第2話


 5月の連休で一度実家に戻り、それからはまたこれまで通りに学園生活を送ることになった。あの夢のことも気にはなるけど、少し時間が経ったからか、だいぶ頭の隅に追いやることが出来たと思う。


 そもそも関谷くんとは、中学2年の時に初めて同じクラスになり、そのまま進級して卒業まで同じクラスで過ごしたわけだけど、これといって何か接点があった記憶はない。

 何回か挨拶を交わした程度で、お互い地味な生徒だったし、たぶんほとんど一人で過ごしていたと思う。

 なにせ進学が決まってから、初めて同じところに進むことを知ったくらい。好意も何も、言い方は悪いかもしれないけど、それほど興味もなかったはず。



 今日も教卓の前の席に座る彼は、いつものように授業を聞いている。

 ここからは彼の後ろ姿しか見えないけど、夢で見た彼は私を優しくエスコートしてくれて、眼鏡の奥にあるその瞳は、私には輝いて見えていた。



 いや実際、中学の頃、少しだけクラスの女の子たちの間で、関谷くんのことが話題になったことがあった。


『関谷くんって、案外イケてない?』

『それ、私も思った』

『なんか思ってたよりガッシリしてた』

『それそれ。しかもメガネ外してるとちょっとカッコよかったよね』

『うんうん』


 体育の水泳の時間、なんか泳ぐの早い子がいるな、って話になって、なんとなく見てみるとそれが彼で。

 ラッシュガードの上からでも、その引き締まった体は私にもよく分かった。そしてきちんとキャップに髪も収められてて、顔もしっかりと見えて、それは確かに、私もちょっとカッコいいと思ったのは事実だけど、今思い返してみると私もよく見てたな、と思ってしまう…


『でも普段はああだもんね』

『なんか勿体ないな~』

『え?じゃあ狙い目?』

『あはは、ないない』

『だよね~。他にいくらでもいるもん』


 私はその会話の中にいたわけじゃないけど、大きな声で話してるから勝手に耳に入ってきただけ。でも、なんとなく嫌な気分になったのは間違いなかった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 お昼休み。

 清水さんや、他にも少し仲良くなれたクラスの女子たちと一緒に、食堂に向かう。


 他愛ない話でみんなで笑いあって、その中に私もいるという事実がとにかく嬉しい。

 でも、やっぱり女の子が集まれば、何組の誰がカッコいいとか、サッカー部のキャプテンはイケメンだけど節操がないだとか、そういう話に自然となっていくわけで…


「新堂さんはどう思う?」

「へ?」


 あ、ついていけないなと思って、あまりちゃんと話聞いてなかったな…


「佐野くんっていいよね」

「うんうん、スポーツもなんでも無難に出来ちゃうし、勉強もクラスで1位だもん」

「それなのに普通にみんなに優しいよね」


 佐野くんというのは同じクラスの佐野航さのわたるくん。みんなが話してる通りの人で、クラス委員で、しかも結構なイケメン。そんなのモテないはずがないでしょう。


「ね、風香もそう思うでしょ?」

「え?ああ、うん、そうかな…」

「ん?どうしたの?」

「ううん、何もないよ」

「そ?」


 ん?清水さん、どこか歯切れが悪い。どうしたんだろう…

 そう思っていると、みんなが気付かないよう、ちょんと軽くスカートを引かれ、


「え?」

「あのね、こういう話、私苦手なの」


 私と同じなんだ、と思って安心したけど、舌を少し出して、イタズラっぽい顔でそう言う彼女にドキドキしつつ、苦手と言いながらもみんなと同じノリで話せる清水さんは、やっぱり凄いと思った。


 私にはまだ無理だな~、なんて関心してると、向こうに関谷くんが見えた。彼はぼんやり外を眺めながら、たぶんこの食堂で1番安いかけうどんを食べている。

 私は簡単なお弁当を用意して持って来たりもするけど、男の子で一人暮らしなんて大変じゃないのかな。大丈夫なのかな。

 でも他にも何人も同じような人はいるんだし、問題ないんだろう。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 放課後。もうそろそろ中間考査のことも気にしなければいけない時期だと思い出した。

 テストが近付けば、私以外のみんなもそれなりにそちらに気が向くわけで。教室の中では、クラスで1位の佐野くんの周りには女子も男子も集まって、賑やかに勉強会しようぜ、なんて声も聞こえてくる。

 私は真っ直ぐ帰って、まずは授業の復習からやり始めようかな、と考えていた。


「新堂さんはどうするの?」

「うん。まず復習をきっちりやろうかな、って思ってる。清水さんは?」

「私もそんな感じかなあ」

「だよね」

「中学の頃はどうしてたの?」

「え?」

「みんなで勉強会とかしてた?」

「た、たまに…かな」


 嘘です…家で1人でやってました…


「じゃあ何日か一緒にやる?」

「え!?いいの?!」

「おぉ…食い気味だね…」

「ご、ごめん…」

「ううん、いいよ、私も嬉しいし」


 そう言って、清水さんはニコッと笑う。


 はあ…本当に天使なんだけど…



 なんだかキュンってなった気がするけど、彼女と出会えて良かったと思うし、もっと仲良くなりたいと思う自分がいた。



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