第9話 掲示板の前で
「チームメンバー?」
早々に屋敷に逃げ帰ったわたしは、お父様と一緒に帰ってきたお兄様に訊いたのだ。チームのメンバーはどうやって集めるのか、と。
学園をこの春に卒業したお兄様は、お父様と一緒に領地の見回りをして、魔物を討伐しまくっている。お兄様の座右の銘は『攻撃は最大の防御なり』だから、多少の怪我は気にせず敵を倒す。
そのため、わたしは呆れつつもお兄様の怪我を治療魔法で治しながらの会話である。
「そうです。どうやって募集すれば、強い女の子たちが集まるチームに入れるでしょうか?」
「強いかどうかは別としてだ」
お兄様は怪我の治った腕をぐるぐると回しながら、こう言った。「そりゃアレだろ、学園の広場にある掲示板だろ」
「掲示板?」
「そう。おそらく、本気でチームメンバーを集めようとしているやつは、入学式初日には募集を出してるはずだ。出遅れたらやる気のないやつばかり残るしな、急げよ」
「なるほど……」
メンバーを集めるのは友人や同じクラスの人間に声をかけるか、見知らぬ誰かを募集するかに別れるらしいけど、ぼんやりしていると優秀な人間が集まるチームは定員になってしまうことが多いらしい。
その辺りはゲームと設定が同じで、チームメンバーの上限は十人だ。
大体は、攻撃役、防御役、治療役、戦術役……などとメンバーの役割は別れる。誰もが得意な分野は違うから、バランスよくメンバーが集まれば実技試験などは安泰だろう。
わたしは防御と治療で活躍できるけれど、攻撃魔法はダメダメだ。誰か得意な女の子がいたら、そのチームに混ざりたい。
よし、明日はちょっと早めに登園して掲示板をチェックしよう、と拳を握りしめていると、お兄様がそんなわたしをじっと観察しながら訊いてきた。
「お前、大丈夫だったのか」
「え?」
「変な男に目をつけられたりしなかったか?」
「もちろん目をつけられました」
「もちろん!?」
「ちょっと待ちなさい、ディアナ、お父さんに話してみなさい!」
何故かその会話の中に、耳を澄ませてこちらの話を聞いていたらしいお父様も顔色を変えて割り込んできた。
「でも大丈夫です、絶対に逃げてみせます。防御魔法と逃げ足の速さには自信があります」
「本当に大丈夫なのかよ……」
お兄様が頭痛でも覚えたかのように額に手を置きながら言って、お父様はもさもさの毛の奥に輝く瞳に心配そうな色を浮かべて続けた。
「変な男はいないのかい? ディアナを守ってくれそうな、信用できそうな男は……いや、女の子でもいいか……?」
「うーん……、信用はできるかどうか解らないですが、一人だけ気になる人がいます」
「それは男か」
お父様が詰め寄るようにわたしの目の前に身を屈めてきたけれど、わたしは思わず首を傾げてしまった。
「どちらかというと猫です」
「猫」
「猫!?」
お兄様もお父様と並んで首を傾げている。
この辺りは、詳しく説明するべきかと悩んだのだけれど。
ユリシーズ・ヴェスタ様のことはまだよく解らない。彼は呪いを受けていて、それを解除するために研究をしているらしいということがわたしが得ている情報の全て。
彼がどこまで研究を進めているのかも解らない状態で、お父様に『呪いを解けるかもしれません』なんて言えない。
それに、彼の見た目は猫の獣人だから男性への恐怖感は薄れているとはいえ、やっぱり彼も男性であることには変わらない。できれば彼と一緒に呪いについての研究をしたいとは思うけど――本当に怖心を克服できるのか。それが重要なのだけれど……うん、それについてはゆっくり考えよう。
――やっぱりまずは、それ以外の問題を解決しなければ。
わたしはそう結論を出して、目の前の二人にへらりと笑いかけた。やっぱりお父様もお兄様も微妙に不安そうな雰囲気だった。
さて。
その翌日、登園二日目。
わたしは小さな馬車をロータリーに停めてもらって、勢いよく扉を開けた。授業が始まるよりもずっと早く到着しているから、中庭にいる生徒たちの姿は少ない。
とはいえ、わたしの目的地である広場にはそれなりに人影が見られた。やはり皆、考えることは同じなのだろう。
広場の片隅に、大きな掲示板がある。その掲示板は魔道具の一種で、掲示板と言うより巨大なスクリーンと言った方が正しいのかもしれない。
その巨大なスクリーンに映し出される内容は、色々なお知らせが定期的に切り替わっていくようだ。その中に、自分の気になる記事があったら生徒それぞれが手を上げる。そうすると、その内容が自分の目の前にだけクローズアップされて表示される。
わたしも、新入生のチームに関する記事が見つかったので、他の生徒と同じように手を上げた。
すると、瞬時に目の前に現在募集しているチームの内容がずらりと並べられた。チームリーダーの名前、その顔写真みたいなもの、どんなメンバーを募集しているのか、という内容。
おおう。
これはなかなかの量だな、と思った。
これを全部見て、声をかけないといけないのか……なんてちょっとだけ遠い目をしていると、ちょうど近くにいた女の子たちが会話しているのが聞こえてきた。
「アリシア、どう? 誰かいい子見つかったぁ?」
