五 病院にて


 朝から県立病院には沢山の患者さんが来ていた。正面玄関で、後援会長と一緒になってお互いに軽い挨拶を交わした。三人は揃って小百合の病室である504号室に向かった。部屋に入ると、小百合の両親と妹の芳子がもう既に来ていた。お互いに挨拶を交わしベッドに目を向けた。小百合は目を瞑って寝ていた。健一は直ぐに枕元にかけより、小百合の白い右手のひらをグッと握りしめ、

「小百合❗」と言って握った手の力を強くした。何だか少し痩せたように感じ、涙が溢れて小百合の顔が滲んでみえた。妹も、

「お姉ちゃん❗ 健一さんが来てくれたわよ」と言って軽く小百合の身体を揺すった。小百合は軽く目を開けた。

「健一さん❗ どうしてもッと早く来てくれなかったの。寂しくて、寂しくて堪らなかったわ」と両目は堰を切ったように涙が溢れてぐしょぐしょになった。お互いが両手をきつく握りしめた。そして厚いキスを交わした。それにつられて妹の芳子もハンカチガびしょびしょになる程涙が流れた。

「雪村さん、大変なこととなりましたな」

と雪村両親に作野後援会長が声をかけた。

「いや、何せ私と健一君は、今野代議士の東京事務所まで呼ばれていましてな、やっと昨日の夜に着いたばかりのものだから、来るのが送れてしまった。すまなかったな」

「いえいえ、とんでもありません。忙しいなか見舞に来て貰って恐縮しています」と小百合の父は頭を深く下げた。

「今日精密検査をするので、病状がよく解ると思います」

「大したことがないといいがな!」

「はい、それに期待しております」父親の肩を落とした姿は直視出来ないほどだった。



 そうしていると、看護師が車椅子を運んで入室してきた。

「雪村小百合さん、検診の時間になりましたので迎えに参りました。この車椅子に乗り換えてください」そう言われて、小百合はベッドから降りると、車椅子に座った。看護師さんは小百合の顔をタオルで拭うと、車を押して部屋を出ていった。一階まで降りると、婦人科の生田先生の診察室に入った、

「おはようございます! 早速ですが昨日と同じように隣のベットに寝てください」と言われ看護師さんが車を押して隣のベットまで連れていってくれた。生田先生は、慎重にスコープなどを使い診察を始めた。何分立ったろうか。

「はい、もう起きてもいいですよ。じゃあ看護師さん! 次はCTをお願いね!」そう言われた看護師さんは、

「じゃあ、CTをとりに移動しますから」車を押してエレベーターで二階へ向かった。二階には色々な検査室があり、CT検査室の前まで行くと、「御願いします」と言って、六番のドアの入り口まで押していった。暫く待つと、

「どうぞ、お入りください」

そう言われて、中に入ると、大きなトンネルに感じたが、あの中を通るのだろうなと思っていると、看護師さんが手のひらの甲に点滴を打った。

「心配いりません、ただの造影剤です」と説明を浮け。CTのベットに横たわると、大きな筒が身体を包んでいくように感じた。点滴はしたままである。一旦とり終えると、

「はい、ご苦労様」と隣の部屋で操作していた技師が言った。看護師も部屋にはいってきて、小百合を車椅子にのせると病室へと向かった。

「あと、昼からMRIの撮影がありますからね」

その閒中小百合は不安で一杯になっていた。



 検査を待っている閒、健一やみんなは椅子に腰掛けてボーッとしていた。健一は会長に近づくと、

「会長、一寸下まで一緒できませんか」

「あぁ、行こうか。何か話があるんだろう」健一は軽く頷くと、一緒に部屋を出ていった。一階に降りると、二人は待合室の角にある自動販売機で各々コーヒーを買い待合室の隅っこにならんで座って、小さな声で話し始めた。健一が、

「会長! 今野代議士の話しはどう思います」

「そうだな、息子可愛さの苦肉の策じゃないのか? それだけ健一君を頼りにしているのじゃないのかな」

「そうでしょうか? 私も最近よく思うのですが、最近の政治って二世議員ばかりじゃないですか。最近の政治っておかしいと感じますよ」

「そうだな~、今の政界は金にまみれてるし、モラルの低下も嘆かわしいね」

「私が政治を目指したのは、そんな世界じゃない。霞が関の官僚共もそうだな。だんだん政治家の色に染まって腐っている」

「それが現実だな! 金、金、金、だよ。全く腐ってるよ! 実を言うと俺自体も嫌気がさしているんだよ。だからこそ君みたいな青年が必要とされるんだよ! しかし、あのバカ息子を国会議員にしようなんて、いくらなんでも図々しいよな」

「だから俺は、先生の話しは断ろうかと思っているんですが」

「そうか、それは君の一生の事だからな。自分で決めた道を進むのが一番だろうな。でもあの話を断ると言うことは、健一君! 先生からは縁を切られるだろうな」

「それは、覚悟の上です」

「そうか、そこまで腹を決めているのなら私は何も言わないよ。でも政治への熱い熱意は忘れて欲しくないな」

「有り難うございます」と頭を下げた。

「しかし、両親にもしっかり相談した後で決心してもいいのじゃないか」

「はい、解っています」しかし、会長は不安げな顔をしていた。

「まさかと思うが、小百合さんの事でそう考え出したんじゃないだろうね」

「いえ、違います。小百合の事はどうなっても変わらないはずです」

「そうか、解った。後悔はしないよな」と二人立ち上がって、五階の小百合の部屋に戻った。

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