第21話 お前の魔力量なら
「不可能……」
わたしは一瞬だけぽかんと口を開けたまま固まり、我に返って手元の本を勢いよくめくる。飛ばし読みで内容を確認していくと、だんだん――ヤバそうな内容になってきていた。
「……ええと……人体実験?」
「そうだ」
ユリシーズ様がわたしの声を拾いあげ、静かに続けた。「呪いの解析のために、犯罪者などを被験者として連れてきたらしい。魔力を使わせて体内からほぼ空っぽになった状態で目の前で魔物を殺すと、かなりの確率で魔力の移動が確認されたようだ」
「えええ……」
わたしがドン引きしつつユリシーズ様を見つめると、彼は僅かに眉根を寄せてわたしを見つめている。
「ただ、魔物の魔力が低い場合はこの限りではない。角ウサギやロックウルフなどを殺しても、何の影響もないことが確認されている。魔物でも、強力な魔物ではないといけないんだ。それは人間でも同じで」
「人間でも」
「そう、人間でも」
――は?
と、わたしが禁書とユリシーズ様の顔を交互に見つめていると、彼は困ったように小さく言った。
「ある一定以上の魔力持ちの人間の場合も、同じ事例があったらしい。この場合は人間から人間だから、俺のように外見の変化はなかった。だが、魔力の譲渡を受けた側は、元々の魔力量より多くの魔力量となったことが確認された」
――確認された?
わたしはそこでもう一度禁書に視線を落とし、問題の個所に目を留めた。どうやら、死刑囚たちを実験に使ったということを何の感情も交えずに書いているけれど……。
「これ、人道的にどうなんですかね?」
わたしが引きつった笑みを口元に浮かべつつ呟くと、ユリシーズ様は複雑そうな歯切れの悪い言葉を口にした。
「それは……まあ、仕方ないんだろう。研究のため、という高尚な理由付けがされているんだから」
「えええええ」
テンション低くわたしがため息をつくと、ユリシーズ様が躊躇いがちに続けた。
「お前……ディアナ・クレーデル嬢のことを調べたんだが、今年一番の……いや、例年にないほどの魔力持ちって聞いたんだが。間違いないか?」
「え? ああ、はい。そーみたいですね」
わたしはそこで頷いたけれど、一瞬遅れて厭な予感が襲ってきた。「ええと、それって……」
「お前の魔力量なら、おそらく」
「おそらく」
「命を狙われる可能性もある。相手がこの呪いに関する知識があるとすれば、だが」
「やっぱりぃぃぃ」
わたしはそこで禁書を彼に押し付けて、両手で頭を抱え込んでしまった。彼は反射的に本を受け取ったものの、何かに驚いたように息を呑んだ。それに気づいてわたしは彼に視線を戻したけれど、そこにあったのは困惑したような彼の表情。
何かあったのかとわたしは視線で問いかけたものの、ユリシーズ様はそれには何の反応もせず、ただ短く言うのだ。
「だから気を付けろ。何かあったら、俺を利用してくれていい」
「利用?」
「ああ」
ユリシーズ様は無表情のまま、わたしを見つめている。
「利用って、ええと」
「呪い持ちは嫌われているからな。お前に下心を持って近づいてくる奴がいたら名前を出してくれていいし、呼び出してもらってもいい。俺の父は人間の屑だが、魔法士としては名前が知られているし、侯爵家の権力もそれなりに使える」
「侯爵家」
わたしは色々と情報過多な彼の台詞に固まっていたけれど、やがてぽろっとこんなことを呟いてしまった。
「優しい」
「うるさい」
すぐにそう突っ込まれたものの、僅かに彼の目元が赤くなっていたから照れているのは間違いなかった。
改めて、わたしはユリシーズ様に自己紹介を受けることになった。
ユリシーズ・ヴェスタ。ヴェスタ侯爵家の嫡男であり、一応は跡取り扱いなんだという。しかし、彼の父であるヴェスタ侯爵は婚外子を何人か持っているらしく、もしかしたら跡取りから外されるかもしれないんだとか。外されるだけではなく、一時は遠縁の人間のところに養子に出されるという話もあったようだ。
もちろんそれは、呪い持ちは一般的に忌み嫌われる立場であるという理由。侯爵家の人間として相応しくないと言われてきたらしい。
彼はそれでも、自分の立場を確保すべく幼い頃から勉強を頑張っていて、魔道具作成という分野で頭角を現してきたから、侯爵家の人間として認められている……らしいんだけど。
酷くない?
それでも親なの?
ユリシーズ様はさっき、父親のことを人間の屑と呼んでいたけど、母親はどうしてんの?
たかが呪い持ちくらいでそんな扱いをするとか、おかしすぎるよ?
