第6話 起こせ、ブラコン疑惑!

「わ、わたしはその、極度の人見知りで!」

 おろおろしながらわたしは言葉を探したものの、目の前の防御壁を彼がノックするように叩いてくると腰が引けてしまう。男性に対してへっぴり腰になることには自信がある、そんなわたし、ディアナ・クレーデル十五歳。

「まずは、これを解除してくれないかな?」

 そんなわたしを追い詰めるように微笑むエリス様も十五歳。

 目の前の美少年十五歳はとてもその年齢には見えないほど腹黒い笑みを浮かべていて、いっそのことこのまま気を失って見せようかとも考えた。っていうか気絶しよう、そうしよう。

 しかし。


「エリス。いい加減にしないか」

 彼の背後から、今度はウィルフレッド殿下が困ったように眉根を下げて登場した。その途端、わたしたちの周りにざわめきが広がる。また悪目立ちをしている。これは気を失ってはいられない。

「すまない、クレーデル男爵令嬢」

 ウィルフレッド殿下は、エリス様の前に出て申し訳なさそうに目を細めた。エリス様を自分の後ろに下がらせて、わたしから距離を取らせてくれるのはありがたかったけれど。


「実はもう少し時間をかけて勧誘するつもりだったんだけど、私の幼馴染は強引でね。君を怖がらせてしまったらしい」

 殿下はそう言いながら、少しだけ感心したようにわたしの造り出した魔法の防御壁を見つめて小さく唸っている。

「……勧誘?」

 わたしがじりじりと後ずさりながらそう呟くと、彼はそこで輝くような満面の笑みでこう続けた。

「そう。私たちと同じチームに君を勧誘しようと思ったんだよ」


 ざわり。

 さらに辺りに響いたどよめき。

 あああ、やっぱり気絶したい。まだ間に合う、虚弱体質の振りをしてこの場に倒れこもう。

 そう頭のどこかで考えたが、やっぱり状況がそれを許してくれない。


「殿下。それはどういうことですの?」

 わたしたちの周りを取り囲む人垣をまるでモーゼのごとく割って出現したのは、炎のような髪のベアトリス様。もう、髪の色だけで怒りのオーラを放っているような気すらするよね。微笑んでいるのにその双眸は冷ややかだし。

 その視線はわたしだけではなく、ウィルフレッド殿下にも向けられる。

「彼女は男爵家の人間ですわね? 殿下のチームに勧誘する理由はございますか?」

「ああ、もちろん」

 殿下は一瞬だけベアトリス様を複雑そうに見つめたが、すぐに悠然と微笑んで続けた。「彼女の父、クレーデル男爵は魔物討伐の腕は一流でね、どんな魔物でも彼だけは殺せないという噂まで出ている。その男爵の息子、つまりディアナ嬢の兄も素晴らしい手練れだと聞くよ。そして、そんな彼らの中で育てられたディアナ嬢は、治療魔法と防御魔法はもうすでに魔法士並みだとも」

「……彼女が?」

 胡乱そうにわたしを見たベアトリス様の瞳はさらに冷えて、まるでナイフのようにわたしに突き刺さる。

 無理無理無理無理、わたしはただの一般人です!

「う、噂はただの噂でして……」

 わたしが口を開きかけたが、エリス様が頭を掻きながら台詞をかぶせてきた。

「噂が事実なら、絶対に僕たちのチームに欲しいと思うんだよね。ウィル……殿下と僕、ベアトリス嬢と同じチームに引き込んだら、かなり強くなれるだろうね。だって僕ら、全員が攻撃魔法くらいしかまともに習得してないからね、学園の在籍中にいい成績を残すなら防御魔法に特化した人間が必要だよ」


 なるほど!

 ここで出た、チーム戦!

 ゲームではよくあるシステムだった。ユーザー同士で勧誘し合って、ギルドみたいなのを立ち上げるんだよね。で、それぞれのチームでイベントランキングを競うわけだけど、この世界では成績を競うということか!

 そして、殿下たちはわたしをチームに引き入れようとしている!?

 なんてはた迷惑な!

 わたしはこの世界で、仲の良い女の子たちだけでチームを作ってのんびりまったり遊ぶつもりだったのに!


「……確かに、殿下がチームリーダー、エリス様がサブリーダーになると聞いていましたが」

 ベアトリス様が眉間に皺を寄せてそう言うと、エリス様がにこりと微笑んだ。

「そう。ベアトリス嬢も重要な戦力としてチームメンバーに誘うけどね、やっぱりそれだけじゃどうにもならないでしょ?」

「そんな!」

「いいからいいから」

 エリス様は意味深に肩を竦めて見せてから、またわたしに向き直った。「で、話を戻すけどさ? 僕らのチームに入ってくれないかな? こう言っては何だけど、僕は公爵家の人間だし、男爵家の人間である君ならこの話が悪いことではないって気づくよね? 何かあったら守ってあげられるし、で、そのうち僕とも仲良くなってくれると嬉しいんだけど」

「はい?」

「ああ、受け入れてくれてありがとう」

「いや、今のはそういう『はい』ではなくて!」

「そういう慌てているところも可愛いけど、できれば笑って受け入れてくれると嬉しいんだけど」


 これは駄目なやつだー!

