0-11 一人の英雄騎士が生まれたとき

オリヴィエの引き起こした血の粛清で、魔女狩り推進派の勢いはずいぶんと削がれた。

ハンク家が粛清されたのは『一番最後』だっただけで。他の貴族たちも大なり小なり被害を受けており、多くの貴族は一人の狂った女によって行われた粛清を恐れて沈黙している。

何せ、狂った先代に殺された者の多くがその派閥だったからだ。

ハンク家を監視する翼人たちも只では済まされなかった。

人間より秀でた彼らも、あの血の粛清の会場でオリヴィエに一刀両断に処された。人間の幼子にも負ける翼人と揶揄されるのは相当堪えたらしい。

その上、暗殺に使われた移送方陣も問題があった。

魔力の波長はその者の命そのものであり、子々孫々と刻まれる遺伝子同様に自ら変えることは不可能。

その移送方陣の魔力から、翼人たちを統べる初代女王ベアトリスと全く同じ波長を検出した。つまり、その魔法式は初代女王が『最近』作ったものであると証明されたのだ。

初代女王がこれを作れないことは王族の中でも周知の事実だ。女王は生きてこそいるが、その身体は朽ち果てかけており寝たきり状態。

女王の不在を好機とみて、仇敵である鬼人を引き込んだ王族たちは震え上がった。

肉体が朽ち、死に向かっていても女王の力は健在なのか。

もしくは女王の意志を継ぐ何者かがあの狂ったハンク家当主に協力したか。どちらにせよ、これ以上始祖の血族を敵に回すのは得策ではない。

その遺児シルヴィアを排除することはできなかった。自ら母親の首を切り落とし、翼人へ献上したシルヴィアの功績を称える懐の深さを見せることで、体裁を整えることにしたのだ。

そんなわけで、今の王族は静観を決め込んでいる。

だが、シルヴィアの母はもういない。

母を失ったシルヴィアはその悲しみを乗り越えるべく、勉学に励んだ。

そして、12になった時、シルヴィアは自らの意志で初めて屋敷を出た。

『当主として、もっと勉強したい』

そう言って一族を説得した。

オリヴィエは娘シルヴィアへ、全てを用意していた。

当主の座も。新たな当主を支える協力者も。そして、屋敷の外の世界への案内人も。

しかし、シルヴィアは自分でそれを選んだ。

「母様の望んだ通り、私は立派にやっていますよ」

シルヴィアは墓標の前に座り込む。

ここはハンク家が所有する土地にある墓地だ。

「…親殺しの罪を背負った以上、それ以外の道など思いつきもしないから」

そう言いながらシルヴィアは自嘲気味に笑う。

「でも、母さんは本当にそれでよかったの?」

返事はない。当然だ。

「母さんが守ってくれた命です。私は精一杯生きます」

「だから、見守っていてね」

シルヴィアは立ち上がり、外の世界へと旅立った。

目指すは永久中立都市グリンホルン。

災厄の魔女を討伐した地。

かつて、英雄が集った場所。

「……さて、行きましょう」

シルヴィアは歩き出す。

彼女の行く先に何があるのか。それは彼女自身もわからない。

ただ一つ言えるのは、彼女は決して立ち止まらないということだ。

その瞳には強い意志の光が宿っていた。

―――災厄の魔女を、永久の呪いから解放する。それが、母の願いであり、あの黒翼の魔女の願いでもあるのだから。

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