わたしは苛立ちに身を任せながら、つい色々訊きたくなったけれど、さすがに彼の事情に踏み込みすぎかと我慢した。
でも、どうしても心の中がもやもやして、呪いについての話が終わって図書室から出た後に廊下を歩きながら、わたしは前を歩く彼の背中に向かって言葉を投げた。
「あの、お暇な時に我が家に来てくれませんか? 呪い持ちの父に何か助言をもらえたりしたら嬉しいなあと思うので」
「……助言できるほどのことはないけどな。当然ながら、禁書についての話は学園外では禁止だし」
こちらを振り返らずに応えた彼の声には、確かに困惑の感情が見えた気がする。遠慮とか、警戒とか、色々なもの。黒い尻尾の揺れ方も、少しだけ迷いがあるような感じ。
でも、どうしても彼のことが気になるのだ。
もう少しだけでもいいから、深いところまで話せたら、と思ったから。
「もちろん、話せないことも承知の上です。それに、魔道具制作についても気になりますから。ユリシーズ様は呪いに関わる魔道具も作っているのでは? もしそうなら、それについても話ができたらって思うんですけど」
そう言ったら、彼は短い沈黙の後で「解った」と応えてくれた。
それが嬉しくて、思わず口元を緩ませたわたしだった。
そんな感じで、ユリシーズ様がわたしの屋敷に足を運んでくれたのは、次の週末。学園が休みで、お父様とお兄様が森の巡回に出る前の時間。午前中の早い時間帯に、侯爵家の馬車が我が家へとやってきた。
わたしはお母様に事前に伝えてあったから、身分の高い人を迎え入れる準備を万端に済ませてからのお出迎え。玄関先にはわたしの横にお母様、後ろにはテイラーとリンダ、他にも使用人の人たちが数人。
お母様以外は緊張してたよね。わたしも含めて。
「初めまして、私はユリシーズ・ヴェスタと申します」
制服姿ではない、そしていつもより畏まった口調のユリシーズ様。
紺色の上着、白いシャツ、上着と同じ色のズボン。シンプルだけど仕立てのいい服というのが見てわかる格好で、髪の毛も綺麗にまとめられている。
もう、見事に貴族令息って感じ。こうして見てみると、凄いイケメンなんだなって思うけど。
彼の頭には猫耳がついているし、尻尾も緊張したように揺れている。
可愛い。
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。
「ようこそいらっしゃいました。娘がお世話になっているようで、本当にありがとうございます」
お母様が余所行きの声でそう言って頭を下げ、彼を屋敷の中に迎え入れた。わたしの後ろでリンダがそわそわしている気配がするけれど、話しかけている余裕はない。考えてみれば、わたし、ずっと引きこもりで友達がいない状態だったから、男の子どころか女の子も屋敷に呼んだことがないのだ。どうしたらいいのか解らなくて、とにかく緊張する。
でもとりあえず、お母様と一緒にユリシーズ様を応接間に案内して、そこで待っているはずのお父様に紹介を――と思っていたら。
「おとーさんは許さないからな!」
と、ソファの上でふんぞり返っていた毛玉――お父様が思い切り叫んだのだ。腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、どこか泣きそうな声で。
「うちの可愛いディアナを、どこの馬の骨とも解らん男に渡してたまるものか!」
「……あなた」
お母様が呆れたようにため息をつき、一瞬だけ黙り込んでから叫んだ。「いつかディアナも結婚するのよ!? いい加減に子離れしてちょうだい!」
「厭だ! 認めん! 絶対に認めんのだ!」
駄々っ子のようにソファに座って貧乏ゆすりしている父には威厳なんてものは一ミリもない。
そしてその背後で、壁に寄りかかるように立っていたお兄様が肩を震わせながら笑っていた。
「どうでもいいけど、やるじゃん、ディアナ。交際の挨拶か?」
「ち、違いますよ!?」
わたしはそこで我に返って叫ぶ。「呪いについて話があるって言っておいたじゃないですか! 紹介したい人がいるっていうのはそういうのじゃなくて!」
「まあまあ」
「まあまあじゃないんですよ!」
そしてさらに。
「そうだ、まだ結婚は早い!」
「あなたは黙ってて」
お父様とお母様が言い合っている間に、テイラーがテーブルの上に人数分のお茶を運んできていた。リンダもミリーズで買ってきたらしいラズベリーチーズケーキを並べながら小声で囁いてくる。
「お嬢様、ガンバです」
違うから!
わたしが慌てて首を横に振るも、目の前の状況はすでにカオスなことになっていた。
恐る恐るわたしはユリシーズ様の方に視線を投げたが、そこには途方に暮れて尻尾をぐねぐね揺らしている姿があって。
本当、すみません。
そう言いたくなった。
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