第32話 ミランダの様子が違う
「やった! やりましたよユリシーズ先輩!」
わたしは今、短剣を高く掲げ挙げ、満面の笑みで彼の方に顔を向けている。にやけていて情けない顔になっているだろうことは容易に予想がついたが、今日くらいは許して欲しい。
限界突破もカンストした短剣は、攻撃力はかなり高くなっているし、スキルスロットに『火焔連撃(炎属性攻撃を三回連続で放つ)』と『麻痺効果(大)』をセットした。これで、剣術が全く使えないわたしでも最強になれたと思う。多分。
「やったな」
ユリシーズ様も素直に感心してくれているようで、いつになく嬉しそうに目を輝かせているのが親近感がわく。
「先輩のおかげです。わたし一人だったら、お父様とお兄様が持ってきてくれた大量の素材を持て余していたと思います」
「というか、あれだけの素材を持ってくることができた君の家族に驚くよ」
「えへへ」
わたしはそこで、照れたように頭を掻いたけど、わたしが照れる必要あったかな? とちょっと疑問にも思った。褒められてるの、わたしじゃないし。
それに、やっぱりゲームとは違って魔道具のレベルアップは難しかった。
ゲームだったら素材を集めて合成するだけ、つまりクリック一つでレベルアップしてしまうけれど、この世界では違う。魔道具制作者の技術レベル、素材の質、魔力、色々なものが作用して出来上がりも変わってくる。
ユリシーズ様に教えてもらいながら短剣を鍛え上げたから上手くいったのは間違いない。わたしだけじゃ無理だった。
「先輩を拝んでおきますね」
わたしは手に持っていた短剣を素早く制服のスカートの隙間に滑らせて片づけると、ユリシーズ様に向き直って柏手を打った。頭を下げているわたしに気づき、ユリシーズ様が呆れたような声を上げる。
「お前、やっぱり変だな?」
「疑問形、ありがとうございます」
「褒めてない。それに、短剣をどこに隠した?」
「やだ、それは訊かない約束ですよ」
「約束はしてない」
「えへへ」
「何故照れる」
ユリシーズ様との会話は気楽でいいなあ、なんて考えながら口元を緩ませているわたしに、先輩はやがてため息交じりに言った。
「その短剣は確かに強力だが、実習で油断するなよ?」
「もちろんです! 注意一秒、怪我一生って言いますもんね!」
わたしが顔を上げてそう返すと、ユリシーズ様はそれに頷いて見せたが、すぐにどこか歯切れの悪い様子で言葉を続けた。
「解っているならいいが……それで、お前の目的はこれで済んだな? いい加減……お前、ここにくるのはやめた方がいい。いくら自主学習のためとはいえ……まずいだろう」
「何がですか?」
「お前の婚約者候補の奴に言われたんだが」
「誰!? ウォルター様のことですか!? 候補じゃないし! っていうかいつの間にそんなこと話してたんですか!?」
「早い話、二人きりで研究室にこもるのはお前に悪い噂が出るから、と」
「え? わたしに? ユリシーズ先輩はどうなんです?」
「俺にどんな悪い噂が立つって言うんだ」
「男爵家風情のどこかの馬の骨に騙されたとかうんぬんかんぬん」
確か、ゲームの中での台詞でそんなのがあった気がする。もちろん、噂が立つ相手はユリシーズ様じゃなかったけど。
「いや、俺は呪い持ちだから、お前の方が」
僅かに気まずそうに眉根を寄せたユリシーズ様に、わたしは軽く詰め寄って見せた。
「呪い持ちだからって何ですか!? 先輩の呪いなんか、お父様に比べたら可愛いもんじゃないですか!? っていうかお父様も可愛いですけどね!? 何せ、毛玉ですよ、毛玉! 世が世なら、ヘアドネーションができそうな勢いですよ!? いや、毛皮ができる? いや、猫のおもちゃの毛玉が作り放題じゃないですか?」
「やっぱりお前、変だな? ヘア何とかが何だか解らないが……って言うか近い」
「あ、すみません」
わたしはそこで、慌てて一歩下がった。
そして改めて気が付くのだけれど、ユリシーズ様は恐怖対象じゃないな、ってこと。わたしが男性に対する拒否反応が出ないってことは……お父様枠? いやいやいや、違う違う、そうじゃない。
ユリシーズ様だって、わたしのことを怖がってないっていうことの方が重要じゃない?
友達と認めてもらえたのかな?
だとしたら嬉しいけど。
「まあ、どうでもいいと思いますよ」
わたしは椅子に腰を下ろし、くねくねと尻尾を揺らしているユリシーズ様を見つめた。何か、変なのはユリシーズ様だよね? 最初の頃は表情がほとんど動かなかったし、動いたとしても不機嫌そうなことばっかりだったのに、ここのところ、色々な表情を見せてくれる。
「どうでもいい?」
「はい。わたしは悪い噂が出ても気にしませんし、何度も言ってますが結婚する気は全くないですし」
「そう、か」
ほら、やっぱり歯切れ悪い。
ユリシーズ様がわたしから目をそらして口ごもっている様子が、可愛いというか……あれ?
やっぱりわたしも変だな?
前世では間違いなく、わたしの推しはウォルター様だったけれど今は違う、と気づく。
「……これがいわゆる推し変? 担降り?」
そう呟きながら、猫耳尻尾のユリシーズ様が相手じゃウォルター様も敵わないよなあ、なんて考えたりもする。
そっか。
そうなんだ。
いいじゃないか、推しの相手が変わったとしても。そんなの、普通にあることでしょ?
