魔法探検俱楽部はオタクぞろい4

1-4 ハンク家の家系図と罵倒される先人


ユイが持ってきたのは、ハンク家の家系図だ。

「ああ!ユイさんすごいの持ってますね!?」

デイジーがテンション高めに声を上げた。

他人にごり押ししないだけで、ユイもハンク家オタクなんだよね。

「これが、ハンク家の始祖で世界を救ったという創世の英雄シルヴィアとその子孫の名前」

「おお~。お?……?シルヴィアいっぱい?」

ユイが家系図の頂点を指さした際に目にした、沢山のシルヴィアの名前にアヌベスは首をかしげる。

「そう、それがハンク家だよ。初代英雄シルヴィア・ハンクの直系の子孫は殆どがご先祖の名前をとってシルヴィアなの」

「んー。この名前じゃない、これ何?」

そこには『禿頭』シルヴィアと記載されている。

「とくとう。はげあたま、と言うの」

「悪口」

「ちょっと違うかしら。昔は…人間が使う文字も人の名前も少なくてね、ご先祖様の名前ばかり付けるものだから『シルヴィア』『オリヴィエ』『アルエット』がとても多いの。もしくは名前を少しとったものね」

「ですけど、後世の人たちが見ると非常にややこしいから、その人の活躍からあだ名というか二つ名を付けて区別したんです!」

「おー」

ユイが家系図とメモを書きながら説明すると、アヌベスは興味深そうに聞いていた。

「なんでハゲか?」

「この禿頭のシルヴィアのことね。彼女は病魔に侵されて白銀の髪が全て抜け落ちたそうなの。それでも短い命全てを使い、懸命に人々のために戦った方なのよ」

「えーゆう?」

「そうね、素晴らしい方ね。特に初代に近い血筋の方々…『堅実(けんじつ)』、『克己(こっき)』、『不撓(ふとう)』。彼女らは英雄に値する素晴らしい人たちなのよ」

ユイは少し悲しげに答える。

「もう一つあるな。禿頭のシルヴィオ?」

キリウスも興味深そうに家系図を覗き込む。

ユイはこれまた自身で調べた年季の入ったノートをペラペラとめくる。

「この代は確か女の子が生まれなくて、男性が初めてハンク家当主になったの。

先述の禿頭と比べ物にならないくらい傲慢で怠惰な当主で、嘲りの想いを込めて後世に禿頭と名付けられてみたい。ちなみに、この代のハンク家には子供が一人しか生まれず、その子も幼くして亡くなったらしいわ。

……元々、ハンク家の女児は短命だからね。

だから、初代シルヴィアの妹アルエットの血筋の子孫を迎え入れて、ハンク家の血を絶やさないように努めたの」

「ふーむ」

「ちなみに禿げてはないらしいですよ。この禿頭シルヴィオ」

「ほんとの悪口」

デイジーに即座にツッコむアヌベスを見て、こいつは仕方ないと思う。

「その2代目禿頭の辺りから、創世の英雄の意志に歪みが出た訳か?まあ、今更だが……」

「多分、そうだねー。妹の血縁を迎え入れてからも短命の呪いは続いてたし……」

僕はキリウスの言葉にうなずく。

「代々の掟である女系当主を諦めたからか、英雄の縁者の血筋に固執したからなのか、分からないけどね」

人の意志は爆発的な強さを持つ反面、弱くもある。

「英雄騎士というブランドに固執して、ハンク家は堕落していったのさ」

僕は家系図の真ん中あたりを指で円を描くようになぞる。

「狩人エヌヴィアあたりからかな?災厄の魔女の瘴気から発生する魔物狩りから、国家へ反感を抱く者たちへの魔女狩りにシフトして殺戮が始まったのは。英雄の時代は終わり、血塗れた歴史が幕を開けたんだ」

「血濡れの歴史か……嫌な時代だ」

キリウスは眉間にしわを寄せて呟く。

「そう、まさに血塗られた時代だよ。エヌヴィア以降はシルヴィアの名前、殆ど無いでしょう?

