ラキード戦 下

ラキード山脈、木々で覆われているその山脈の中身は要塞そのものである。

数百年程前、プーゲ半島にある諸国を制圧したエルフが反乱を危惧し、大陸と半島の境を分けるラキードに要塞線が建設された。


制圧後、エルフはありとあらゆる情報を制限したため、帝国側で知る人間はいない。

そのため山に溝を掘って隠れているまたは帝国側の死角に潜んでいると予想していた帝国は煙でエルフが息を詰まらせ混乱して出てくるところを、叩き潰そうとするが実際の所要塞にいたエルフにただの煙は無力だった。


だが姿を見せたことによって煙がエルフをおびき出したと帝国側は考えた。



昼頃、山脈が赤色に変わったかと思わせるほどの旗が現れた。

それを見た帝国軍は大筒が吐き出す煙を止めた。

エルフが風で払った際、帝国軍に流れ込むからである。


そして帝国は隠れたら煙を吐き出し、出て来たら煙を止めて、隠れたら煙をまた吐き出す、それらを繰り返してエルフが攻勢に出るよう仕向けていた。


息が少ししづらくなる程度ではあるが、連勝ばかりしてきたアティミカ軍ならば、油断して隠れて様子を見ることはしないだろうと帝国は考えたからだ。


繰り返すまでもなく、アティミカの軍勢はすぐに攻勢を始めた。

アティミカ軍15万は山脈を下り、大筒を持っていた帝国軍の部隊に攻撃を始めた。


帝国本陣

「来たか」

本陣から馬で移動して10分ほどの距離がある最前線では、アティミカ軍があと僅かの時間で接敵することが本陣から見ることができた。



「陛下、前衛はどうなさいますか?」

「騎士が半数以下になり次第、退却しろと伝えろ」

「承知いたしました」


最前線


帝国軍の最前線がある場所には左右に山脈と向かい合う山がある、そのため帝国軍はその左右の間である山峡に布陣していた。大軍が通るには不利な地形であるため帝国軍は3000人ほどの兵力を配置していた。


そして左右の山奥にはそれぞれ2万ほどの部隊が潜伏しており、アティミカ軍の兵力が6万ほどの本陣に接触した際に背後から奇襲するよう命令を受けていた。


「軍師、後陣の軍団に私の戦果を逐次報告しろ」

「よろしいので?」

「ああ、初陣の弟が兄上達より先に勝利を我が物とする瞬間を聞かせたいからな」

「かしこまりました」


アティミカ軍は敵の顔がにわかに見える距離に到達した。

「お前達始めろ!」

命令された魔術師達は事前に命令された通りの行動を始めた。




地面が大きく揺れ、それが収まったと思った直後、轟音と同時に襲う光が爆風を身につけ何度も襲いかかってくる。


帝国の魔術師が魔法をいくつも無力化するたびに太陽が弾けるかのような光が雨のように降り注いだ。


光に支配された戦場、これから死ぬかもしれないときに僕は今見れる風景を見てそう思った。


帝国の旗もアティミカの旗もどちらも赤い旗色で見分けが付きにくかったが、光によって完全に見分けが付かなくなった。そしてその光は帝国を押し倒そうとしているかのように感じた、アティミカから吹く衝撃波と魔術の輝きは後方から魔術を放つ帝国魔術師を遥かに上回っている。



