第14話 権力を間違って使えば
「……協力、とは?」
わたしが恐る恐る訊くと、彼は満面の笑みで応える。
「君は知っているかどうか解らないけど、僕の父は王宮魔法士として名前を知られていてね」
――知ってます。ゲームの中の知識だけど。
わたしが目を細めたのをどう感じたのか解らないけれど、彼は満足げに頷いて続ける。
「王宮の書庫にある魔法書などは全部読むことができるんだ」
――あなたのお父様が、ですよね?
「きっとその魔法書の中には、呪いについての書物もあると思うんだよね」
そう言いながらわたしに一歩近づいた彼は、自然とわたしを見下ろすような形になった。
防御壁、張り巡らせたい。怖いから安全な場所に引きこもりたい。そう考えながらも、わたしはじりじりと後ずさる。
「君は呪いを解く方法を探しているんだろう? 協力ができると思うんだよ。僕らのチームに入ってくれればね」
「どうして」
わたしはそこで、少しだけ俯いて続けた。「そこまで、わたしをチームに引き入れようとなさるんですか? わたし、断ってますよね? それなのに、身分が違いすぎるわたしにどうして」
「……さあ? 自分でもよく解らないな」
エリス様はわたしの言葉に少しだけ困惑したように笑みを消し、小首を傾げて見せた。
何それ、解らないって……この流れ、小説とかでよく出てくる『強制力』ってやつですかね? ご都合主義的な展開。ヒロインには無条件で絡みたくなる、メインキャラクターたちってやつ。
――まあ確かに、魅力的な話ではある……と思う。
呪いについての禁書を読むために、ユリシーズ様がわたしのために学園に話をしてくれているけれど、それとは別に王宮に謎を解くための本が存在していたら?
わたしがここで彼の提案を受け入れ、彼らのチームに入ったらそれが読めるとしたら?
そしてその知識を、わたしからユリシーズ様に伝えることもできる。
でも、でも、でも。
「……権力は使うもの、ですよね」
どうしても納得がいかなくて、わたしは苦々しく呟く。
お父さんが言った。正しく使え、って。
エリス様はわたしをチームに引き入れるために、『権力を使った』。さっきの名前も知らないクラスメイトの女の子が脅してきたように、彼も同じように持っている力をわたしに向けたんだ。
でもそれって、本当に正しい?
エリス様にとって正しいのかもしれないけど、わたしから見れば――。
「権力は正しく使えば剣にも盾にもなります」
わたしはそこで、エリス様を正面から見つめ直して続けた。「でも、間違って使えば残るのは自分の持っている剣だけです。盾はなくなるんです。あなたの持つ権力に価値がなくなった瞬間に、逃げていくんじゃないですか? 少なくともわたしは、エイデン様の盾になろうとは思えません」
「は?」
彼はわたしの言葉に鼻白んだように笑みを消した。その彼が何か言うより早く、彼の背後から別の声が飛んできた。
「見かけによらず、意外と辛辣だね」
それはわたしたちの会話を遠くから聞いていたらしいウィルフレッド殿下のもので、仲裁に入ろうとこちらに歩み寄ってくるのが見えた。そして彼の横には不機嫌そうなベアトリス様も。
「エリスがごめん」
ウィルフレッド殿下は僅かに眉尻を情けなく下げ、人好きのする笑みを浮かべる。「彼は少し、強引なところがあるんだ。その性格を治せと何度も言っているんだが、全く駄目でね」
「おーい」
エリス様が殿下に向かって不満げに鼻を鳴らしていると、殿下はさすがに笑みを消して彼を睨みつけた。
「君は父親似だね。特に、似て欲しくない悪いところがよく似ている」
そう言われた瞬間、エリス様の表情が強張った。その理由を、わたしは知っているかもしれない。
ゲームの中でのエリス様も、今の彼とそっくりで最初は凄く厭な感じだった。
チャラチャラした笑顔の裏に潜む、高圧的な態度。
彼のその性格の悪さは父親譲りというか、モラハラ気質の父親の背中を見て育った結果なのだ。彼は顔の良さと生まれの高貴さを鼻にかけていて、ヒロインである『わたし』も男爵家の人間であるというだけで下に見ていた。
ゲーム内の話としては、よくある展開なんだと思うけど――。
エリス様とヒロイン、最初は険悪な二人。
しかし、ヒロインは持ち前の明るい性格で彼の胸の内にぐいぐいと攻め込んでいった。やがてヒロインの目には彼の家庭環境の悪さが映し出され、それを素直に心配して色々関わるようになって。
最初は迷惑そうにしていたエリス様も、いつの間にかヒロインに好意を抱くようになった。その流れで、彼は今までの態度の悪さに気づき、父親そっくりに育ってしまった自分を反省してヒロインに謝罪するのだ。
『ごめん。何度謝っても足りないくらいだけど、これから頑張って挽回するからこれまでの自分を許して欲しい』
って。
その後は、本当に人が変わったように努力家の少年になるわけだ。
でも、そこにたどり着くまでが長い……。
っていうか、わたし、ゲームと同じ道をなぞるなんて面倒だからしたくないし!
