっ!? いいの!? 何にしようかな? 例えば……君とか! なんてね。てか俺は従者じゃ……うわっっっ!!!」
俺達が呑気に会話していると、それに構わずオークが一気に迫ってきて棍棒を勢いよく振り下ろしてきた。
俺達は慌てて横に転がって棍棒を避けるが、ブオンッと空気を裂きながらそれが俺達の真横の地面を陥没させ砂礫を飛ばした。
一瞬でも遅ければミンチになっていただろう。
俺の真横には地面にめり込んだ棍棒と太い二の腕がチラと見え腰が抜ける。
さらに首を上にギギギと回すと、オークのギロリとした濁った目が俺を捉え、俺達を殺そうとしているのが分かった。もう漏らす寸前だ。
そして奴はデカい口から涎をだらだらと垂らしながら舌をベロリと出して口周りを舐める。
怖い怖い怖い怖い! 喰われる喰われる喰われるっ!
「はわわわわわわっ」
「ひっひぃぃぃぃぃ、た、助けて……やだ……死にたく……ない」
俺のすぐ背後で尻餅をついた彼女は全身をガタガタと震わせ地面に黒い染みを作り出していた。
俺は腰を抜かしながらも必死でその場から離れようと四つん這いで逃げる。
「フンッ! フンガァァァァァッッッ!!!」
奴は棍棒を両腕で振り上げると今度こそ俺達をミンチにしようと、渾身の力で振り下ろそうとしていた。
危ないっ!!! 奴はまず彼女をターゲットに絞ったようだ。
彼女はその場を動けずに俺の方を見て顔を歪めていた。ボロボロ泣きながら鼻を垂らしながら震える手を差し出していた。
そこには先程の生意気な顔は微塵も無く、ただ幼い少女が全身を震わせ必死に助けを求める姿だけがあった。
まだ生きたい! 死にたくない! という少女の悲痛な思いが伝わって来る。
しかし俺はギュッと目をつぶって彼女の姿を消し去り全てを諦めた。俺は卑怯者だ。もう間に合わない。俺には彼女を救う力なんて持って無い。次は俺の番だ。だから赦してくれっ!
――その時突然俺の脳裏に前世の記憶が強烈にフラッシュバックする。
何で俺は異世界に転生したんだ?
またしょんべん漏らして死ぬためか?
違うだろ!
今度生まれ変わったら絶対強い男になってやる!
そう誓ったんじゃ無かったか?
泣いてる女の子一人救えないで何が強い男だよ!
命をかけてみろよ!!!!!
――俺の身体は猛然とオークに向かい走り出していた。
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