祖先の名前を使うことを恥だと思ったのか、はたまたシルヴィアを密かに神格化して魔女狩りの免罪符にしたのか。真実は闇の中さ」

「ファインブルク王国は元々翼人主体の国で、彼らとのいざこざが原因とも言われているけれど……。

彼らの文字は解読にひどく時間がかかるし、外国に出回っていないので謎が多いですね」

ユイが言う通り、翼人の文字で書かれた文献は非常に少なく、ほとんど他国に出ていない。

「翼人?」

アヌベスが首を傾げる。

「うん、原始の種族の一つだよ。彼らは人間より遥かに優れた神聖力を持っていたと言われているけど、もう殆どが滅びてしまったんだ」

「………………」

……ん?気のせいか?

アヌベスの口が小さく言葉を紡いだような?

『くそ羽野郎』とか『恥晒し』とか……?

「おい、どうした?」

「えっ、何が?」

キリウスに声をかけられてハッとする。

「いや、ハンク家の歴史の続きを聞きたいんだが。暗黒時代の事とか」

「あ、そうだね!ごめんごめん!」

アヌベスに視線を向けると、既にいつものぽけーっとした表情に戻っていた。

「その暗黒時代の調査も、魔法探検倶楽部の活動としていきたい所なんだ。何せ、改ざんされた記録ばかりだし。

歴史研究家じゃない僕でも分かるくらいに矛盾だらけなんだから」

大量に刷られた大衆本は無理だけど、個人が書いた日記や手記の内容は鑑定魔法で真偽を判別できる。

…まあ、思い込みの強い性質の持ち主だと上手く鑑定できないから、地道な調査も必要だけど。

アヌベスはまたもや頭から煙が出んばかりに唸り、家系図の最後の名前を指す。

「原罪のはシルヴィア、名前。なぜ使った?」

原罪のシルヴィア。ハンク家最後の当主、か。

この人の逸話も結構謎が深いけど、ある程度は調査している。

「ああ、それはね。創世の英雄シルヴィアの意思を継ぐように歴史修正に立ち上がったのが……」

「シルヴィアっ」

「残念。その前の代。血狂いのオリヴィエ」

僕の言葉を聞いた瞬間、アヌベスはガックリと肩を落とす。

「……いっぱいシルヴィア」

「まあまあ、落ち着いて下さい」

デイジーはそんな彼女を慰めるように背中を撫でている。

キリウスも萎れたアヌベスの肩をポンと叩くと、訝し気に口を開く。

「あのファインブルク王国貴族連合皆殺しのオリヴィエ?」

そう言って忌みつ方角の絵画を指さす。

オリヴィエを題材にした絵画の彼女は、いずれもその身を紅く染めた狂った笑みを浮かべたものが多い。

「そうだよ、キリウス。狂気・異端・禁忌……血の改革を実行した騎士オリヴィエ。記憶に新しい、ハンク家の狂気の象徴だよ」

「後継者問題の際に、男の次期当主を掲げたハンク家の派閥……。

人間より上位の存在である翼人も、貴族連合も。オリヴィエの意に反した者は一人の例外を残して皆殺しにされたの」

ユイも当時の事件を思い出して顔をしかめる。

「狂気の騎士……。ハンク家の呪いって言われているんだろう?呪いの源が歪められた祖先の遺志を継ぐことになるなんて皮肉だな」

「うーん、そうかもねぇ」

「呪い……か」

キリウスの言葉を聞いて、僕はポリポリと頭をかく。

「オリヴィエが呪いの根源なのかは微妙なんだよねー。あくまで仮説なんだよね」

「どういうことだ?」

「現地調査なんて出来ていないから何とも。だけどさー、この人はごく普通の女の子だったみたい」

ファインブルク王国があるフラウ大陸から、このゼフォン新大陸に渡った移民の中に。

「居たんだよね、ハンク家に仕えていた使用人が」

「……生き証人?」

「その人の証言だけだよ?まだね。これから深く調べるんだからさ」

まあ、全てを僕たちに教えてはくれないけれど。

「とにかく、メイドさんの証言だと、ある日を境にオリヴィエは豹変した。まず、夜中に叫び声をあげて暴れるようになった。それから、人を殺めようとして、自分の腕を滅茶苦茶に刺して血まみれのまま笑ってたらしい」

「……」

「……こわい」

キリウスは顔を引きつらせて、アヌベスは目をパチクリさせている。

「血に飢えた獣のように、手当り次第に人々を殺したい衝動を抑えたかったみたい。それで隻腕になったって」

「そうか」

「……だから、呪いの根源はオリヴィエじゃなくて、その衝動だよ」

「……」

「……」

キリウスとアヌベスの二人は無言で僕を見つめてくる。

「な、なに?僕、何かおかしなこと言ったかな!?」

「いや。……続けてくれ」

眉間に深いしわを寄せるキリウスに促され、僕は自身の手帳を見ながら証言を読み上げる。

「それ以降は少女のように穏やかだったり、獣のように暴れたりの繰り返しだった。

夫も隻腕になった彼女の暴走を止められず、難儀していたある日失踪。

次に帰還した際には大きなお腹を抱えていたってさ」

「……」

「……えーっと、続けるよ?」

「……頼む」

「あ、はい」

キリウスは心底疲れ切ったような表情をしている。

どうしたんだろう、これ?