「正直な話、婚約の話を持ってきたのがユリシーズ先輩だったら受けてたかもしれないですね」
なんて呟いてみたりもする。
「何?」
ぎょっとしたように先輩が聞き返し、わたしはまた小さく笑ってしまう。
「だって可愛いは正義でしょう? その可愛い猫耳は卑怯ですよ、卑怯。撫でたくなりますもん」
「お前……俺がもし、呪いが解けてこの耳と尻尾がなくなったらどうするつもりだ。嫌いになるのか」
「うーん、ならないですね。何でだろう」
わたしは手を軽く振る。「まあ、最悪、コスプレで猫耳をつけてもいいし」
「こす……何?」
「でもなあ、ウォルター様が猫耳つけても可愛くないと思うんですよね。何だろうなあ、これ」
何だかそこで奇妙な空気がわたしたちの間に流れて、少しだけ無言で見つめ合ってしまったけれど、気づかなかったことにしておいた。
その方がいいような気がしたからだ。
そして、その日以降は少しだけユリシーズ様の研究室に寄ることを減らし、お菓子作り研究の時間を確保した。もちろん、実習で役に立ちそうな魔力の底上げ、攻撃や防御の底上げに役に立つお菓子の研究である。
正直なところ、しばらく甘い香りは嗅ぎたくないな、と思うくらいには頑張った。
味見と効果確認は全部、お父様とお兄様に任せた。
その結果。
「こりゃすげえぞ!」
と、肉体強化の効果付きのチェリータルトを食べたお兄様は、中型レベルの白いドラゴンを片手で担いで屋敷に帰ってきた。
「ディアナ、お前の作る菓子は凄いぞ!」
お兄様よりも大きなドラゴンを担いで帰ってきたお父様も褒めてくれた。わたしは嬉しかったけれど、お父様が無造作にドラゴンを庭に放り投げたせいで植木が倒れ、お母様にお父様が叱り飛ばされていたのを見て、ちょっと申し訳ない気分になった。
でもこれで、実習の下準備は万端かな、とも胸を撫でおろす。
そして懸念していた問題。
大型連休が目の前に迫ってきた時、ウォルター様はある日の放課後、わたしに声をかけてきた。
「魔道具屋の話、考えてくれたかな」
なんて、爽やかな笑顔付きで。
でも。
「すみません、ここのところ風邪気味っぽい感じが続いていて、連休は寝て過ごしたいんです」
申し訳ないといった表情を作り、慣れない学園生活で疲れが出たみたいで――なんて言っておくと、そこはそれ、見た目だけは可憐な美少女のわたし、説得力があったらしい。
「お見舞いに行くよ」
と、ウォルター様が眉尻を下げたけれど、わたしは必死に遠慮の言葉を告げた。
体調が万全になったら、こちらから声をかけますから、とか社交辞令を返したんだけど。
「まさか、ユリシーズ先輩はお見舞いに行くの?」
なんて冷えた眼差しで言われるものだからひやりとした。
「そんなわけないですよ。本当に家族以外とは誰とも会う予定はないです」
そうわたしが必死に続けると、どうしてか彼は安堵したように頷いた。
そんな会話があったんだ、と翌日のチーム戦の最中にアリシアとミランダに言うと、アリシアが呆れたような口調で「何だか凄いわね」と言った。
「嫉妬ってやつかしらぁ」
ミランダがくすくす笑いながらわたしの横腹をつついてきたから、そのささやかな攻撃から逃げた。わたしがミランダに文句を言う前に、遠くからミランダに向かって声が飛んできた。
「ごめん、ミラ、ちょっといいかな」
その声の主は以前も見たことがある、ミランダの従兄弟とかいうカーティス・レッドウッド。ミランダは「ちょっとごめんね」と言い残してわたしたちの傍を離れ、彼と一緒に講堂の片隅に歩いていく。
その二人の背中を見送りながら、アリシアが少しだけ顔を顰めていた。
「どうしたんですか?」
そうわたしが彼女に訊くと、アリシアは僅かにハッとしたようにわたしを見て、その直後、苦笑した。
「……最近、ミランダの様子が違う、って思ったのよ」
「違う?」
「ううん、違うと言うか……ミランダの従兄弟の彼と一緒にいることが増えたというか。そういうことなのかしら」
「そういうこと」
「結婚、ってことよ。婚約の話でも進んでるのかと思って。その割には、わたしには何も言ってくれないし。わたし、親友だと思っているのに」
わたしは少しだけ驚いて、改めてミランダとカーティス様に視線を投げた。
確かに近い位置で何か話をしているみたいだけど、婚約とか、色恋沙汰が絡むような雰囲気ではなくて――何か難しい表情で向かい合っているように見えた。
「婚約……ですかね?」
違うんじゃないかなあ、という意味を込めてわたしが首を傾げると、アリシアは少しだけ自己嫌悪に陥ったかのように俯く。
「まあ、話せるときがきたら言ってくれるわよね」
そうアリシアが寂しそうに呟いた時、ちょうど彼らに――ミランダたちに近づいていく人影があることに気づく。
ウィルフレッド殿下だ。
殿下は自分が所属しているチームメイトから離れ、一人でミランダたちに――いや、カーティス様に何か声をかけていた。ミランダは黙って彼らの話を聞いているみたい。その様子が今までのミランダとは違っていて笑顔が全くなく、どこか違和感があった。
その後、少しずつミランダがわたしたちと別行動することが増えた頃、連休に突入したのだ。
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