0-8 一つの一族が壊れた時
ハンク家の歴史は悲劇の歴史である。
ハンク家は人殺しの一族であり、人間が生み出した怪物として人々から恐れられた。
その当主であるオリヴィエ・ハンクは徐々に正気ではなくなり、一族の者たちが集められた。
次期当主を誰にするか。
伝統のように、女児であるシルヴィアを後釜に据えるか。
王族…魔女狩り推進派の傾向の強い、シルヴィアの兄クヌートにするか。
彼らはシルヴィアを推したくはなかった。
魔女の呪いによる短命であることもそうだが、何より、あの子は人間ではないと噂されていた。
「あの子の父親は魔王だ」
誰かが言った。
白銀の髪に新緑の双眸で、当主として相応しい容姿のシルヴィアだが。
正気を失ったオリヴィエの放浪生活の末に孕んだ状態で出戻って来たために。
その父親が不明だった。
「人間同士の純血でないと翼人様も納得しないだろう」
「ならば、我らが殺すしかないだろう?」
鬼人の機嫌を損ねたくない。
「ハンク家には相応しくない」
「シルヴィアの名ははく奪しろ。初代様と同じ名を付けるとは、先代も狂っている。
「穢れた血は絶やすべきだ」
ーー殺せ、殺せ、殺セコロセ、ころシテシマエ。
一族の冷ややかな視線の中、小シルヴィアは震えるこぶしを固く握りしめて耐えた。
その妹の姿を見たクヌートは、英雄の名を授けられたにもかかわらず当主の器でないと囁かれる状況にほくそ笑む。
(あいつは馬鹿だ)
自分の立場というものを理解していなかった。
今や鬼人の機嫌を取りたい人間は大勢いることを知らず、民を守るなどと軽率な行動に出た愚か者の妹は、兄が当主になるまでは生かされているに過ぎないというのに。
「お前は本当に愚図だな」
恵まれた容姿を得ても不要の存在とは笑わせる。
その時だった。
ずるり、ずるり、と。
足を引きずる音と共に。
会場にオリヴィエ・ハンクが現れた。
「……母さん!」
シルヴィアが声を上げた。
「と…当主様……」
ハンク家一族がその異常さに一気にどよめいた。
オリヴィエは虚ろな瞳でその隻腕に抜き身の剣を引っ提げている。
そして、口を開く。
「……皆さま、お集まりいただきありがとうございます。
今日は皆様にお知らせしたいことがありまして」
そう言うと、彼女は持っていた剣で傍らにいた一族の一人の喉をその剣で突き刺した。
「がっ!」
苦痛に顔を貼り付けてを歪めながらそのものは倒れた。
濃密な死の匂いに、沈黙がその場を支配した。
彼女は笑う。
「私はハンク家の罪を背負い、あなた方に死を送ることを誓います」
そう言って、彼女は剣を振りかざす。
「ひっ!?」
一族の誰かが悲鳴を上げると同時に、オリヴィエはその凶刃を振り下ろした。
「ぐあっ!」
「気狂いがぁ!殺せ!あの女を殺せええええ」
その場にいた者たちが剣を引き抜く。会場の隅へ誘導されたクヌートはガタガタと震える身体を押さえつけていた。
「隠し通路が壊されています!」
「早く退路を…ゲバッ!?」
(なんなんだこれは)
クヌートの目に飛び込んできた光景は、地獄絵図だった。
ある者は首を落とされて倒れ、またある者は胴を割られ、内臓をぶちまけられる。
隻腕かつ片足を自ら傷つけ、まともに動かせない狂った母親に剣で名をはせた一族の者たちが全くかなわない。
人間の上位種であるはずの翼人を魔法ごと剣で切り飛ばして狂人は更に前進する。
「助けてくれぇ!!」
「ひいいぃ」
「うわああ」
逃げ惑う人間たち。
それを追い詰めるオリヴィエ。
その表情は正気ではなく、ただ、ひたすら狂気に満ち溢れた笑顔を浮かべるのみ。
「どうして……こんなことになった」
その光景を見て、クヌートは理解する。
「化け物だ」
これが、ハンク家に君臨する当主の本質なのだ。
「あああ、うわああ」
逃げ惑っていた最後の一人は、背中から心臓を貫かれて死んだ。
血塗れになったオリヴィエは、血と脂でまみれた剣をクヌートへ向ける。
その時。
死体となったその一族の手から剣を抜き取り、クヌートへと歩み寄る間に滑り込むように剣を向けたシルヴィアが立ちはだかった。
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