第12話 賄賂のつもりだった
「でも何となく……」
アリシアが困惑したように右手を見つめながら、何か言おうとした瞬間だった。
ばん、という炸裂音と共に男子たちの大きな声が上がった。
辺りにいた他の生徒たちの視線がそちらに向いて、音の中心にいたのがウォルター様だと気づかされる。彼は右手に練習用と思われる剣を持っていたけれど、実際に構えてはおらず、左手を上げて魔法を放った直後のようだ。
それで。
「おい! 角ウサギ相手に何で本気になってんだ!」
「飛ばしすぎだろ、今日は初日だぞ?」
ウォルター様はチームメイトらしき男子たちに呆れたように肩を叩かれていたけれど、どこか茫然と左手を見つめて固まっていた。そして、我に返ったように友人たちの顔を見回して困惑したような声を上げる。
「いつもより火力が出たんだ」
その言葉に、友人たちがそれぞれ笑い声を上げる。
「何言ってんだ。どうせ、いいところ見せようと頑張ったんだろ」
「注目の的だぞ」
なんて会話が聞こえてきていたけれど、そこでウォルター様が周りの視線の多さに気づいて照れたように頭を掻いた。
「確かに不思議よね」
そこでアリシアが首を傾げながら呟いた。「わたしもさっき魔法を使ったとき、いつもより魔力の流れが激しかったのよ。何なのかしら、この場所……講堂が特殊なの? 魔力の増幅装置とか、そんな魔道具があるのかしら」
「んん? そんなのあったかしら」
ミランダは小首を傾げて見せたけれど、わたしはその原因を知っていた。
「あ、それ、パウンドケーキが原因かもしれないです」
「え?」
「何で?」
ちょうどその時、わたしたちは講堂の人の少ない隅へと移動していた。他の生徒たちにスペースを明け渡し、邪魔にならないところで他の人たちの様子を観察するためだ。
誰もわたしたちの会話を気にする人はいないようだし、わたしも気楽に説明することができた。
「ええと、わたしの作ってきたキャラメルパウンドケーキ、食べてもらえました?」
「え、ええ。食べたわ」
「美味しかったわよねぇ」
「それ、実はうちの領地で採れた鈴小麦で作ってるんです」
「鈴小麦」
「鈴小麦ってあの?」
「はい。魔素の含まれる土地で収穫される、魔力を含んだ小麦です」
「ええっ!?」
「うっそぉ。だってアレ、めちゃくちゃ高価なんでしょ!?」
「みたいですね。でも、うちの領地で採れたんで実質無料です」
「無料」
「そんなことある?」
実は、あるんだな、これが。
ここはファンタジー世界である。だから、不思議な植物もたくさん存在する。
その中の一つが鈴小麦。実ると風に揺れて鈴のような軽やかな音をたてるので、鈴小麦と呼ばれているのだけれど、これが凄く高値で取引されているらしい。何しろ、ほとんどの農地では上手く育たないから。
でも、お父様が手に入れた領地は魔物がよく出没する森があるせいか、その近隣の土地も魔力の影響を大きく受けている。魔素と呼ばれる魔力が大地どころか大気すらも埋め尽くし、魔法植物をすくすくと育ててくれる。
その魔法植物の一種、鈴小麦畑はお父様の管理下の森の近くにある。つまり、うちの畑であり、収穫し放題ということなのだ。
そしてそんな魔法植物がお菓子作りに役に立つんじゃないかと遊び――いや、研究し始めたのは何年前のことだったか。
前世の記憶が蘇る前からお菓子作りが趣味だったわたしは、鈴小麦の効能にすぐに気が付いた。でも、普通の小麦と比べて味が微妙なのだ。調味料で誤魔化せば何とか……って感じだろうか。
「鈴小麦で作ったお菓子とかパンは、食べた人の魔力を底上げしてくれる効果があるって有名ですよね。食べる量にもよりますが、大体は食べてから一時間ほどその効果が続きます。でも、出来上がったものは薬臭いというか、変な味になるんですよね。そこを何とかならないかと頑張って作ったのが、今日持ってきたパウンドケーキです。他にもレシピはあるし、将来的にはこれを仕事にできたらなあって思ってます。目指せ、自分のお店!」
二人は茫然とわたしの話を聞いていたけれど、アリシアが我に返って口を開く。
「それは凄いわ。あれだけ美味しいなら普通に売れるし、魔力が含まれているなら――」
「きっとすっごく高く売れるわね!」
ミランダが手を胸の前で組みながら瞳を輝かせている。
うん、わたしもそう思う。
でも。
「まだ、完成したレシピが少ないんです。クッキーとパウンドケーキ、ナッツをたくさん入れたパンくらいですかねえ。もっと色々研究しないと駄目ですね」
