0-9 一人の母が壊れた時
「シルヴィア……」
クヌートが小さな体で己を庇うように剣を構えるシルヴィアへ呟く。
情けないがクヌートは狂った母の気に当てられ、身動き一つとれなかった。
「……シルヴィア……邪魔をするの……?」
「…………いいえ、母さん。貴女がこうするのには理由があると思う。だけど……!」
「構えなさい」
その顔は狂気に満ちていたが、どこか泣いているようにシルヴィアには見えた。
「母さん、もうやめて!」
振り下ろされる刃を受け止めたシルヴィアの手の甲に、鮮血が伝う。
「……退きなさい、シルヴィア。そんなロクデナシを庇う道理はないのよ」
「嫌だ」
シルヴィアは一歩も引かなかった。
「退けないよ、だって、わたしはあなたの娘だから」
シルヴィアは叫んだ。
「……シルヴィア……私の可愛いシルヴィア……」
母の顔が醜くゆがむ。
「そんな糞野郎を守るお前はシルヴィアじゃないわ」
オリヴィエの闘気が歪に変容し、シルヴィアへ猛攻を加える。
「きゃあ!」
吹き飛ばされたシルヴィアの身体が壁に打ち付けられる。
「シルヴィア!」
駆け寄ろうとするが、オリヴィエの殺気に気圧されてクヌートは動けなかった。
「シルヴィア、お前は本当に悪い子ね」
「ごほっ、かはっ」
シルヴィアは咳き込みながらも再び剣を構える。
「母さん、お願い、やめて」
「あの男は、私がこの手で殺すの」
「……!」
母の言葉にシルヴィアは踏み込み、剣同士がぶつかり合う。
金切り音が会場に響く。
「シルヴィア、シルヴィア、私を置いて行かないでちょうだい」
「母さん……!……ッ!?」
シルヴィアの腹部にオリヴィエの蹴りが入る。
「ぐふぅ」
幼い身体が九の字に折れる。
「ほら、シルヴィア、こっちへいらっしゃい」
「……い、いや……」
痛みに涙目になりながら、それでもなお立ち上がろうとする娘の姿に、母親の心が軋んだ。
「シルヴィア、私の愛しいシルヴィア、どうして分かってくれないの?あなたがいなければ、私は生きていけない」
「かあさ……ん」
「退け、シルヴィア。あれを殺せばあなたは幸せになるのよ?」
オリヴィエの実の息子へ向けた殺意の言葉に、シルヴィアは首を振る。
「嫌だ!殺させない!知ってるわ、おじ様たちが私をのけ者にしているって!
お兄様も私を軽蔑しているって!でも、母さんは違うでしょう? だって、私のことは愛してくれてるんだもの」
「シルヴィア……?」
「母さんのこと、大好きだよ。だからこれ以上殺させはしない。
私が、守らなくちゃ」
小さなシルヴィアは剣を構える。
「シルヴィア、退いて。お願いよ」
「ごめんね、母さん。それはできないの」
涙を浮かべた母の願いを聞き入れず、シルヴィアは戦う意思を見せた。
「どうして、こんな奴らを庇うの。こいつらはお前を殺そうとしていたのに」
オリヴィエの問いかけに、シルヴィアは答える。
「それでも、家族だもの。ごめんね、私が弱いから母さんを止めきれなくて」
「…………」
シルヴィアは涙を流しながらも、笑みを絶やさなかった。
「……!」
娘の言葉に、母は思い出す。
そうだ、自分は何をしていたのか。
愛する我が子が苦しんでいるというのに、それを見過ごすなど親として恥ずべきことだ。
「……そうね、シルヴィア。あなたの言う通りだわ。
お母さん、やることがあった。
ーー濃密な死の匂いと声で、忘れていた」
「母さん?」
シルヴィアは己の母の雰囲気が変わったことに気づく。
「ありがとう、シルヴィア。お母さん、やっと分かったわ」
オリヴィエは笑みを浮かべる。
「お母さ…」
「待て!」
クヌートが叫ぶと同時に、オリヴィエは剣を振り上げる。
「お前がそこまで言うのであれば、私はお前を殺すしかない」
その言葉を聞いた瞬間、シルヴィアの顔が絶望に染まる。
「さようなら、シルヴィア」
オリヴィエが再び剣を振り下ろす瞬間。
「うわああああ!!」
シルヴィアは剣を突き出した。
しかし、オリヴィエの剣がシルヴィアの身体を引き裂くことはなかった。
「あ……」
シルヴィアの剣はオリヴィエの胸に突き刺さっていた。
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