 わたしは思わずもう一度、防御魔法を放ちそうになってしまった。

 だって、エリス様が誰が見ても綺麗な顔立ちをしていて、そして身分が高い。そんな人からチームに誘われた上に、微妙に口説いているような台詞を投げられている現状。わたしたちの周りには多くの新入生がいて、その中には間違いなく身分の高い男性に取り入ろうとしている女の子たちが少なからずいるわけだ。

 その結果。


 見事なまでの針のむしろである!

 突き刺さる視線の圧は、わたしを押しつぶそうとしているだけではなく、どんどん攻撃的なまでに鋭くなっていて――。

 何だか剣山に突き立てられる切り花の気持ちすら解ってしまうかのようだ!


 いやいやいや、このままでは駄目ー! 本当に自分の立場がまずいことになる!

 どうやって逃げるか? 敵を作らずに平穏に卒業まで乗り切るか!?


「ええと、ええと」

 ぐるぐる目が回りそうなほど必死に考え、唸り、防御壁の中で小さくなりながらひらめいたわたしはこう叫んだ。「わたし、わたしは駄目なんです! 理想の男性像があって! ええと、やっぱりお父様と……」

 そこで、エリス様が「お父様?」と面白そうに吹き出したことに気づく。

 その反応から、エリス様がお父様についての情報を得ているのは間違いない。呪いを受けて毛玉になっているお父様を考えれば、エリス様という優良物件を拒否する理由にするのは弱いのかもしれない。

 だったらお兄様を巻き込んでしまえ!

 そう、お兄様は正確に難はあるけれど、見た目だけなら凄く格好いい部類に入るのだ!


「最低でも、お兄様より格好よくて、お兄様より強くないと受け入れられないんです! わたしの理想はお兄様なんですぅぅぅ!」

 両手を胸の前で組んでそう叫ぶと、エリス様の表情に苦々し気な色が浮かんだ。

「お兄様、ねえ」

「なるほど」

 ウィルフレッド殿下もそれに頷き、少しだけ苦笑して見せる。「それは強敵だろうね。ディアナ嬢の兄上と言えば、この学園でも有名だ。ドラゴン殺しのイグナーツ・クレーデル。在学中に実技試験のために森に入ったら、そこで出たサラマンダーをたった一人で殺したとかいう逸話を持つ人だよね」

「そ、そうです」


 ……うん、その話は聞いている。

 お父様もそれを聞いて驚いていた。「魔法学園が実技試験に入る森はそんな危険なものが出る場所ではない!」と叫んで、お母様に「驚くのはそこではないでしょう?」と肩を叩かれていたけれど、実際にお兄様がやったことはとんでもないことだったらしい。

 普通、サラマンダーやワイバーン、ヒュドラなどが出た場合、王宮騎士団に援護を頼むほどの事態なのだそうで。

 その後、お兄様は王宮騎士団に入団しないかと声がかかっていたことも聞いている。まだお兄様は悩んでいるみたいだけど、そのうち、騎士団の制服に身を包んだお兄様を見ることができるのかもしれない。


「お兄様の制服姿、格好いいだろうなあ……」

 と、思わず呟いてから、ハッと我に返ってわたしは殿下たちに視線を向けた。何だかそこで、殿下の視線が少しだけ可哀そうなものを見る目つきになっていたのが気になるけれど、これはチャンスであると思った。

「そうなのです、わたしの理想はお兄様! お兄様以上の男性ではないと受け入れられません! それに、頼りがいのある年上じゃないと駄目なんですぅぅぅう!」


「……」

「……へえ」


 凄い沈黙が辺りに響いた後の、呆れたようなエリス様の声。

 勝った、と思った。


 周りから受ける視線も、敵意じゃなくて憐れみを含んだものに変わっていたし、間違いなくわたしという存在が『ブラコンの残念な女』扱いになったのが解ったのだ。

 無用な敵などいらない。わたしはただ、平穏に学園生活を送りたいだけなのだ!


「早く、教室に移動してください」

 そこに、この騒ぎに気付いたらしい女性の先生が声をかけてきて、ぞろぞろと人の波が流れ出すと、残されたのはわたしと殿下、エリス様とベアトリス様。

 他にも遠巻きにこちらを見ている人たちも残っていたけれど、随分と静かになっている。

 そこでわたしは、声をかけてきた先生に向かって防御壁の中で手を上げた。

「あの、すみません!」

「え? 一体それは」

 先生が鋭い視線でわたしの足元に広がる魔法陣を観察し、何か言葉を続ける前にこう言った。

「あの、わたしがSクラスというのは間違いだと思うんです! BクラスとかCクラスとか、その辺りだと思うんですが確認をしてください!」

「それは担任の先生に言ってください。早く移動を」


 で。

 あっさりわたしの懇願は聞き流され、わたしは不承不承という文字を顔に書いているだろう表情で歩き始めることになった。

 しかも、背後からベアトリス様の「どうも気に入らないですわね……」なんて低い声を聞いてしまったものだから、余計に気分が沈み込んでいく。

 気の置けない女友達って、どうやって作るんだっけ……。

 なんてことを考えながら、曖昧にしか思い出せない前世の記憶に思いを馳せた。

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