第5話 落ち込むばかりの入学式

「……落ち込んでる場合じゃないわ」

 わたしはしばらく地面を見下ろしたまましゃがみ込んでいたけれど、何とか気を取り直して立ち上がる。

 辺りを見回してみると、多少こちらに視線を向けている生徒たちの姿はあったものの、すぐに彼らは学園内に歩いていく。わたしもそれに遅れるわけにはいかない。何しろ、今日は入学式。

 そうだ、入学式。

 新しい生活の始まりなのだ。

 とりあえず、できる範囲で学園生活を楽しまなくちゃ損である。


 考えてみよう。前世を思い出したわたしから見れば、エーデルシュタイン魔法学園というのは正に憧れの場所でもある。

 ゲームの中でしか見られなかった光景が目の前にある。大きな校舎はまるで映画のセットのように豪奢な雰囲気があるし、中庭にある噴水は魔法がかけられているのか吹き出している水が定期的に不思議な形に変わる。美しい女性の姿だったり、巨大な魚、ドラゴン、馬といった生き物へ。

 学園の本館となる建物の横には、巨大なドーム状の建物。それはゲームの中でも何度も目にした建物で、チーム戦の会場となった場所でもある。

「凄い。東京ドームよりも大きいのかな」

 ついそんな言葉が口からこぼれてしまうのは仕方ない。

 そしてまた視線を別の場所に向ければ、そこには生徒たちが暮らす三階建ての宿舎。さらに、宿舎に入寮しない人たちが馬車で登園するため、たくさんの馬車が入っていくロータリーと待機するための建物もある。

「何だ、そこまで入ってもよかったのね」

 わたしも屋敷からここまで馬車でやってきたけど、学園の前で降りてしまった。「じゃあ、次からはそこまでお願いしようかな。外で待たせるのは気が引けるし……」

 と呟きつつ、次々にロータリーに入ってくる大きな馬車を見て感嘆の声を上げた。

 皆、名のある貴族の一員なのか、凄い馬車である。二頭立ての馬車がほとんどだけど、中には四頭立ての巨大な馬車もあった。

 てわたしが登園で使った馬車は一頭の馬が引いている小さなものだから、この差は――アレだ、大型トラックと軽自動車くらいのイメージである。

 事故を起こさないように気を付けないと危険だなあ、小さい馬車なんて簡単に壊れちゃうし……と思いながらまた他のところに視線を移す。


 校舎の隣にあるガラス張りの大きな建物には、色々な売店が入っているようで日用品や食品、薬局らしき店も見えた。宿舎に入る生徒たちが多いから、外出せずにこの中で生活が完結するようにあらゆるものが揃っているんだろう。

 これはちょっとしたアミューズメントパークではなかろうか。

 買い物ができる場所に居心地のよい空間。綺麗に手入れされた木々、植物園や巨大な時計塔、生徒たちが歓談できるようにテーブルや椅子も中庭には並んでいるのだ。


 男性は怖いけど、この学園で生活できるなら毎日が楽しいだろう、と自分に言い聞かせてわたしは歩きだす。

 皆が向かっている先は、さっき見た大きなドーム――講堂である。どうやらそこで入学式が行われるらしく、教師らしい男性や女性が入り口に立って皆を案内している。

 わたしもできるだけ女生徒たちの間に挟まるようにして歩きながら、講堂の入り口で名簿と名前のチェックを受けた。二十代前半らしい女性の教師から、入学の資料やら色々な冊子を受け取って講堂に足を踏み入れると、さらにわたしは口をぽかんと開けて辺りを、そして遠い天井を見渡すことになった。


 おいでませ、ファンタジー世界!

 こんな映画、観たことある!

 そんな感動を覚えつつ、宙を舞うランプ、キラキラ輝く羽根を持った小さな妖精、空を泳ぐ細長い魚を見つめるわたし。

 浮かんでいる彼らもこの学園で働いているのか、言葉は話さないものの、新入生を講堂の中に並んだ椅子に案内してくれる。わたしも可愛らしい妖精に促されて、椅子に座ることになった。


 そこで安堵したのは、やっぱりコレ。

 前後左右に座ったのが女の子たちでよかったということ。

 もしも男の子がいたら自分の身体の周りに防御壁を魔法で作ってるところだった。


 そうしているうちに、入学式は何の問題もなく開始した。

 学園長の挨拶、エーデルシュタイン魔法学園の理念や授業の説明。

 さらには講堂内の開けたスペースで、在校生の魔法や剣術の実技を見ることになったのだけれど、それらの全てが興味深くて、あっという間に時間が過ぎた。


「それではクラス分けの案内です!」

 入学式が終わると、女性の先生が右手を高く上げて皆に説明してくれた。彼女の右手から放たれた魔法が、空中に巨大なスクリーンを作り出す。そしてそこには、ずらりと並んだ生徒の名前。

