第11話 初めてのチーム戦

「わ、わたしは、ディアナ・クレーデルと申します……うう」

 彼から何とかリボンを受け取ったけれど、緊張で手が震えている。それから、気を抜くと頭が真っ白になってしまう。せっかく推しに会えたのなら、もうちょっとマシなことを言えたら……と思うのに、あたしの頭はポンコツだ。これ以上言葉が見つからない。


 ウォルター・ファインズ様がわたしの推しになったきっかけというのは、ちょっと不純ないきさつがある。

 それは。

 わたしが憧れていた、サッカー部の先輩に彼が似ていたから。


 桐山秀人先輩。ちょっと明るめの茶髪で、日に焼けた肌と精悍な印象のスポーツマン。いつも真面目に練習していて、試合があると必ず活躍してくれる頼りがいのある選手だった。

 わたしが先輩のことをいいなあ、と思ったのは、ある夏の日。夕立でびしゃびしゃになった校庭で、サッカー部の他の仲間たちと水たまりで走り回って遊んでいるのを見たのがきっかけ。身体を動かすのが好きだと全身で表現している彼と、そしてその仲間たちが、子犬がじゃれ合ってるみたいで可愛かった。

 でも、試合ではすっごく格好がいい。そのギャップにやられたよね。

 爽やか系イケメンだったから、他の女の子たちにも人気があって、バレンタインが近づいたらそわそわし出す女子の多かったことと言ったら。

 まあ、わたしもそうなんだけどね。


 そんな中で、遊んでいたゲームの中で顔立ちとか、笑顔が似てるなあ、なんて思えるキャラがいたら入れ込むのは当然という感じ。

 ウォルター様は伯爵家の次男で、一歳違いの優秀な兄がいる。二人とも、王宮騎士団に入ることを目指しているのだけれど、ウォルター様はお兄さんより魔力が少なく、剣技でそれを補おうと幼少の頃から頑張っているんだ。

 ただ、その優秀な兄を知ってる上級生から、魔力量の少なさを見抜かれてウォルター様は軽視されていた。

 ウォルター様はそれを気にすることもなく騎士団へ入るために剣術の訓練をしていたんだけど、いつだったか上級生から嫌味ったらしく言われるんだよね。

「魔法が使えないと、戦闘の時に不利になるって解るか? 足手まといになるってわけだ。例えば、お前みたいなやつがな」

 って。

 まあ、その上級生は彼のお兄さんとは別のチームで成績を競っていたけど、剣の腕どころか魔法の腕でも敵わなくて腐っていて、ウォルター様に絡むことでその憂さ晴らしをしていたみたい。チームは同学年で結成するのがルールだったから、普通だったら学年が下のウォルター様に絡むなんてあり得ない。

 でも、学年が下だからこそ、『俺様の方が強い』って大きな顔ができて嬉しかったんだろうね。

 うん、人間の器が小さい。

 お兄さんの方に絡みなさいよ! 何なのそれ、小学生をいじめる中学生みたいなノリじゃないの!


 ヒロインはゲームの中で、ウォルター様と出会ってから彼の状況に気づいて義憤に駆られていた。だから、チーム戦でいい成績が出せずにいたウォルター様と色々会話しているうちに、同じチームに所属して頑張る――みたいな流れになってたんだよね。


 でも。

 今のわたしは多分、ゲーム通りには動けない。

 そう思い当たったら、浮足立っていた心がちょっとだけ冷え、やっとわたしの頭が回転し始める。


「その、ありがとうございます。ええと、お礼と言っては何ですけど、もしよかったら」

 と、そこでわたしは表情を引き締めて、多めに作ってきたパウンドケーキの小さな包みを彼に渡す。

 すると、彼の目が僅かに見開かれて、照れたように目元と口元を緩めて「ありがとう」と受け取ってくれた。

 それが何だか可愛く感じて、『尊い』と心臓が震えてしまった。何だか急に、ここにきて自分がゲームの世界に転生して、ストーリーをなぞっているような気がしてきた。

 他のキャラクターたちにときめかないから余計にだけど、ウォルター様にどきどきしてしまうのだ。

 しかし、そこから彼が提案してきたことに驚いてしまった。


「実は、僕は入るチームを探していて。もし可能なら、一緒にやれないだろうかと」

「え」

「えっ」

 アリシアとミランダも驚いたように小さく声を上げているのを聞きながら、わたしは慌てて首を横に振った。

「あの、せっかくですがわたし、女の子たちだけでチームを組もうと話をしてまして」

 そう言いながら、いつの間にかベンチから立ち上がっていたミランダの腕に自分の腕を絡めて引きつった笑みを浮かべる。横でミランダが「でもぉ」と何か言いたげなのを、必死に目くばせで押しとどめながらさらに言い重ねた。

