『おいドラゴン!俺の寝技くらいやがれ!』~きまぐれサブミッション~

八万

第1話 成人の儀に向け出発だ!


「く、くるしい……や、やめて、あっ……い……く……」


 俺は布団を勢いよくはねのけて起き上がった。


 周りを見渡すと自分の部屋だ。ほっと胸を撫で下ろす。

 窓からは朝陽が射し込み、鳥のさえずりも聞こえてくる。

 どうやらまたいつもの悪夢を見ていたようだ。




 俺には前世の記憶があった。


 ある日の放課後。高校の体育館裏。

 自分で言うのも何だが、地味で目立たない生徒の俺は人生初めての事にドキドキワクワクしながら待っていた。

 そこに現れたのは派手な見た目のギャル三人。

 その時俺は悟った。

 騙された!

 下駄箱にラブレターが入っていて、こう書かれていた。


『あなたの事が好きです! 大大大好きです! いつもあなたの事を考えながら抱き枕を抱き締めて寝ています。もしよかったら私の抱き枕になってもらえませんか。あなたをギュッとしたくてたまらないの。おねがいします! 今日の放課後に体育館裏に来てもらえますか? ぜったいきてね? ぜったいだよ?   Sより 』


 そして今の状況だ。


「ひぃぃぃっマジでいるじゃんかw」

「ほんとだマジウケるんですけどぉぉぉw」

「きも」


 俺はもう漏らしそうだ。

 俺より背が高い渋谷を練り歩いていそうなチャラいギャルが二人。

 俺より頭一つ小さい可愛いギャルが一人。

 三人は夏の制服を着崩して派手なアクセサリーを沢山身に付けていた。


 いま二人は俺の肩を両側から抱いてゲラゲラ笑いながら写メを撮っている。

 柔らかいモノが腕に当たっていてドキドキする。

 そしてギャルの香りと汗の香りが鼻をくすぐり少し眩暈めまいもしてくる。

 小さいギャルは俺の後ろに回って俺の尻を盛んに殴り付けている。地味に痛いから止めて欲しい。


「あのっ……俺手紙見て来たんですけど……」


 俺はおずおずと言う。


「はぁぁぁ? あれはお前をおびき出すために書いたんだよw」

「ウケるw お前みたいなちんちくりん好きな訳ねぇだろがw」

「きもきも」


 二人が俺の顔を両側から拳でグリグリしてくる。

 小さいギャルが俺の尻を盛んに膝蹴りしている。地味に痛いから止めようね。


「あの……許してください……これしか持ってないんです……」


 俺は彼女達が俺の金が目当てだと気付いた。

 俺の様な地味な奴が告白なんて胸熱イベントある訳無いんだ。

 きっと一生モテずに終わる人生なんだよ。


 俺はカエルの財布を取り出し、なけなしのお小遣い五百円玉を彼女達に差し出した。


「はぁぁぁぁぁ? てめぇ舐めてんのか? 今時五百円で何が買えんだよ!」

「ウケるw カエルの小銭入れてw 小学生かよww」

「きもっきもっ」


 あぁ……終わった……お金を渡して何とか解放して貰おうという僅かな希望が……。



 その後俺は三人のギャル達に強引に体育館倉庫に連れ込まれ、なぜか三人同時の寝技を食らった。

 彼女達にはただのお遊びの寝技だったのだろう。

 俺が息が苦しくなって必死でタップするもゲラゲラと笑って首に巻きつく脚を離してはくれなかった。



 俺は気付くと自分の身体とギャル達を上から眺めていた。

 そこで俺は死んだ事に気付く。

 何とも情けない死に方だ。ギャルの脚で窒息死とは。しかも漏らしているし……。はぁ……死にたい。まぁ死んでるんだけどね。


「げっ、こいつ漏らしやがった! 最悪なんだけどぉ!」

「ウケるw 脚で気持ち良くなってイっちゃたのかなぁw くっさぁいw」

「きもきもっ、きもきもっ」


 彼女達はまだ俺が死んだ事に気付いてない様子で勝手な事を言いたい放題だ。

 どうやら俺が失神して漏らしたと勘違いしているようだ。

 興ざめしたのか帰る準備をしている。


 おいおい、まさかこのまま放置して帰るっていうのか!?

 どうすんだよこれ。これじゃあ体育館倉庫で漏らして死んでるヤバイやつじゃんか!

 俺の心配をよそにギャル達は倉庫の扉を開け悪態をきながら帰ってしまった。

 悪態をきたいのはこっちなんだけどっ!


