七 それぞれの思考
検査が終わり、生田先生から説明があった後、五階の部屋に戻る途中、
「看護師さん、お願いです。みんなも五階に着いたら面会会談室に集まってよ」小百合が言った。そしてその部屋には家族の全員四人がが集まった。そして小百合が口火を切り、今後の事についてみんなに懇願した。家族全員で話し合ったが、小百合の決心は固かった。
「そうか、お前の気持ちはよく解った。佐藤さんにも話を伝えておくよ。それがいいかもな」
と両親も納得したようだった。そして小百合の部屋にみんなで戻った。
小百合は眠れなかった。それは当たり前の事である。衝撃的な検査結果を聞かされた夜だから。
--私はもう女じゃなくなるのね。何で私にこんな過酷な運命を与えたの? 教えてください神様! 私が何か悪いことでもしたの? あの人の子供が生みたかった。結婚式まで後わずかだったと言うのに。うっ、うっ、うっ、頭がおかしくなりそうだ。もう私の将来は無くなったのね。健一さん、健一さん、健一さん! 逢いたい--
小百合の頭の中には、健一と始めて出会った時の事が走馬灯のように流れていった。今日も眠れそうもなかった。流れた涙が枕を濡らし嗚咽が止まらなかった。しかし、流石に疲れたのだろう今夜は短い夢を見た。それは、
--自分の横には健一がいて、チャペルで二人は結婚式を挙げていた。讃美歌の流れるなか二人は腕を組んで、神父の前で並んでたっていた。神父が永遠の誓いをと言ったとき、健一さんは逃げ出して消えてしまった。小百合一人が取り残されたチャペルの中で呆然と健一の消えた後を眺めていた。どうしたの? 何処へ行くの? 健一さん!――
涙が頬を伝って落ちた。
そんな夢だった。この夢を見てからである。小百合の神経が弱まってきた。正に。うつ症状の始まりだった。
# # # # #
健一たちは、父親が夕方見まいに来たのを機に実家へと病院を後にした。三人とも疲れていたが、風呂に入り終わると、家に電話が掛かってきた。母が電話に出ると、
「お父さん、雪村さんのお父さんから電話よ!」と母親は父親に受話器を渡した。
「はい、はい、そうですが。はぁー、そうなんですか、解りました」と長電話をしていたが。ようやく電話を切った。
夕食を三人で採った。あまり食欲はなかったが、父親が家族の会話の口火を切った。
「健一、お前どうするつもりだ?」
「どうするって、結婚の事かよ」
「そうだよ」
「勿論、結婚式は予定どおりやるよ」
「しかし、健一。一寸事情が変わってきたじゃないか。小百合さんはもう子供を産めない身体になるのだよ」
「そんなこと解ってるさ! それでも俺は小百合が好きなんだ。第一子供のいない夫婦なんていくらでもいるんじゃない」
「いや、それだけじゃないさ。弱いからだになってしまうと言うことさ。お前が苦労するかもしれないんだぞ! 何年生きられるかも解らないし。それにな、だいたい結婚を白紙にして欲しいと、言い出したのは雪村さんの両親からなんだ。小百合さんもいれて三人で話し合った結果らしい。小百合さんもそう願っていると言うことだ」母親も一緒に頷いていた。
「そうなんだよ。健一。そうした方がお互いのためじゃないのかい」そう付け加えた。健一は何も答えられなかった。普通に考えればそうかもしれない。ただ、それが一般的な親の考えだろうとも思う。あんまり自分の考えだけで事を進めることは、小百合にも良くないことかもしれない。無理をして一緒になっても、お互いが気をつかい会い、お互いがダメになるかも知れない。でも、でも、俺は小百合を愛している。一時的になるかも知れないけれど、小百合と一緒に暮らしたい。俺のわがままなのだろうか?
また、俺は今野代議士の勧めを断わるから、私設秘書は辞めなければならないだろう。そうすると俺は無職となり、職探しから始めなければならない。二人で暮らしていけるのか? 自問自答を繰り返す健一。幸せって何だろう? 健康に生きていくことなのか? 愛だけではお腹は膨らまない。あぁ、どうすればいいのだろう。小百合・・・お前はそれでいいのか? 後悔はしないのか? 今は解らない。もう一度…一から考えてみよう。そう考えながらに健一は自分の部屋に戻り、ベッドに身体を預けた。もう一度…上京して今野代議士の事務所に行って、辞職願を届けておかなくてはならないな。
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