八 手術待合室にて


 今日は、小百合の手術が行われる日だ。朝から健一親子も県立病院まで出掛けた。504号室に入ると、もう既に小百合の両親と妹の芳子の三人が来ていた。お互い軽く挨拶を買わすと健一はベッドのそばまで近づいた。小百合は眠たそうな目をしていたが、緊張しているのが解った。

「小百合!」と小さな声をかけると、両手で白い頬を軽く挟むと軽いキスをした。

「健一さん」と力無く甘えた声で言った。

「頑張るんだよ。気を強くもってね❗」

小百合は軽く頷いた。仕方ないよな。大手術が待っているんだから。手術の時間は十時かららしい。


 健一はベッドを離れると窓際に異動してそとの景色を眺めた。今日はいい天気だった。同じくそとを見ていた芳子の肩を軽く抱くと、芳子はドキリ! とした。胸がキュンとなり健一の横顔を見た。 

「あ、あの~お父さんからの話しは聞かれましたか?」

「え、芳子ちゃんのお父さんから?」

芳子はモジモジしていたが、軽く頷いた。

「あぁ、うちの親父に夜電話がかかってきて、長い間話していたよ」

「健一さんは、その話を聞きました?」

「あぁ、聞いたよ。小百合との婚約は白紙にして欲しいってことだろ。小百合がそう言ったんだって!」

「あの~-そこまでですか? その後は聞いていないのですか?」

「あぁ、それだけだよ。まだ何かあったの?」

「いえ、別にそれだったらいいんです」と言って、黙ってしまった。



「一寸部屋の空気を変えようか?」そっと窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。

「そんなに寒くないよね」と芳子に同意を求めた。もうすぐ桜の満開の季節が来る。最近はずいぶん暖かくなってきた。

「あの~・・・健一さんは私の事は嫌いですか?」芳子が消え入りそうな声で聞いてきた。「えっ、勿論好きだよ。なんたって小百合の妹だもんな。可愛くて好きだよ」

「あ~~そう言う意味ではなくて、一人の女として私の事愛せますか? 勿論私は愛してます。」潤んだ目をして健一を見つめてきた。

「どういう事かな?」健一は面食らった。ジット芳子の方を見て、首をかしげた。


「すみません。いきなり、後でまたお父さんから話があるかと思います」芳子はそう言って目を伏せた。一人っ子として育ってきた健一には女心は解らず、鈍感だったので芳子の言いたいことまでは理解できなかった。そっと窓を閉めた健一は小百合のベッドの脇に座り、ジット小百合の顔を見続けていた。


 --小百合! お前本当に俺との結婚は辞めるつもりなのか?--


 心の中で呟いた。そうしているうちに、手術の時間となったらしい、ストレッチャーを押して、二、三人の看護士が部屋に入ってきた。ベッドからストレッチャーに小百合を移しかえると、押して部屋を出ていった。小百合の両親や芳子ちゃん健一の両親と六人も看護師の後を付いていった。手術室は三階にあり、小百合だけ手術室に運ばれて入っていくと、健一たちは家族控え室の中に入っていった。みんなが各々に適当に椅子に座って手術が終わるのを待った。何となく息苦しい雰囲気になり、時間が立つのが遅く感じた。

 そうしていると、雪村のお父さんが健一に歩み寄ってきて、

「健一くん、一寸話があるんだけど・・・君のお父さんには昨日電話で話したんだけど」

「あぁ、小百合との結婚の事でしょうか?」

「そうなんだ。結局こんなことになってしまい、君にはすまんと思っている」

「いえ。病気の事ですからね。これは誰のせいでもありませんよ」

「まあ、そう言って貰えると有り難いが、病気が病気だけに小百合はすっかり弱気になってしまって。解らんでもないけどな。もう健一くんとの婚約は解消して欲しいって言ってるんだ」

「それは本当に小百合の本心なのでしょうか?」

「勿論、本気だよ。健一君の子供も産めない身体じゃあ結婚できないと言ってるんだ。それに例えば手術に成功しても、定期的に通院をしてがん治療を続けなければならないから、健一君のお世話なんてなにも出来ないと言っているんだ」雪村のお父さんは、ハンカチで目頭を押さえながら言った。

「だから健一君、小百合の気持を酌んで結婚は諦めて欲しいんだ」

「それが本当に小百合の意思なんでしょうか」

「いや、それだけじゃない。まだあるんだ。本当に言いにくい、小百合の願いなんだが…」顔を赤らめ、勝手な言い分だと言うように。その二人の様子を見た、健一の父親も近寄ってきて

「私にも聞かせてください。健一の気持を知りたい」と二人の向かいの席に座った。

「どんなことでしょう? その際何でも言ってください」

「小百合が言うにはね、私はもう健一君と結婚できないと、でも何時かは結婚するんでしょうから、私の全く知らない人と結婚して欲しくないの。って言うんだ。だから芳子と結婚してくれないかな。あの子も健一さんの事を好きなのよ。私は前から知っていた。芳子だったら私と血の繋がりもあるし、嬉しいわ。って言うんだよ」

「えっ、何ですって! 芳子ちゃんと。そんなこと本当に言ったんですか? 信じられない。そんなことあって良いのですかね? それで部屋にいたとき、あんなことを言っていたのか。勿論芳子ちゃんも好きだけどそれは小百合のいもうとだったからで。それにまだ大学生じゃないですか」健一はとても信じられないと言った顔をした。

「それで、肝心の芳子ちゃんは何て言ってるのですか?」三人で。芳子を見た。

「嬉しいんだってよ」小百合の父親が言った。

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