「これ以上は無理です」

鎧を纏った魔術師の発言は一蹴された。

「知らん」

「退却を!」

「命令を聞いておらんかったのか貴様!?」

振り上げた指揮官の拳は魔術師の鎧によって重症を負った。



「逃げた方がよくないかこれ?」

顔がヘルメットで分からないが友人のライだと声で分かった。

「命令には逆らえないよ」

「命令って言ったって逃げ貴族の従者だぞ?」

「それでも」

「しかも魔術師のやつら、もう逃げていやがる」

「・・・」

「ハース、俺は逃げるぞ」

「逆らったら心臓が潰れるのに?」

「あんなの嘘に決まってる!」

「俺はお前にもみんなにも生きてほしい!」

「みんな死ぬに決まってるよ」

「だから俺が死ぬか試してやる」

「みんな!俺が死ななかったらついてこい」

忠告を聞かないで馬を駆けさせた。

「・・・」

見送っている内に落馬する人影が見えた。

あいつは無鉄砲で優しい人間だった、だから気を抜いて落馬しても不思議ではない。

それに僕の友人がこんなあっさりした別れ方で死んでいいはずがない。

耳を貫くような音がする、魔術師が退却を始めた影響なのかもしれない。

頭が痛い、震えが止まらない。

周りの同僚達は遠くに馬だけを残していなくなっている。そして馬の脚元から目をそらした。

「テミン、僕たちも逃げる?」

「僕も心臓が潰れるなんて嘘な気がしてさ」

「本当だとしてもテミンは無事なんだから逃げようよ」

震えた声を出す主人の指示に従わない、テミンは落馬した騎士を見つめたまま動かない。


そして魔術師のほとんどが退却したことにより魔法から身を守るすべがなくなった。

帝国軍の前衛にいた騎士のほとんどが吹き飛ばされ、残る部隊すべては退却した。




帝国本陣

「凄まじい力だ」

帝国の前衛が吹き飛び、雲に届く勢いの土煙で敵の姿が確認できなくなった。

「陛下、今の爆発で兵の士気に影響が出ています」

帝国兵は吹き飛ぶ帝国騎士を見てひるんでいた。

「・・・・・」

「陛下、どうなさいますか?」

「退却の指揮をした者を連れてこい」

「かしこまりました」

命じられた従者は子犬のように走り、獲物を持ち帰った。

「どうなさるのですか?」

先ほどから質問ばかりしてくる公爵を黙らせるのと兵の士気を保つために鞘を握った。


「陛下、吾輩は忠実に任務を果たして部下を守る為に手に傷を負いました」

「吾輩にいったいどのような罪がァ「問答無用!」

従者の弁解は最後まで聞かれることなく刃が振り落とされた。

「魔術師のほとんどを身勝手に退却させて前衛部隊を壊滅させた罪は死罪に値する」

「防御だけであれば魔術師数百人ほどで数万ほどの攻撃魔法を防げたものを妨害するとは何事か!」

「陛下!何も斬ることは、「黙れ」

低い声で睨む瞳に公爵は動揺した。

「義務を守らずに退却した者は雑兵であろうと貴族であろうとこの者の二の舞いにしてやろう!!」

帝国兵は殺伐とした王の言葉に衝撃を受けて先ほどの動揺は失われた。


最前線

アティミカ軍の大半以上が魔法による土煙によって帝国側では視認が不可能になっていた。

「進め!」

「はっ!」

土煙に潜みながらアティミカ軍は帝国本陣に向けて前進した。

土煙はどこからか吹く風によってアティミカ軍の前進速度と並ぶ速さだった。


それを見た帝国本陣は直ぐに伝令を潜伏している右翼と左翼に飛ばした。


帝国軍右翼

「攻撃せよと言われたが、何も見えんではないか!」

土煙によって辛うじて先頭だけが見える本陣とは違い、本陣から右斜めの位置に潜伏している帝国軍は土煙によってアティミカ軍を視認できないでいた。

土煙は潜伏している山の山頂を覆っていた。

「我らがいる麓まで来られたら敵いませんな」

「まったくだ」

土煙に隠れて見えない敵にもどかしさを感じながら見ることしかできない。

大多数の敵が本陣に夢中になっている隙を突く為に潜伏しているのに敵の位置が分からないことに帝国軍は憤りを感じていた。

「敵はあの中にいるのは確かでしょうな」

「恐らくそうだ」

アティミカ軍から見て盆地の奥にある小高い山に帝国本陣があるため、前進するアティミカ軍の側面は無防備なっているだろうと帝国軍は予測していた。

そしてまた轟音と共に土煙が上る、アティミカ軍が残った帝国軍を殲滅しているのだろう。


潜伏している帝国軍の大半は魔術師で構成された奇襲に特化した編成である為、エルフの魔法がどれほどのものであるか冷静に理解していたおかげで士気に影響はなかった。



突如として戦場が光に覆われた。

本陣にいる帝国の魔術師がエルフ達の魔法を防いでいることが分かった。

「今ですよ」

「言われずとも」

「敵の側面を焼いてしまえ!」

土煙の中にいるアティミカ軍に炎の槍が放たれた。

「お前達!突っ込むぞ!」

帝国軍の騎士が魔法による攻撃で混乱したであろうアティミカ軍を騎突した。

