猫と見る夢

 小さい頃のわたしの友達。

「ねえねえ、あなたはだあれ?」


 いろんなとこに行った。

「今日はあそこに行きたいな。ついてきてくれる?」


 私の、たった一人の親友へ



 沢山のことで遊んだ。

 集合場所は、最初に出会った公園。

 初めてした遠出は、四つ隣の町。ここよりもずっと人がいて、お店があった。でも、私は都会より田舎の方が好きみたい。国道の方にあるパン屋さんと公園に行こうとして、雨が降って来ちゃったんだ。貴女は濡れるのが大嫌いだから、二人で慌てて高架橋の下に逃げ込んだ。でも、少し雨漏りしてたな。傘とかっぱを持ってた私を、貴女は少し恨めしそうに見てたよね。



「そんな顔で睨まれてもなぁ」

「にゃー……」

「だって天気予報でやってたんだもん。それに、あなたの大きさの、傘もかっぱもないし」

 あ、諦めた。フイッと顔を背けて、少し雨脚が弱まった空を眺めに行ってしまう。流石に悪いことをしたかもしれない。

「ねえ、こっち来てよ」

「……」

 うわぁ、明らかに不機嫌だ。表情豊かな方ではないはずだけど、この顔は誰が見てもわかるでしょ。


 ぴちゃん、ぽちゃんと雨が落ちる音がする。濡れるのが嫌いなあなたは、仕方ないからと言わんばかりの態度でこちらにやってくる。地面に置いてやった傘の下で、律儀にちょこんと座る。



『あ、雨上がったね』

『にゃ』

 どのくらいそこにいたんだろう。気がつけば、雲の隙間から光が差していた。高架橋の柱と柱の間に、交互に光が重なる。柔らかな日差しの色でいっぱいになったそこで、私と貴女は笑った。



 わたしとちがって、あなたはご飯を自分で食べなきゃ死んじゃう。少し不便だなと思う。


 夜中にね、とこっそり約束して、わたしは家に帰った。でも、変な感じだ。何年も家に帰っていないような気がする。毎日家のドアをくぐるのに、毎日そんな気がする。

 その違和感が好きじゃなくて、辛くなるから。わたしは、すぐに家を飛び出してしまう。


「こんな遅くに出かけるのは初めてだね」

「にゃー?」

 あなたはあんまり分かってなさそう。今夜行くのは、今まで行った中で一番遠い場所。前の四つ隣の町よりも先。たくさんのビルが並ぶ、ホンモノの都会。だいぶ背も伸びたんだから、そのくらい遠くに行ってもきっと怒られない。

「楽しみだね」

「んにゃ」



 初めて行った都会は、夜だからキラキラと輝いていた。二人で並んで歩く街は、人が少し多すぎた。私は人だから普通だけど、貴女はだいぶ浮いてた気がする。そんな中で見つけたビルの外階段は、静かで素敵な森への入り口に見えたのを、よく覚えてる。

『この階段、立ち入り禁止とは書いてないね。行けるのかな』

『にゃー?』



 わたしが悩んでいると、あなたはサッと進んでしまう。金属の階段が、テンッと軽い音を立てる。

 あなたはわたしみたいに悩むことがあんまりなくて、いつも前に進む。そんなあなたが、わたしは大好き。

「あとどれくらいかなあ」

「にゃ」

 あなたは全然大変じゃなさそう。わたしばっかりも悔しいから、少し走ってみる。すると、そこがラストスパートだったみたいで、目の前の階段がとぎれる。

 そこは屋上だった。学校よりもうんと高い。周りはキラキラしていて、同じくらい高い建物が影になっている。

 あなたの髭と、わたしの腰のリボンが風でゆるりと揺れる。

「んにゃっ!」

「あ!待って待って」

 ひょいと柵に乗ってしまったあなたを真似て、わたしもその上を歩く。誰もいないこんな場所に、二人きり。なんだかたのしくて、少し前を歩くあなたの背を見ながら笑ってしまう。



 春夏秋冬も、朝昼夜も。

 貴女は私と居てくれた。猫の友達は良かったのか、今になって心配になる。私はもう、親と同じくらい背が高くなった。同い年の子は、今年でこの街を出て行った。皆んな働きに行くらしい。あのキラキラした都会に通うのかな。


 貴女が居てくれたから、私は毎日楽しかった。



「ねえ、貴女はこれで良かったの……?」

 だから、不安になる。人とばかり居た貴女のことが。人の私よりも早く、貴女は老いてしまった。昨日、貴女は公園に来なかった。

 予感があった。

 貴女は、もう居ないんじゃないかって。

 私は貴女の名前を知らない。だから呼ぶこともできなかった。ただ探して、探して。


 ようやく見つけた貴女は、その身体に魂を持っていなかった。




 小さい頃、遊んでくれる女の子が大好きだった。

 でも、その子はネコとは友達になれても人とは友達になれなかったみたいで、だからわたしは一緒にいたいと思った。


 でも、それなのに。


 怖かった。あの子の家に行ったら、家の前に赤い光が停まっていた。夜なのにすごい音がして、驚いて逃げ出した。


 次の日。わたしが会いに行くとその子は、身体を持っていなかった。


 ネコの勘、なのかもしれない。


 あの子は多分死んじゃったんだ。でも分からなくて、いつも通りに帰ってきちゃったんだ。多分、昨日の怖い夜は、苦しかっただろう夜は、覚えていないんだ。


 その日も、わたしはあの子と遊んだ。



 ねぇ、先に置いて行ってごめんね。一緒にいたいよ。でも、あなたもきっと、分かってるんじゃないかな。だってほら、こちらを見てくれたもん。


 泣き出したあの子に抱きしめられながら、私はにゃーと鳴いた。あの子には、これで伝わる。

 あの子も、言葉を返してくれる。


 ——ねえ

 ——こんどは、どこに行きたい?——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る