第43話 もう終わるから

「君とは仕事の関係ではないから、敬語で話さなくてもいいよね? というわけで座ってくれ。お茶を用意するよ」

 彼――転生屋はドアを開いたままの格好で、わたしをその建物の中に入るように促した。躊躇ったのは一瞬で、わたしは古風な内装の建物の中に入る。

 内部はそれほど広いわけじゃない。何だか骨董屋みたいな感じで、古めかしい家具と調度品で埋め尽くされている。カチコチと時間を刻む柱時計、オレンジ色の光を灯すテーブルランプ、木の実のついた枝を差した大きな花瓶、どこか鬱々とした雰囲気の風景画、美術室にありそうな石膏像、鹿に似た生き物の剥製――。

 重厚な革のソファと木製のローテーブルが部屋の中央にあり、辺りを見回すとレースのカーテンが引かれた窓が見えた。ただ、そこから透けてみえる風景は、さっきまでの暗闇ではない。少ないながらも人が行き交う、どこかの路地裏の光景があった。

 わたしの視線が窓の外に向いていると知って、転生屋は小さく頷いて柱時計の前に立った。

「話が長くなると困るし、時間をとめておこうか」

 その途端、路地裏を歩いていた人影がぴたりととまる。時計の音も消えて、静寂が耳に痛く響くだけとなった。


 ――異世界だ。

 さっきまでいた世界じゃない。

 っていうか、元のところに戻れるんだろうか。ユリシーズ様はどうなったの? 他の皆は? キマイラは?

 わたしは自分の表情が強張るのを感じて、思わず手を頬に当てる。

 すると。

「大丈夫、元の場所には責任を持って帰してあげるから。とにかく、手短かに説明しよう」

 彼は何もない空間に手を伸ばし、まるで手品か何かのように金色の縁のついた白いカップとティーポットを取り出した。

 湯気の立つカップをソーサーに乗せてテーブルに置くと、ずっと立ち尽くしていたわたしに目をやって小さく微笑む。

 胡散臭い。

 でも、わたしは促されるままにふかふかとしたソファに腰を下ろした。


「まあ、君も察しはついていると思うけれど、ここで彼――ウォルター・ファインズと名乗っている魂は契約をして手首に契約印を刻まれ、幾度も転生を繰り返しているんだよ」

「契約印……幾度も?」

「そう。転生屋で契約すれば、天秤の印だね。それが目印」

 そう言えば、ウォルター様ってずっと手首が見えない服装だったな、と思う。いつだって長袖。剣を振っていた時ですら、手首が隠れるような装備をつけていた。

 だから見えなかったけど、そういう印があったのか。


 あれ?

 そう言えば、ミランダの従兄弟だとかいう先輩の腕には太陽の入れ墨があった。もしかしてそれも……なんて考えている間にも、転生屋の話は続いている。


「正直、この仕事には辟易しているんだよ。ここにやってくる人間は、とにかく我が儘だし、醜悪だ。次の世界では幸せになりたい、美人になりたい、強くなりたい、金持ちになりたい、ベラベラベラと」

 吐き捨てるような口調と、ひらひらと振られる手のひら。

 ……随分な言い草だけど、その片棒を担いでいるのは目の前のこの人なんだけど。


「まあ、この仕事は――君たちが言うところの神の命令でね、投げ出すことはできない」

 転生屋が唇を歪め、まるでわたしの考えを読んだかのように続ける。「魂の取捨選択と言ったらいいのかな、元々は不要な人間から寿命を吸い上げて、世界のためになると判断された人間に振り分けるものだったんだ」

「何ですか、それ」

 転生屋はテーブルの上に小さな天秤を置いた。相変わらず手品みたいに、何もない空間から取り出した。ゆらゆらと揺れる天秤をつつきながら、彼は笑う。

「人間の魂は基本的に同じ重さであり、誰もが平等だ。だが、それは少々乱暴な考えでもある。善人と悪人が平等であるとは言い切れない。神だって、依怙贔屓するんだよ。悪人にはそれなりの結末を、善人にはささやかながらも幸せな結末を導きたいと思うんだ。元々は、残り短い寿命となってしまった人間を助けるために始めたことなんだ。何の考えもなく自殺しようとしている人間から、有益な人間の寿命を延ばすためのもの」

「有益……有益とは、どうやって判断するんですか?」

 わたしが胡乱そうに言うと、転生屋は形の良い眉を顰めた。

「システムは簡単だ。悩みを持つ人間が『占い師』のところへ行く。それで、道を選ぶことになる。生か死か、転生屋と呼ばれるこの店にくるか、薬屋と呼ばれるあの女のところに行くか」