「メイドさんの話はここで終わり。次は僕が独自に集めた情報によると」

僕は手帳をめくって続ける。

「で、子供…あ、原罪のシルヴィアね。彼女が産まれてからも情緒不安定で、よく奇行を繰り返していたみたい。

で、最期は娘のシルヴィアに討ち取られたんだって」

「討つ?殺したのか?…母親を?」

ん?

ハンク家の系譜と事件を合致させろと言った割に、キリウス自身その辺りの情報をうまく理解していないのかな?

忌みつ方角に飾った絵画にはオリヴィエに挑むシルヴィアを題材にしたのもあるのに。

「えーっと、これがその様子」

刺激が強いから飾ってなかったけど、シルヴィアが母の生首を王家へ献上する描写が描かれたものもある。

その画集をちらりとキリウスにだけ見せると、『分かった』と小さく呟いた。

「うん。シルヴィアが母親の狂気を受け継いでいたのかは分からないけど。

シルヴィアは自分の手で、母親を殺した。

狂って貴族や自身の血族を殺戮しまくったオリヴィエは、娘によって殺されたんだ」

「……」

「オリヴィエへ狂気の力を与えたのは北の大国の魔王だとも、狂気を鎮めるために魔王のもとへ行ったともいわれていて、原罪のシルヴィアは魔人との混血児とも言われている。

だから、シルヴィアには特別な力が宿っているんじゃないか?っていうのが、僕の見解」

でないと、シルヴィアのとんでもない逸話に理由が付かない。

「特別、ね」

キリウスは口元に手を当て考え込む。

「まあ、結局のところ、真実は闇の中だけどね」

調べたいことがてんこ盛りだ。

「……ああ」

「まあ、そんなところさ。ところで、なんで睨んでるのさ」

僕はアヌベスに向き直る。

無表情が標準装備の彼女の顔には、怒りの顔が浮かんでいる。

「……。別に」

「えー?絶対怒ってるじゃん」

「僕、怒る、ない」

あからさまに頬を膨らませている癖に。あ、そっぽ向いた。

「じゃあ、こっち向いてよー」

「嫌」

アヌベスの反応が面白いのでつい揶揄うと、キリウスがアヌベスの頭にポンと手に置き、続けた。

「どっちの王が分かっていないんだろう?」

ん?

「どういうこと?」

「北の大国は鬼の住処で、魔王はその辺境の国王の呼称だろう?

王とは一括りに言わずにいた方が分かりやすいかな」

「ええっと……」

「ああ、そうね」

ユイは自身のノートにその意見を書き込んでいく。

「あの辺りは鬼人と魔人が争っていた地域だもの。戦争に人喰いという私から見ると異端な存在で寄り付けない場所だからこそ、安易に結論を結ぶのは良くないわ」

「人喰い、か。恐ろしい話ですね」

デイジーは身震いしそうな様子で自身の両腕を抱く。

「ふむ。そうだね」

とはいえ、戦争のあった地域は危険が多いし、当面の現地調査に組み込めないけど。

何より、人喰い種族の住んでいた地域だ。危険が過ぎる。

「というか、アヌベスも知ってたんじゃないの?」

「……知らない」

「そうなんですか?」

デイジーが問うもアヌベスは無言でそっぽを向いてしまう。

「あー……。アヌベスは感情表現が苦手なので、許してあげてほしい」

「そうね、今日は少し詰め込みすぎたし」

ああ、ついうっかり。

ついつい話にのめりこんじゃったよ。

ついつい話にのめりこんじゃったよ。

「じゃあ、後の時間はおやつの時間にしましょう!」

早速お菓子をテーブルに並べるデイジーの提案に、僕たちは賛成する。

「じゃあ、改めて新入部員の諸君、よろしくね」

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