 まず生徒は魔法科か魔法騎士科に割り振られるが、わたしの名前は『魔法科』の中にあった。

 そしてそこから、在籍するクラスがS、A、B、C、D、Eに分けられる。これは入学前に行われた筆記、実技試験から決められるもので、早い話が成績順というわけ。


 わたしはそれほど真面目に入学試験を受けなかったから、絶対に上位には食い込まないのが解っていた。だから運が良ければBクラスに入れる程度かなあと思っていたのに――ゲームの中では頑張っていたせいか確かAクラスだった――、何故かそこには名前がなくて。


「どうして?」

 わたしはぎょっとして目を見開いた。

 だって、自分の――ディアナ・クレーデルの名前がSクラスにあったからだ。


 Sクラスというのは、優秀な成績もそうだけど血筋も重要となる。何しろ、王家の血筋を引く人間や、それに近い公爵家の人間は間違いなくそのクラスになるのだから、能力の低い生徒は絶対に入れないクラスでもある。

 当然ながら、さっき運悪く接触してしまったウィルフレッド・ホワイトフィールド殿下、チャラ男のエリス・エイデン、殿下の婚約者のベアトリス・ルーシェの名前もあった。


 関わりたくない。本当に関わりたくない。

 ゲームのストーリーモードは進めていたけれど、そのどれもが恋愛色が強かった。婚約者のいる王子殿下との秘められた恋とか(厭だ)、チャラ男がだんだんヒロインに興味を惹かれ、最終的には本気の恋になるとか(絶対に厭だ)、他にも騎士科の人や上級生や気難しい先生などと仲良くなったり(無理無理無理無理かたつむり)、色々あったけど、それらの全部がわたしには荷が勝ちすぎる!

 大体、男爵家の人間がSクラスとか、絶対に他の生徒たちに反感を買うに決まってるじゃん!

 何でわたしがSクラスに? 逃げたいと考えていたから神様の意思で無理やりルートを変えられたとか!?


 なるほど、これがヒロイン補正か。そうかそうか。

 んなもん、どこかにほっとけー!


 わたしは少しの間、白く燃え尽きていたに違いない。ハッと我に返ると、スクリーンの中に浮かび上がっている文字は別のものになっていた。

 二つの科に別れたあとは、選択で学科を選んでいくことになるのだけれど、それらがずらりと並んでいた。

 基本魔法科、攻撃魔法科、防御魔法科、治療魔法科、召喚魔法科、幻術魔法科、魔法生物科、魔法薬科、付与魔法科、剣術科、弓術科、他にも色々。


 そうか。

 確かにわたしは魔法科のSクラスになってしまったけれど、受ける授業が変われば殿下たちと関わることもなくなるはずだ。

 よし、これは観察せねば。そして絶対に同じ授業を取らない!

 しかし。

 人気の攻撃魔法科やら治療魔法科、召喚魔法科などは被る可能性が高い。


 でも。


 攻撃魔法科、取りたいんだよなあ!

 召喚魔法科もそうだし、魔法生物科も付与魔法科も被りそうだけど、やっぱり興味あるし。

 人気のなさそうな絵画魔法科やら音楽魔法科とかには全く興味がないから行きたくない。

 あ。でも!

 魔法薬科と調理魔法科は絶対に選択したい! 魔法薬科はともかく、調理魔法科は男性は興味を持たないだろうし、決定!


 そんなことを考えて一人で悶絶している間に、気が付いたら講堂での説明は全部終わってしまって、これからクラスに移動する流れになっていた。

 あああ、移動か……とわたしがため息をこぼした瞬間、背後に気配を感じた。

「やあ、さっきの子だね。一緒に行こうか?」

 と、軽いノリの男性の声がかかって、わたしは「ぴっ」と変な声を上げた後、咄嗟に防御魔法でわたしの身体の周りに防御壁を巡らせていた。

 キーン、という微かな魔力の振動音と共に、青白い魔方陣が足元に広がって、まるで卵の殻のようにわたしを包んだ防御壁は、周りにいた生徒たちにもよく見えたのだろう。

「何あれ」

「びっくりした」

 なんて声が小さく響くのと同時に、わたしの声をかけてきたエリス・エイデン様が困ったように微笑んでわたしを見下ろして言った。輝く銀髪、煌めく歯。その整った顔立ちに普通だったら女の子は顔を赤く染めるんだろうけど、絶対にわたしは青ざめてるはずだ。

「何だかちょっと、ショックなんだけど」

 そう彼は不満そうに僅かに目を細めていて。


 ――わたしはもっとびっくりしたわ、もおおおお!


 そう叫びそうになりつつ、わたしは防御壁の中で勢いよく頭を下げていた。

「も、も、申し訳ございませんっ!」

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