「昨日の今日じゃ無理ね。まあ、こういうのは運だから」
「確かにそうねえ。でも、募集多すぎるわ。これじゃアリシアが募集した内容も見逃されそうじゃない?」
「まあ、そうなったら仕方ないでしょう。同じBクラスで気になる子がいたら、声をかけてみましょうか」
――なるほど。
わたしはこっそりと彼女たちの様子を観察した。
二人の女の子が会話をしていて、彼女たちはどうやらBクラスにいるらしい。アリシアと呼ばれていた子は、少しだけ癖っ毛の金髪の子で、背が高くすらりとした体型をした勝気そうな横顔が印象的だった。どことなくボーイッシュな雰囲気の女の子で、女の子に人気が出そうだな、と勝手な妄想が膨らむ。
その隣にいる子は、身長はわたしと同じくらいだと思う。そして、わたしよりもさらにふわふわした感じの栗毛の美少女で、たのんびりした口調が印象的。僅かなたれ目と、長い睫毛。赤くてふっくらした唇が凄く女の子らしくて、きっと男の子にモテるタイプ。
他の生徒たちは彼女たちの会話に気を留めている様子はなく、それぞれ掲示板に釘付けだ。
そんな中、二人の会話は続いている。
「でもアリシア、男の子が募集に目を留めてきたらどうするの? 受け入れる?」
「それは駄目よ。わたしもミランダも婚約者いないじゃない。下手に男性と仲良くなると、後々面倒なことになるわ」
「うーん、そうかもしれないけどぉ」
「何なのミランダ、あなたは男性のメンバーも受け入れた方がいいって思っているの?」
「ううん。ただ、メンバーが集まらなかったら、最悪そういうこともあるのかなって。やっぱり、成績は上げないと駄目じゃない?」
「でも、やっぱり男の子はトラブルのもとになるかもしれないから、受け入れられない。今は女の子で探しましょう。男子を受け入れるのは最終手段ということにして」
――よし。
とりあえず、これも何かの縁だ。
悩んでいる余裕はない。正直、わたしは女の子たちのチームであれば誰でもいいのだ。
「あの、チームメンバーを募集されてるんですか?」
わたしは二人に近づいて声をかけた。
「え?」
二人は急に声をかけられて驚いたようであったけれど、わたしを見てそれぞれ笑ってくれた。アリシアという子は穏やかに、そしてミランダという子は華やかな笑顔で。
「そうよ。あなたは入るチームを探しているの?」
アリシアは素早くわたしの姿を上から下まで確認した。「魔力の制御が上手そうね」
「そうでしょうか」
わたしは思わず頭を掻きつつ微笑み、急いで自己アピールを始めた。「わたし、治療魔法と防御魔法が得意です。でも、攻撃とかが全くダメダメで」
「あらぁ、いいじゃない」
ミランダが可愛らしく両手を合わせ、小首を傾げる。「わたしたちは攻撃魔法が得意だけど、それ以外はまだ習得していないし」
「そうね……」
アリシアは慎重な性格らしく、しばらく考え込んでいたけれど、やがて小さく頷いて見せた。「声をかけてくれたのも縁だもの、一緒にやりましょうか。ええと、ごめんなさい。あなたの顔を見たことがないから、同じクラスでないのは解るのだけれど……」
「ええと、はい」
わたしはそこで、ちょっとだけ緊張しながら言った。「不本意ながら、わたしはその……Sクラスで」
「S」
「S……?」
「あ! あの、でも! 違うんですよ!? 絶対、何かの間違いでSクラスになっただけなんです。そんな上のクラスに入れるはずがないんです。絶対すぐに、下のクラスに落ちるのは間違いなくて! ええと、ええと」
明らかに目の前の二人は委縮したようだった。だって、さっきまでの笑顔が消えてしまっている。彼女たちが「どうする?」と言いたげにこっそりと顔を見合わせているのも解ってしまって、わたしは必死に続けた。
「だってわたし、確かに貴族の端くれというか、男爵家の人間ですけど、元々は由緒正しき平民の血筋ですから!」
「え、ええ……、そうなの」
アリシアはそこで、少しだけ安堵したように息を吐いた。「あなたがあまりにも身分が高い人だったら、ちょっと……と考えたものだから」
「解ります! でもご安心を!」
ちょっとだけ、アリシアの視線に可哀そうなものを見るような光が灯ったのが気になったけれど、最終的に彼女たちはわたしをチームメンバーに受け入れてくれた。
二人とも自己紹介をしてくれたから、子爵家の人間であることが解った。次からは彼女たちの名前をアリシア・グレース様、ミランダ・レッドウッド様、と呼ばねば。
うん、とりあえず権力者にはひれ伏すのがわたしの性格である。
何はともあれ、チームが決まったのならこれで一安心。これでわたしも他のチームに誘われることもなくなるだろう。
そう考えながら、わたしはSクラスに足を向けた。
とうとう今日から授業が始まるんだから、気合を入れねば――とSクラスの扉の前に立った瞬間。
「おはよう、ディアナ嬢。昨日は凄い逃げ足を見せてくれたね」
何の気配もなく、わたしの背後――それもすぐ近くの位置で聞きたくない声が響いて、飛び上がることになる。
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