わたしが鼻の頭をぽりぽり掻きながら言うと、アリシアが何か考え込みながら小さく唸った。そして、躊躇いがちに口を開く。
「お菓子作りに果物とかお酒とか必要かしら」
「もちろん、必要です。できれば、果実の生る木の苗とか欲しいくらいなんです」
「あら、それなら」
彼女は薄く微笑んで続けた。「わたしの領地は果実農園が多くてね、それを元に作ったお酒も有名なの。後で持ってくるわね」
「え、いいんですか?」
わたしが驚いて彼女を見つめ直すと、アリシアは気まずそうに目を泳がせた。
「何だか、不純な意味に取られたら悲しいけれど、今日のお礼になればって思って」
「不純?」
「だって、そんな希少なお菓子をもらったのだもの、お返ししないと気が済まないのだけど。逆に、こういうことするのってお菓子目当てだって思われるかしらって……」
「あ、それなら御相子です」
わたしは親指を立てて応えた。「わたしも、賄賂のつもりで持ってきたんです、パウンドケーキ」
「賄賂」
「賄賂……?」
アリシアだけじゃなく、ミランダも困惑して声を上げた。
「わたし、友達いなかったから、だから二人にプレゼントして仲良くしてくださいってお願いするつもりで。上手くいったようで何よりです!」
「……ディアナ」
「あなたって」
――変わってる。
――変。
二人が小さく呟いたのは聞こえないことにする。
でも、その後からアリシアもミランダも、何だか気の抜けたような笑い声を上げ始めて。それが消えたと思ったら、さっきよりも気安い様子でアリシアがわたしの肩を叩いた。
「ねえ、夏休みになったらうちの領地に遊びにこない? うちの果樹園を案内するわ」
「え、いいんですか?」
「ええ。気に入ったら苗も持って行って。うちの果樹園の苗はブランド化しているから、信用できる相手にしか売ってないのだけれど、あなたは友達だからいいわよね」
「友達」
わたしはおそらく、目を輝かせただろう。ミランダみたいに可愛らしく胸の前で手を組んで、わたしより身長の高いアリシアを上目遣いで見上げると。
「……あなた、あざといって言われない?」
「はい、どんとこいです」
アリシアが苦笑しながら額を手で押えたけれど、わたしは気にしない。
そして、ミランダが唇を尖らせながら会話に割り込んできた。
「わたしのことも誘ってよね? アリシアのお屋敷でお泊り会しましょ?」
「ええ、もちろんあなたも誘うわよ」
アリシアが優しい笑顔をミランダに向けるのを見て、なるほど、この二人の友達歴は長そうだな、なんて感じてしまった。気安く話せる感じが二人の間に漂っているし。
この辺りもお泊り会で聞けたらいいなあ。
「そう言えば」
そこでミランダがうふふ、と笑いながらわたしを見た。
「何でしょう?」
「ディアナって前に、Sクラスになったのは間違いとか言ってたわよね?」
「はい」
「きっとそれ、間違いじゃないと思うわ。だって、こんなとんでもないお菓子を作れる子が只者ではないことくらい、一目瞭然だもの」
「そうよね」
アリシアも彼女の言葉に頷いた。「でも、あなたのお菓子を頼りにしすぎるのも問題だと思うわ。肉体強化の魔法は許可されているし、チーム戦の前に食べるのも問題ではないと思うけど――実力以上の能力で戦っても後で苦労するから、差し入れは控え気味でお願いね」
「そうよね」
ミランダは、がっかりしたような表情をしたわたしを慰めるように、優しく手を握ってきた。「控え気味、だからね? 困ったらよろしくね?」
「あ、はい」
嬉しい。役に立てるってありがたい。
「ちょっと! ミランダ!?」
「聞こえない聞こえなーい」
そんな感じで講堂の片隅でおしゃべりしていると、僅かなざわめきと共に誰かが入り口から入ってきた。何となく見なくても解ってしまうのだけれど。
ウィルフレッド殿下たちである。殿下とエリス様、ベアトリス様。そして、チームメンバーなのか、Sクラスで見た顔がいくつかその後に続いた。
何となく彼らに見つかると面倒なことになる気がして、わたしはそこでアリシアたちと別れて講堂から抜け出すことにした。もうチーム戦は終わったし、次の講義の時間までは時間があるから図書室とかに行ってみようかと考えたのだ。呪いについての本があるかもしれないし。
そして、そのまま午後の時間は平和に過ぎていき――。
「何でまた来た」
わたしは放課後、猫の人に会いに行ったのだった。
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