0-5 一つの国が壊れる話 ーー気付きーー

「…………」

魔女狩りが横行し始めてしばらくのち、彼女はひっそりとその屋敷を訪れた。

しばらくといっても、愚かなハンク家の当主に魔女狩りの対象となったあの日から、200年が経過した。

彼女は時折ハンク家へ赴いては、屋敷のあちこちにささやかな『贈り物』を置いていく。

…今まで贈り物に気づいた者はいないが。

屋敷の者は侵入者に気づきもしない。

認識阻害の術式でその姿は完全に見えない。特定の条件を満たしたものしか、彼女の姿は識別できないようにしている。

今回は書庫に忍び込むと、彼女は本を数冊本棚へ押し込んだ。

ああ、劣化した贈り物も回収していくか。

「黒い羽根のおねえさん、だあれ?」

その黒い片翼の黒髪の少女は、驚きと少しの喜びを秘めた表情で振り返る。

「ふふッ、ーー50年?それとも100年?久しぶりね。おバカな人間さん」


「え?」

「馬鹿な子ね、貴女は」

突然屋敷に忍び込んできた黒翼の少女に罵倒された。

「馬鹿じゃないよ?いっぱいべんきょうしてるもの」

「私の姿はバカにしか見えないのよ」

言葉とは裏腹に、黒翼の少女の目に嘲りの色はなく、むしろ優しい。

「なんだか、おねえさん楽しそうね」

「ふふッ、300年ぶりだもの。初代シルヴィアのようなおバカの素質溢れる子に会えたのは」

褒められているのかよくわからないが、初代英雄騎士のようだと告げる少女に嫌な感じはしない。

「あなたのお名前は?」

少女は彼女の問いに答えた。

「わたしはね、オリヴィエだよ!英雄騎士のような騎士になるの!」

「そう、なら私は貴女の敵ね」

黒翼の少女は無邪気に笑う。

「なんで?」

「私は魔女だもの」

そういえば。

堂々と侵入したらしい黒翼の魔女に屋敷の者が何の反応もしないのは、そういった類の術を使っているのだろう。

魔女。

人々に害する存在。不浄の者。

一族が狩るべき存在。

だが。

「どうして魔女なのに私をころさないの?」

眼前の少女からはそんな悪意は感じない。

「……さぁ、なぜかしらね。久しぶりに『人間』と話すからかしら」

魔女は悲しげに微笑む。

「なにか私にできないかな?」

「……なぜ?私が怖いのではなくて?」

「知りたいの。何で人間が翼人族と同じ不思議な術を使えるだけで悪なのか。

わたしたちがやっている魔女狩りが正しいのか分からないの」

「……そんなものよ。皆自分の都合しか考えていないわ」

「でも、魔女狩りが民のためとは思えないの。

翼人族は、王族たちは。私たちハンク家も。ちゃんとした理由があって魔女狩りをしているの?」

「魔女に同情してはダメよ」

「それでも、おねえさんの役に立ちたいの」

ああ、なんて愚かな娘だろう。

人間の甘言に惑わされて分の悪い博打を打ったというのに。

もう一度あの馬鹿らしく笑いあふれる賭けに高じたくなってしまう。

「ふふッ、優しい子ね。……ねぇ、一つお願いをしてもいいかしら?」

「うん!なあに?」

魔女は少女に小指を差し出した。

「そのまま『人間』でいて頂戴。…バカで居続けて」

少女は自身の小指を魔女の指に絡めた。

「うん、約束ね」

「えぇ、約束よ」

「おねえさんの名前は?」

「私の名は、ふふッ。貴女が大きくなったら分かるわ」

「そっか、じゃあおねえさんの名前教えてくれなくてもいいよ」

魔女は少し驚いた顔をしてから笑った。

「あら、いいの?」

「だって、名前なんて関係ないもん。おねえさんはおねえさんだし、それに……」

この人とはまた会える気がする。

「ふふッ、ありがとう。それじゃあね、リーヴィ」

不思議な魔女は風と共に掻き消えた。

オリヴィエは黒翼の魔女が置いていった本に手を伸ばす。

「これは……」

表紙には剣と盾を持った騎士と羽人の絵。

中を開くとそこには文字ではなく魔法陣が描かれていた。それに。

「やっぱり、あの人は悪い人じゃない」

中表紙に描かれた者たちの姿でそう結論付けた。

屋敷のどこを探してもなかった、初代シルヴィアとその仲間たち。

災厄の魔女を倒すために協力した『全て』の人物を書き記してあった。

羽人初代女王、初代シルヴィア。

そして、人喰い種族のひとつ魔人の王にその他数名。

現在魔女狩りの元凶として人々になじられる魔人がそこにあった。

「……何がひとくいよ。何が魔女狩りを先導する悪魔よ。

石を投げられるあの人よりも、一番責められるのはわたしたちだわ……」

オリヴィエは悔しげに唇を噛んだ。


彼女は魔女に言われた通り『人間』のまま生き続けた。

今のハンク家にその意思を悟らぬように。

魔女狩りに憑りつかれた一族にとって異物だと弾かれないように。

そうしなければ、異端のものとして生涯幽閉されるだろう。

…魔女狩りに疑念を抱いた一族のもののように。

オリヴィエはそれから毎日のように書庫に通った。本の内容を理解するために。

そして、ついにその時が来た。

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