「はぁ……これからどうしよ。このままここで地縛霊になったりして? 嫌すぎなんですけど」


 俺がため息をいて考え込んでいると突然体が上へと引っ張られる感覚に襲われた。


 気付いたら白髭の神様が目の前にいて、可哀想だから異世界に転生してあげると言う。

 俺は何とか生き返らせて貰えないかとお願いするも、もう死んでるから無理だと言われてガックリと肩を落とした。

 俺は諦めて神様に異世界行きを了承した。まああの世に行くより楽しそうだしね。


「今度の人生は好きに生きて幸せになると良い」


 そう言うと白髭の神様が杖を掲げて呪文みたいのを唱えた。すると俺の体は水晶玉みたいになってプカプカ浮いているのが何となく感覚で分かった。


「達者でな」

「神様ありがとうね」


 別れの言葉のすぐ後、俺は時空を越えてどこかに送られていた。星がきらめく宇宙を光速で飛んでいる感じだった。


「よし! 異世界で生まれ変わったら絶対強い男になってやる!」


 そう俺は強く心に誓った。




 そして気付いた時には俺のそばで若くて可愛い母親らしき人が俺に優し気に微笑んでいた。

 どうやら無事異世界に転生できたようだ。





 ――月日は流れ――


 俺は布団を勢いよくはねのけて上体を起こした。


「またあの前世の悪夢をみてしまったか……」


 俺は額の汗を拭うと気を取り直して勢いよくベッドから跳ね起きた。

 今日は七日後に王都で行われる成人の儀に出発する日だ! 成人の儀で俺に凄いスキルさえ授かればもうあんな情けない悪夢なんて見なくなるはずだ。


 俺は急いで着替えて階下へと走って行った。


「母さんおはよう! あれ? 父さんは?」


 俺は台所で鼻歌まじりで朝食の準備をしている母さんに声をかける。


「あらぁ、おはよ。今朝は自分で起きれたのね、珍しいわ。雨でも降らないといいのだけど、ふふふ。父さんは野菜を採りに行ってるからもう帰ってくるわよ」


 そんな会話をしていると玄関のドアを勢いよく開けて父さんが帰ってきた。


「おうっ、ケント! 早ぇぇな。張り切ってるのか? はっはっは」


 父さんはカゴに野菜を山盛りに載せて豪快に笑っている。


「ま、まあねっ。俺王都で絶対いいスキルゲットして父さん母さんをビックリさせてあげるよ!」


 前世の嫌な悪夢で起きたとは言えないから適当に誤魔化した。


 ちなみに、俺の両親を含めこの村にはスキルを持っている人はいない。

 まあ、普通に村で暮らす分にはスキルとか不要だから何も問題ないのだろう。


「まぁ、それは楽しみだわ! 帰ったらお祝いパーティしなくちゃね、あなた」

「まあ父さんはケントが何のスキルゲットしようが構わんがな! わっはっは」


 父さんは母さんにキスをすると裏の井戸へ野菜を洗いに行った。

 母さんは顔を赤らめて鼻歌交じりに台所へ向かう。

 

 二人共とても陽気な両親だよな。夫婦喧嘩してるの見た事ないんだよね。

 俺は前世で両親を残したまま死んでしまったので、この世界の両親は育ての親のような感覚だ。

 生まれた時から前世の記憶を持っていたからそういう感じなんだろう。

 でも俺は今の父さんも母さんも大好きだ。

 俺に愛情をこれでもかってくらい注いでくれてるのを身をもって感じてるからな。


 俺は顔を洗ってからテーブルに着いて母さんの料理が並ぶのを待った。

 次々と朝食の皿が並ぶ。いや……多過ぎないか!?


「母さん……ちょっと多くない?」

「え? そう? 母さんちょっと張り切り過ぎちゃったみたい。てへっ」


 母さんは頭を軽く叩いてぺろっと舌を出した。俺は母さんの優しさに心うたれる。

 どうやら俺が一人で王都に向かう事に、母さんなりの出立祝いのつもりなんだろう。まだ三十前半だが仕草が若々しく可愛らしい。



「おうっ、母さん今朝は豪華だなっ! さすがに食いきれるか心配になってくるぜ! はっはっは。まあ母さんの作ったものは残さず食うがな。わっはっは」

「残してもいいんですよ? 残りはケントのお弁当に持たせるつもりなんですからね。ふふふ」


 テーブルを囲み三人揃って座ったところで食事が始まった。

 この食事が終わればしばらく三人揃っての食事は出来なくなってしまう。

 しかししんみりする事も全くなく、父さんはいつもの様に陽気にしゃべり倒して、母さんはそれに相槌を打ちながらずっと楽し気に笑っていた。

 俺はそれを微笑ましく思いながらちょいちょい会話に加わり朝食を楽しんだ。


「はぁぁぁっ、食った食った。やっぱり母さんの飯はうめぇなぁ!」

「うん。美味しかったよ母さん。ありがとうね」

「どういたしまして。ケント……母さんの味忘れないでね。ううっ」


 母さんが突然エプロンで顔を覆って泣き出した。

 いやいや、王都行って帰って来るだけなんだけど!?

 すると父さんも母さんに触発されたのか号泣し出す。

 いやいやいや、父さんまで!?

 俺が立ち上がって困惑していると、二人が駆け寄ってきて俺をサンドイッチにした状態で号泣されてしまった。

 なんだこれ……過保護過ぎんだろ!? 俺これから成人の儀に行くんだよ? もう15歳なんだよ!? でも何か……嬉しい。こんなに愛してくれているなんて。

 

 父さん母さん今まで育ててくれてありがとう。心の中でそう感謝した。




「じゃあ、父さん母さん、行ってくるよ! 元気でね!」


 俺は両親に手を振ってしばしの別れを告げると王都に向け歩き出した。

 まだ朝早いせいか農作業に向かう大人以外は子供の姿は無い。


「うぉぉぉっ、ケントォォォ……達者でなぁぁぁぁぁ! 王都土産待ってるぞぉ!」

「うわぁぁぁぁぁん! ケントちゃぁぁぁん……無事に帰って来るのよぉぉぉ!」


 俺の姿が見えなくなるまで両親は手をぶんぶん振って叫んでいた。

 声が村中に響いて、村の人達が何事かと我が家族を興味深くまた温かく見ているのがちょっと恥ずかしかった。

 父さん母さん待っててね。きっと一皮むけた大人になって帰って来るから。





 こうして俺の異世界での初めてのわくわく一人旅が始まったのであった。





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