わたしが拳を握りしめながら身体を震わせていると、殿下が小さく笑い声を立てた。
「でも正直なところ、このエリスの笑顔に騙されない君が興味深いよ」
「え?」
「普通の女の子だったら、軽く騙されるんだけどね」
笑う殿下の横で、ゆらりと立ち上がるベアトリス様の魔力。ベアトリス様の口元は微笑みの形を作っていたけれど、目は全然笑っていない。それどころか、明らかにわたしを睨んでいるし!
「そのうち、ゆっくり話せるといいね」
「え」
「芯の強い子って魅力的だと思うよ。エリスのことは気にしないで、頑張って」
殿下がそう言いながら、エリス様とベアトリス様を連れて廊下に出て行く。ベアトリス様はずっとわたしを睨みつけたままだったし、エリス様も不機嫌そうだし。
そんな彼らの背中を見送りながら、面倒くさーい! と、心の中で叫んでいたわたし。
だって、こんなことをしている間に、すっかりお昼休みは半分過ぎてしまっている。お腹が空ているのに食欲なんて全くないのは、間違いなく彼らのせいだ。
わたしはアリシアとミランダのところにお弁当を持って走っていき、二人に礼儀も何も忘れて抱き着いて泣き言をこぼしまくったのだ。
二人とも、「何だか大変そうね」とか「別世界だわぁ」とか言ってわたしを慰めてくれたから、気分が少しだけ浮上してご飯を食べ始める。
でも。
お弁当の中に入れてきたレンコン入り鶏つくねにかぶり付いた姿のまま、わたしは厭なことを思い出して固まった。
そういえば、ゲームの中のストーリー展開で。
ウィルフレッド殿下との恋愛ルートに入るきっかけって、わたしがエリス様のアプローチになびかなかったことが彼の興味を引いたからだよね……と思い当たったのだ。
いわゆる、ヒロインは殿下にとって面白い女枠。
さっきの殿下の台詞はゲーム通りの場面ではないけれど、でも。
『君は興味深いね。エリスの誘いを断るなんて面白いよ』
なんて台詞がゲームの中にあったような気が――いやいやいや、ないないない。あったかもしれないけど、さっきのはシチュエーションが違う。ゲームの中ではエリス様がもっとはっきり、わたしに交際を申し込んでいた時のことだった。
でも、背中にぞわぞわした厭な予感を感じながら、わたしはお弁当と一緒に持ってきた焼き菓子――クリームチーズ入りのバナナケーキをアリシアとミランダに差し出しながら叫ぶことになった。
「攻撃魔法が得意なお二人にお願いです! この賄賂でどうか! わたしに攻撃魔法を教えてください! そしてもしも、剣術を教えてくれる女性の先生がいたら紹介をお願いします! そう、ぜひ女性で! 男なんか! 男なんか! 皆、ハゲ散らかしてしまえええええ!」
私怨混じる叫びが中庭に響き渡って多くの生徒たちの視線を奪ったけれど、そんなのどうでもよかった。
「解ったわ、解ったから静かに」
驚いたアリシアが慌ててわたしの口を手で覆い、叫び声をもごもごしたものに変える。それを見たミランダが爆笑しながらベンチの上で悶えているという、カオスな昼休みを過ごした後で。
午後のチーム戦の時間に、わたしはアリシアから手っ取り早く覚えられる『火力強めの』攻撃魔法を教えてもらえることになった。
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