一回目の入院

 実のところ、その日のことは良く思い出せない。

 ひょっとするとその日は手続きのみで、一度家に帰った可能性もある。

 思い出してみると入院した時にはしっかりと身の回りのものを持ち込んでいたので、一度家に帰った可能性が高い。

 だが……。

 どうしても赤十字病院で診察されたことや、入院手続きのことが曖昧だ。どんなに頭を絞ってもその日の記憶が欠落している。

 まあ、それはそれ。水頭症になると色々不便だよ、ということを強調するために書きたかった。

 なにしろ記憶が残っていないのだ。

 ある意味、記憶喪失と同じくらいに始末が悪い。


 ともかく、3月13日(これを思い出すのは大変だった)から僕はみなと赤十字病院、脳神経外科6A−15の入院患者になっていた。

 6Aは脳神経外科病棟なので、周囲の患者さんたちはみんな脳神経関係に何らかの障害を抱えている。

 水頭症の人もいたし、それ以外の何が原因で入院しているのか判然としない人もいた。

 病室は広い。

 通常だったら六人くらいは楽に収容できそうなところにベッドは四つ。病室には作りつけのトイレがあり、それぞれのベッドには冷蔵庫とテレビ、さらに持ち物や着替えをしまっておくためのドア付き収納もちゃんと備えられている。

 冷蔵庫とテレビは有料だ。テレビカードと言う名のプリペイドカード(一枚千円)を談話室(確か、デイケア・ルームと呼ばれていた)で購入して、それをスロットに差し込むと使えるようになる。

 驚いたのはベッドからの転落を検出するための機構、これが病室のフロアに内蔵されていることだ。さらにはベッドの横に備えつけるための振動感知マット(通称:まった)まで装備されている。

 トイレに立つためにベッドから外に出ると、これらが自動的にナースコールを発信する。そのため、患者がベッドから勝手に降りてフラフラ歩き回ることはできない機構になっていた。

 もう一つ、特筆すべきは看護婦(今時は看護師と呼ぶらしい)さんがみな美人だったことだ。激しく美しいわけではないが、どの看護師さんもお近づきになりたい程度には整った顔立ちと服装をしている。


 各患者には毎日担当看護師が割り当てられ、ナースコールすると手が空いていればその担当看護師さんが来てくれた。その担当看護師が手を離せない時も代わりの看護師が比較的速やかに患者さんのところに現れる。

 食事は朝の8時、お昼の12時と午後6時。合計カロリーが千八百カロリー程度になるように作られており、週に二回は朝夕に限り二種類から選択できる。

 食事はまあ普通。少なくともまずくはない。

 どうやら食事は僕の口には合っていたようで、僕は毎食を15分程度で完食した。


 もう一つ、看護師さんたちのユニフォームはカラーコーディングされていた。

 紺:技師系

 白:その日日勤の看護師

 紫:その日夜勤の人たち

 水色:こちらは看護助手

 これで、来た看護師さんがどんな人かはすぐにわかるようになる。


 ついでに言うと、看護師が患者と必要以上な交流をすることは全くない。極めて訓練の行き届いた看護師さんだったとは思うが、連絡先の交換とかには応じてくれないし、そもそもその気もない。

 もし、読者の人たちで万が一入院することがあっても、変な妄想は抱かない方が安全だ。妙な動きを見せたらすぐにマークされる。


+ + +


 入院して一週間はほとんど検査漬けだった。CT、MRI、レントゲン、それに細やかな観察。

 尿量も報告義務があって、おしっこは専用の計量カップにする。トイレには必ず看護師さんがついてくるので、これで回数と量を記録された。

 CTスキャンはスピードが速いし、静かなので全く苦にはならなかったが、MRIは違った。

 固定されるところまでは一緒なのだが、20分くらいMRIに入りっぱなしになる。

 一応モニターには暇つぶしの画像が流れるのだが、この20分は長かった。


 実のところこの一回目の入院に関して、有効な記憶はあまりない。何もかもが薄靄に包まれている。

 唯一覚えているのは看護師さんたちがみな異様に親切だったことと、リハビリが意外と楽しかったということくらいかな?

 詳しくは伝えてもらえなかったが、この一回目の入院は水頭症の症状を判定するために設定されていたらしい。

 ひとしきり検査が終わった後、僕の頭蓋内に充満している髄液は一度医師の手により背中から注射器で吸い出された。

 とはいえ、痛い治療ではない。

 どこに注射器を刺したかは説明がなかったのだが、おそらくは背骨の隙間あたりに注射器を入れて髄液を吸い出す。

 髄液の量は成人で150ml程度だと言われている。どうやらある程度の量を残して余剰な髄液を吸い出したのち、再び元の症状になるまで何日かかるかを測定していたようだ。


 もう一つ、嫌だったのは右腕に差し込まれた点滴だ。

 点滴針は腕の静脈に差し込まれたのち、専用のフィルムとテープで固定された。

 点滴される液体はどうやら生理食塩水だったようだ。

 成人であれば一日に1リットル程度、多い人では2リットルの水分摂取が必要だと言われている。

 どうやら、この点滴はこの水分摂取を半強制的に行うものだったようだ。

 トイレに行く時は点滴スタンドを使って点滴とともにトイレに向かう。検査の移動はもっと大変で、多くの場合は車椅子が使われた。

 車椅子には点滴をぶら下げるためのスタンドが接続できるようになっている。これを使って、点滴ごと移動するわけだ。

 何がしんどいって、これが一番しんどかった。

 

 途中リハビリ(と呼ばれているが、実は身体能力の測定だった可能性も高い)も行った。勧められて杖も買った。あんまり使わなかったけど。

 しかし、手術の日程は教えられないまま。どうやら今回の入院の目的に手術と治療は含まれていなかったようだ。

 結局病院には20日間滞在し、3月31日に僕は一旦退院した。

 次の診察の日程は伝えられたが、手術の日程はこの時には決まっていない。

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