「わたし、その、男性に慣れてなくて。慣れていないというか、ちょっと厭な思いをしたから遠ざかっていたいというか。すみません、せっかく誘っていただいたのに」

 ぺこぺこと頭を下げながら、残念そうに眉根を下げたウォルター様の表情を見ていると罪悪感が芽生えたけれど。

「仕方ないかな」

 と、彼が応えてくれたから安堵の息を吐くことができた。

 彼はそこでわたしたちから離れて校舎の方へ歩いていったけれど、別れ際、微笑みながらわたしに言ったのだ。

「でもまた、話しかけてもいいかな? 暇な時でいいから」

 って。


 ――おおう。

 わたしは曖昧に笑いながら頷き、この場に残されたミランダとアリシアに後で揶揄われることになったけれど、ちょっとだけもやもやした思いも抱えていた。

 こうして推しに会えたことは嬉しかったし、何とかもっと話したいとも思う。

 それでもやっぱり、背中にぞくぞくしたものが走るのは避けられない。

 それが前世で凄く好きだったキャラクターであるウォルター様であったとしても、だ。

 彼も男性であるわけで、男性であるがゆえにわたしは無条件に彼を警戒してしまう。怖いと感じてしまう。


 ――うう、泣きたい。


「いつでもチームは抜けていいからね」

 午後一番、アリシアはそう言った。

 その時、講堂に多くの生徒が集まっていてそれぞれチームメンバーで賑やかに会話していたから、わたしたちが何をしゃべっているのかなんて周りには聞こえなかっただろう。

 チーム戦を始めるのは簡単だ。

 広すぎる講堂の好きな場所に立って、魔力を放つと目の前にチーム戦開始のための魔法陣が現れる。それで、挑戦できる魔物を選んでチャレンジするだけだ。

「抜けないですよう」

 わたしは必死に首を横に振りながらも、初めて参加するチーム戦の魔法陣に視線は釘付けである。そこに表示されている魔物は、まだ一体だけ。ステータスがレベル1と頭上に表示された、角ウサギである。

 角ウサギというのは、大型犬くらいの真っ白なウサギなのだけれど、額に鋭くて長い角を生やした魔物だ。森に住んでいて攻撃力も防御力も低いけれど、とにかく気性が荒い。人間を見るとダンダンと足を踏み鳴らして威嚇し、まっすぐに突進してくる。

 まあ、こちらは横に逃げれば回避完了。

 誰もが知っている弱い魔物であるから、まずは小手調べということなんだろう。

 新入生たちは全員、今日は角ウサギと戦うことになった。


 だがもちろん、本物の角ウサギが我々の前に出てくるのではなく、この学園の講師たちが造り出したホログラムみたいな感じ。

 これを、生徒たちは魔法や剣を使って倒すことになる。その情報は魔法によって収集され、チームの成績に反映されるというわけだ。


 早速、わたしたちの目の前に現われた角ウサギは、僅かにその身体が透き通っていた。そして、わたしたちにだけ鋭く光る赤い目を向けた角ウサギが突進してきて、アリシアが攻撃魔法を一発放って終了。

 ぷぎゅう、なんて変な声を上げて角ウサギはひっくり返り、そのまま消えてしまった。


 そして、わたしたちの目の前に小さなスクリーンが浮かび上がる。

『レベル1:角ウサギ討伐完了』

 という文字と、チームメンバー全員にポイントが加点される。攻撃に加わっていないミランダやわたしの名前の横にも、100ポイントの加点。そして、攻撃したアリシアにはさらにもう100ポイント。

『レベル2の魔物が解放されました』

 そんな文章も続き、次にチャレンジできる魔物の姿も小さく浮かび上がった。見た目は銀色の狼みたいな魔物で、名前はロックウルフと表示されている。攻撃されるとその部分が石の鎧に覆われるので、かなり火力のある攻撃を当てないといけないやつ。

 鋭い牙と金色の瞳の、ちょっと格好いい感じの魔物だけど、角ウサギは討伐するとその肉が美味しいからよく売れるのに対して、ロックウルフは肉が匂いがきついし硬すぎて全く売れないという残念な魔物だ。

 お兄様が確か言ってた。

「マジですげえ不味い。煮ても焼いても喰えないってのはアレのことだ」

 って。

 それより、何でも食べようとするお兄様を尊敬する。雑食か。


「何もせずに終わりましたね……」

 わたしは頭を掻きながらそう言うと、ミランダがくすくす笑いながら首を横に振る。

「あの程度で数人がかりで戦ってたら終わりでしょ。ほら、他のチームもどこも同じみたいよ」

 言われて辺りを見回してみると、他のチームも瞬殺で角ウサギ討伐をクリアして、あまりにも簡単すぎて拍子抜けしている様子が見て取れた。

 そしてそんな中、遠くにウォルター様の姿もあった。

 彼はその時、数人の男子生徒と会話していたけれど、わたしたちの視線に気づいたのか口元に笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。

「あらぁ」

 ミランダが意味深に笑いながら口元を手で覆い、アリシアが少しだけ真面目な表情でこう言った。

「もしかして、恋が始まる予感かと思ったのだけれど」

「いえいえいえいえいえ」

 わたしは素早く右手をぱたぱた振りながら、ウォルター様が他の男子たちに揶揄われているような様子を見て、急に恥ずかしさを感じてしまった。

 いや、本当にないよね?

 ウォルター様とお近づきになれたのは嬉しいけど、できれば遠くで見つめていたいだけなの。

 推しは遠くから愛でるもの。それが推し活なんだからね!

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