九 健一の苦難


 芳子は恥ずかしそうに、真っ赤な顔をした。そんなことを話しているうちに手術室のランプが消えて、手術が終わったことを告げた。扉が開いて、小百合が出てきた。

「大丈夫かい、小百合!」みんなで声をかけた。手術を執刀した先生が出てきて、

「大丈夫座ですよ。手術は成功しました」

と言った。経験豊富な先生みたいだった。

「良かった、良かった」全員が胸を撫で下ろした。ストレッチャーに乗ったまま小百合の部屋に戻り、ベットに移した。看護師さんがら小百合には酸素吸入器を着けた。

「今日一日は着けていてください」そう言うと看護師さんは部屋を出ていった、小百合はまだ麻酔が効いているようで、眠ったままだった。「小百合! 小百合、良かった」健一はベッドの脇に座って、右手を両手で優しく包んだ。小百合の手術が成功に終わったのが確認できたので、健一は小百合の両親に向かって、

「先ほどの話ですが、暫く私に考えさせて貰えませんか。時間を下さい」そう言うと健一は病院を出て、車で何時もの場所に向かった。何時もの場所とは、A県は日本海に面していて、日本海のよく見える崖上で適当な大きさの岩に一人座り、なにか悩みが出たり、人生の岐路なんかにぶつかった時等、海を見つめたり、空を眺めたりして、考えをまとめる癖が付いていた。政治の道を選択するのか? といった場合もそうだった。遠くを走る船は何処に行くのかな。とか飛行機が飛んでいると、何処に行く飛行機なのかな~などと考え、また、荒々しい日本海の豪快さを見入ったりして、悩みをここで考え耽っていた。


 --難問だな~、どうすればいいのだろう小百合が駄目だから、妹で換わりは出来ませんかなんて言われても、犬や猫と違うんだからそんなことは出来ないよな。いくら小百合の願いだと言ってもな。卑怯なみたいだけど、どうせ芳子ちゃんは大学を卒業するまで後二年は掛かるのだから。しかも、小百合の手術は成功したのだから、結論を出すまで二年の猶予を貰うようにするか--


 等と自分でも中途半端な答えだなと考えながら、海を見ていた。海はいいな~、大きな海原を見ていると、心が洗われるようで健一は日がな一日眺め続けていたこともあった。そうしているうちに日も暮れてきたので、帰ろうかと思い。家に車を走らせた。家に戻ると両親とも既に帰ってきていて、

「何処にいっていたんだ。健一!」と父親が俺を見ていった。

「小百合さんが麻酔から覚めたとき、痛かったんだろう顔をしかめて下半身を暫く押さえていたよ。目ではお前を探していたようだが、いないと解って、悲しそうな目をしていたよ。小百合さんの母親が背中やお腹の辺りをさすってやっていた」

「しょうがないだろ! 俺もこれからの事を熟慮しなくてはいけなかったんだから。それに自分がやらなきゃならない仕事もたまっているんだから」健一は少しイライラした調子でいった。

「もう父さんも。母さんも毎日見舞いに行くことはないよ。手術は成功したのだから。後は術後の観察やリハビリをやって、様子を見ながら退院の日を待つだけだから」



 確かに健一はたまっている自分の仕事をするため、暫く見舞いには行けなかった。


 三、四日ぶりに。健一は小百合の見舞いに出掛けた。病室に入ろうとすると、看護師さんから注意を浮けた。

「すみません。今から雪村さんは術後の付け替えかをいたしますので。少し入室は待ってください」と言われ、廊下の窓から外を見て付け替えが終わるのを待っていた。そうしたら小百合のお母さんが出てきて、

「健一さん、何時もすみません。今付け替えをやってまして、看護師さんの話ではもうすぐ針がとれるらしいわ、あっ、針というのは今は糸で縫ったりしなくて、何て言うかホッチキスみたいなので傷口を止めるらしくて、その針の事ですからね。それから何日かしたら、寝たきりなので足の筋や筋肉が固くなって、立ち上がることも出来ませんので、リハビリテーションをやらなくてはいけないらしいわ。それはそれとして、実は小百合の様子がおかしいんですよ。痛みがなくなってからは何時もボーッとして精神的におかしくなってきてるんですよ。先生にそっと相談したら、先生は”手術は成功したし術後の経過も良好なので、やはりショックによるノイローゼから来ているかも知れませんね。つまり鬱状態なのかもしれませんね。しかし、若い女性があんな病気に掛かったのですから

、しかも婚約までしていたらしいですね。そんな状態になるのも仕方ないかも知れませんね“って言うんだよ。あまりにも酷くなったら一度精神科で受診を受けることを勧めますだってさ。私の方がおかしくなりそうだわ」

看護師さんが部屋から出てきたので、私たちは部屋に入っていった。確かに小百合を見ると、痩せて何だか異様な雰囲気が感じられた。スマートフォンに電話が掛かってきたので、再度廊下に出て、誰だよと思いながらスマートフォンをポケットから出すと、今野代議士からだっチッと舌打ちをしながら電話に出ると、

「おぅ、健一くんか? 作野会長から話を聞いたのだが、君はわしの申し出を断る気だって!」とダミ声が大きくなった。

「はい。そのつもりです」と答えると、

「なんだと~ 健一! わしの申し出を断るだと! のぼせるなよ~、後で後悔しても知らんぞ、解ったな❗」とダミ声がわめいて、電話を切った。しょうがねぇな! と思いながら健一もスマートフォンをポケットに納めた。

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