0-1 一つの国が壊れる話
この世界には原始の一族と呼ばれる多種族と人間がいる。
大地に留まった精霊たちが地上に順応するために、大地の生物に加護を与え原始の一族として進化していった。
魔法に優れた翼人。
動物的特徴と身体能力を持つ獣人。
獣人の血脈を継ぐ薬学に特化した兎人。
鉄と土に秀でた職人たちドワーフ。その他、多種多様の種族が属性を分けながら増えていった。
この世界の気候風土によって、現在は誰にも認識されていない世界の根源たる精霊に近い存在である彼らは存在する。
そんな彼らに比べて、精霊の加護なく生まれた人間はあまりにも貧弱な存在と、原始の一族たる彼らは位置付けている。
富める国は人間を下位の階級に押し込め、貧しき国はより貧しい生活を課されながら人間たちで生きてきた。
そして、富める国では多くの人間が労働者として奴隷として使役されている。
原始の一族の多くは、そうした支配層で人間達から搾取し、贅沢な暮らしを送っているのだ。
そんな原始の一族の中に、とりわけ人間たちだけでなく他の原始の一族から忌み嫌われ、恐れられている血族がある。
原始の一族の忌まわしき二族、鬼人と魔人。
彼らは人間を奴隷とすら思っていない。主人は貴重な労働力である奴隷を、食べない。
原子の一族たちはこの忌まわしき者たちの食指が自分たちに及ばないよう、定期的に奴隷として価値のない人間を北の大地へ送る。北の大国に送られた人間は哀れだ。
人間の肉体で耐えられない極寒の大地で飢えるか、忌まわしい人喰い種族である彼らに貪り食われるか。いずれにせよ、彼らの末路は同じ。
しかし、それこそが彼らの狙いなのだという。
その国に送り込まれた人間は皆、二度と故郷に帰ることは叶わない。
人間の絶望の感情すら奴らは食らいつくすのだ。
そんな人喰いの王が、人間を恐れ殲滅活動を長年行ってきたことを知るものは少ない。
それは原始の一族の中でも限られた者たちだけが知る事実だった。
「逃げも隠れもしないわ」
王城の一室で、そう言ったのは、白銀の髪の女。彼女は新緑の瞳に深い知性と強い意志をたたえて微笑んだ。
「抗ってやろうじゃない」
その人間の女の名はシルヴィア・ハンク。のちに『英雄騎士』と呼ばれ、人喰いの王すら首を垂れ従属する災厄の魔女を打ち倒す伝説の英雄となる人物であった。
人間を奴隷として扱う原始の一族だが、彼らにもどうにもできない存在があった。
災厄の魔女。
ある日ふらりと国や街に現れ、洪水ですべてを押し流すように破壊と強い濃度の魔力で大地も草木も人もすべてを蹂躙して去っていく。
ある国は草木が死に絶え、実りのない砂漠の地になった。
ある国は春のぬくもりを奪われ、極寒の土地となった。
人間よりほんの少し強くとも、災厄の魔女の前では原始の一族もまた無力である。
災厄の魔女と唯一対抗できる種族の王はいるには居た。
それは原子の一族が忌み嫌う鬼人の王と魔人の王。
鬼人の王は災厄の魔女の傘下に自ら嬉々として下り、魔人の王はそんな鬼人の一族を南下させないために自国から動けない。
原子の一族に抗うすべはなかった。
生きる糧の食糧を奪われ、寒さをしのげる家を奪われ、皆で築き上げた秩序も国も奪われる。
それがどれほど恐ろしいことなのか、誰もが知っているはずだった。
なのに。
この国の王族たちは、自分たちの保身のためにそれを放置した。
災厄の魔女の気まぐれで命を奪われないためには、自分たちが生き残るためには、一族からほんの少しの生贄と、多くの人間の奴隷を捧げるしかなかった。
「奴隷のままで良いわけがない。私は明日を笑っていたい」
白羽の矢を立てられた生贄と、奴隷である人間の絶望に寄り添ったのは、人間の女の子だった。
彼女はその身を盾にしてでも奴隷を守り、翼人の生贄を逃そうと必死になっていた。
けれど、彼女がいくら努力しても、彼女の願いは届かなかった。
「……もういいよ」
「何を言っているの! 諦めないで!」
「あなただって本当はわかっているんでしょう? 私たちはあの方たちから逃げられない。だから……」
彼女は涙を流していた。
きっと彼女も同じ気持ちなんだろう。それでもなお、私たちを守ろうとしていた。
「お願い、私と一緒に死んでくれる?」
「…え?」
その言葉に自虐的なものはなく、強い意志を感じた。
「武器がいるの、戦うために。防具がいるの、あんまりケガをしないように。
私一人では集めるのに限界があるから手を貸してから死んで」
「王へ逆らうの…?」
「神に逆らうのよ」
少女は天を指さし言った。
「天災はカミサマの試練なんだってさ。なら、竜巻みたいに破壊しまくる災厄の魔女も天災でしょう。
どうせ死ぬなら、神に精一杯挑んで死んだと子孫に伝えられたほうが気持ちがいいわ」
あまりにも無謀。あまりにも単純な想い。だが。
どうしてこの少女の言葉は胸に刺さるのだろうか。
「……そうね。うん、そうだわ。わかったわ」
彼女は涙をぬぐい、立ち上がった。
「一緒に戦おう。神様と戦うなんて、考えただけでわくわくするもの。…泣き虫の綺麗な翼のお嬢さん?」
「ええ、ええ。本当ね。お馬鹿で可愛い人間さん?」
「シルヴィアだよ」
「ふふッ。私はベアトリス・キール・ファインブルク。よろしくね」
「じゃあ、行こうか。私の大切な友達」
こうして、生贄として捧げられた翼人王族の姫と、奴隷身分の人間という奇妙な二人の反逆が始まった。
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