「敵め、戦う前に背をむけて走り出していやがる」

アティミカ軍は守りを固めもしないで一目散に退却していた。


左翼

「伯爵、これはおかしいですぞ?」

「何がだ?」

「敵が早すぎます」

「エルフは余程の逃げ上手なのだろう」

「大軍であればあそこまで早い退却など不可能です」

挟撃しようとする帝国軍を避けるようにアティミカ軍が退却していくのが足音から分かった。


帝国本陣

アティミカ軍による魔法防ぐと同時に魔法による反撃を試したが防がれた、ただ一つを除いて。

花火のような音が一発だけ聞こえた。

音が静まったその時、アティミカ軍は我先にと退却を始めた。

アティミス様が亡くなられた!、そんな掛け声が帝国軍にまで聞こえた。

「どういうことだ?」

「陛下、どうやら敵の総大将が先ほどの魔法により討ち取られたとのことです」

「流言ではないのか?」

「間違いなく、証拠に敵の兵士が槍を捨てて退却を始めてございます」

馬鹿げている、そんなはずがない、ブラウン王は今の現状を冷静に理解しようとした。

「・・・・」

「陛下、この戦いは我らの勝利でございます」

「そ、そうか」

「陛下、戦にはこんな奇妙なことはよくあることです、エルフ共はきっと総大将がどこぞの英雄譚に憧れる青二才に任命させたに間違いありません!」

「これからが本番ですぞ!」


勝利か、これほど美しい言葉はない。

帝国が勝利したと心の中で確信を得たブラウン王は全軍に追撃を命じた。



前線

アティミカ軍は剣も槍も交えようとはせず逃げるのみであった。

帝国軍はこのままの勢いに乗って、ラキード山脈を占領するつもりでいた。

帝国軍は初期の挟撃する姿勢を保たずに全軍一丸となって追撃をしていた。


そしてアティミカ軍は元々帝国軍の前衛がいた地点で立ち止まった。

大軍が一気に通ることができない山峡に帝国軍の勢いは衰えていく。

「さっさと進まぬか!」

「貴様がどけば済む話だ!」

「こりゃダメだな、我らは下がるぞ」


山頂

「軍師、兄上達に報告はできるか?」

「滞りなく」

山峡に揉みくちゃになっている敵を見て愉快な気分になった。

「ここまでうまくいくとはな」

「後はアティミス様が合図を指示するだけでございます」

「そうか、名残惜しいがしかたない」

アティミスは部下に合図を示すように指示をした。



前線

山頂に狼煙が上がったと同時に山間にいた帝国軍に激しい轟音と衝撃、そして全てを破壊するような力になすすべもなく屍を増やした。

「馬鹿なぁ!?」

「魔術師!さっさっと防がんか!」

魔法を防ぎ始めた帝国軍だったが時は既に遅かった。

帝国軍がいる山間の山頂にいたアティミカ軍が同時に挟撃を始めたことによって帝国軍の士気は崩壊し、貴族の馬を奪って歩兵が逃げ出すなどして混乱を極めていた。

「兄上、悔しいだろう!」

「こんな愚弟が戦果の全てを手に入れてしまい本当にすまないな!」

「そして聖なる勝利をくださったアティミカの神々よ感謝する!!」

「アティミス様、大変失礼ながら申すべきことがあります」

「どうした!軍師!」

意気揚々とした声だしているアティミス様に酷な内容であるだけに軍師は自分の命の危うさを感じつつも報告した。

「撤退せよとのご命令でございます」

「はっ!?」

「後陣の者に功をたたせる為、退却せよと」

「・・・・・兄上か?」

揚々とした声は無くなり、まるで石像のように無機質な声だった。

「いえ、あの方でございます」

「そうか」

「戦果に見合った恩賞は与えると仰せられております」

「・・・俺は寝る」

「では後始末はやっておきましょう」

「・・・・」




帝国本陣

「ここまでか!」

勝利を確信していただけに己の無能振りが滑稽に思えた。

「陛下、アティミカの軍勢が撤退しております」

「なに!?」

積み重なった屍よりもさらに高い場所にいるアティミカ兵の姿が消えていく。

まずい

「退却だ!急げ!」

奴らめまた何か企んでいるに違いない!

「ええい命令を聞かんか!」

奇襲を受け、範囲魔法をもろに叩きつけられた帝国軍は混乱していた。

特に奇襲を受けた部隊は貴族や騎士が多数討ち死にしており歩兵の統制すらままならなかった。

「陛下、王章旗を掲げてお逃げください」

「王が健在であれば軍は立て直せます!」

「相分かった、者共続け!」

「「はっ!」」




ラキード戦はアティミス率いるアティミカ軍が敗北間近の帝国軍を前に撤退したことにより両者ともに目標を果たせなかった、そのため引き分けという形だけを取って幕を閉じた。

しかしアティミカ軍の犠牲者数が千にも満たないにも関わらず、帝国軍の犠牲者数は1万余りだった。























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