「あの女?」

「ああ、いけ好かない女だよ。綺麗ごとが好きな、聖母みたいな」

 鼻の上に皺を寄せてそんなことを言う彼だけれど、その後に小さく「変な人間に接することもなければ、聖母でいられるんだろうな。羨ましいことだ」と言ったから……色々複雑なんだろうな、と思う。何だか急に、目の前の男性が人間臭く見えてきた。


「それで、何だっけ、彼の最初の名前……ネイトだったかな、今のウォルター・ファインズの件だけど」

「はい」

「あの魂もね、最初の方はまだ少しはまともだった」

「まとも」

「ああ、でも少しだよ? 彼は……許されない恋を叶えようとした。まあ、よくある話だよね、死んであの世で結ばれようとする人間たちって」

「よく……あるんですか?」

 わたしは目を細めて異論を語ったつもりだった。でも、転生屋は何も気にした様子はなく頷く。

「あるねえ。ただ、それは彼の片思いで相手は嫌がってた」

「嫌がってた」

「それなのに、勝手に彼女の優しさを愛情だと誤解してつきまとって、死んで次の人生で結ばれようとした。でもね、相手も気づいたんだよね。これはヤバい男だって。だから何とかして逃げようとして、結局逃げ切った。彼はそれに気づかないまま最初の人生で命を絶って、その彼女との縁も断ち切ったんだ。そうして彼は生まれ変わって次の人生で彼女を探し続けたけれど、もちろん見つからない。何度人生を繰り返しても、生まれ変わる場所を選んでも見つからない。当然だよね、住む世界が違うんだから。それでもこの店に通い、自殺を繰り返す彼を愚かだなあ、と思っていたよ」


 ――他人事のように言ってる!


 わたしはきっと、凄い顔をしただろう。

 呆れ切ったわたしの様子に気づいた転生屋は、申し訳なさそうに眉根を寄せて微笑んだ。

「まあ、君は運が悪かった。彼の恋の相手は、彼を助けたことがあってね、それが恋のきっかけとなった。そして君も、似たような場面であの男を助けたことがあった。そこで、勘違いというか……思い込んでしまったんだろうね。君が彼女だ、と。ジェシカ・タルボットだと信じたかった。彼の運命だと思いたかった。だから、彼の転生の輪に組み込んだんだよ。彼が何度も繰り返してきた人生の中で、ある世界で学んだ精霊魔術を使って、彼と君の魂を同じ世界に生まれ変われるように縛り付けたんだ」


 ――は?


 わたしはそこで思い切りソファから立ち上がって叫ぶことになる。


「ふっざけんな!」


「だよねえ」

 転生屋はティーカップに唇を当てながら苦笑した。

「何でそんなことをさせたの!? わたし、全然関係ないし、そんなの……!」

「させたんじゃないよ? 彼が勝手にやった。彼が今いる君たちの世界に生まれ変わりたいとここにやってきた時、もう君の運命は決まってた。だから、同情したんだよ。人違いで巻き込まれて、望まぬ世界に生まれ変わるなんて……」

「同情してくれたなら、それなら!」

「だから、人間の運命に関わってはいけないとされているこちらとしても、ちょっとだけ君に仕掛けをした。君が絶対にあの馬鹿に捕まらないように、君が本能的に彼を拒否するように、恐怖感を植え付けた。それと、彼と戦えるだけの能力を。いや、彼だけじゃなくて、その世界で比類なきくらいに強くなれるだけの潜在能力を持てるよう、依怙贔屓しちゃったというわけだ」

「いやいやいや」


 そんなんでありがたいと思うとでも!?

 確かにわたしはあのゲームの世界で、ヒロインとして能力値は高いけどさ。

 そんなのどうでもいいくらいに怒ってるんだけど!


「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着いていられるかー!」

 わたしは悠々と座ったままの転生屋を見下ろして叫ぶ。「あのストーカー変態男をなんとかしてよ! いい迷惑だよ! あんなのに目を付けられて、勝手にこんな世界に連れてこられて! わたしは、わたしは死にたくなかったし、日本で生きていきたかったんだよ!」


「うん、解っているよ」

 そこで、転生屋が少しだけ声音を変えて言った。「大丈夫、もう終わるから」

「え?」

 わたしはふと、その声の裏に潜んだ冷たさに気づく。

「彼は転生を繰り返した。代償を払いながら、何度も、何度も」

「……うん」

「もう、残りの命はないんだ。彼が次の転生に支払うだけの命はね」

 彼は仄暗い光をその双眸に煌めかせながら笑う。

「……つまり」

「彼の命は今回の人生で消滅する。二度と転生することはない。終わりだよ、終わり」


 そう言った彼は、ソファから立ち上がってドアのところに歩いていく。何の気配も音もしなかったのに、その扉を開けると見覚えのある人影があった。

 そして転生屋は静かに口を開く。

「いらっしゃいませ、お客様」

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ヒロインに転生したけど男性が苦手なので近づかないでください こま猫 @komaneko

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