関谷くんは私の○○

月那

第1話


 夜空に上がる打ち上げ花火を背に、彼は私を見つめる。


 二人して浴衣着て手繋いで、仲良く花火大会に来ている雰囲気だったのに、おもむろに手を離すと私に向き直り、今のこの状況。


 時折視線を外すけど、それでも私の目をちゃんと見てくれてる。けど、その表情はどこか悲しそうな、申し訳なさそうな。


「どうしたの?」

「うん…」

「………」

「………」


 少し離れた所では私達のようなカップル、友人達で騒いでいたり、はたまた楽しそうな笑顔の家族連れも視界に入っている。


 彼は何か言ったのだろう、口が動いている。でも周りが騒がしいからなのか、それとも声が小さかったのか、私には聞こえない。



 でも、その口が『ごめんね』と動いたように見えると、周りの喧騒は何も聞こえなくなったのだった…






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「はぁ…」


 ついため息が零れてしまう。どうしてあんな夢を見てしまったんだろう…


「新堂さん、大丈夫?」

「あ、清水さん。うん、ありがとう」

「やっぱり寂しい?もう慣れた?」

「ううん、平気だよ」

「そっか。じゃあ行こ」


 授業も終わり、隣の席の清水風香しみずふうかさんに声をかけられる。

 この学園は私の地元からは離れた県外の進学校で、彼女は親元から離れた私をいつも気遣ってくれて、本当に有難い。


「一人暮らしとか大変そう」

「うん。でも学園のマンションだし、同じような人もたくさんいるからね」


 流石に中学を出たばかりで部屋を借りて一人暮らし、というわけではなく、私と同じような生徒が何人もいるので、そういう人達は学園が持っているマンションに入る。

 いわば寮みたいなもので、それが親にとっても安心だし、門限はあっても完全に管理されるわけではないから、私達にとっても嬉しい話なのだ。


「今度遊びに行ってもいい?」

「うん、待ってるね」

「あは♪ありがと」

「う、うん…」


 ……こうして普通に会話するの、やっぱり疲れちゃうな…


 私は新堂碧衣しんどうあおい

 自慢じゃないけど、勉強は昔からけっこう出来る方で、だからここに来たわけなんだけど、これまではクラスでは目立たない、いわゆる地味っ子だった。

 おかげさまでこの学園に入るまで、友達と呼べるような人が私にはいなかった。でも私だって、ずっとこのままでいいとは思ってなかった。

 この学園に行くことを決めたのも、誰も私のことを知ってる人がいない場所に行くことで、これまでの殻を脱ぎ去り、高校デビューして、キラキラした学園生活を送るつもりだったのだ。


 お化粧だって春休みに頑張って練習したし、イメージトレーニングだってたくさんしたんだ。こうして、これまでとは違う今の私がいるのだけれど、正直なところ、慣れてないから疲れる…


「どうしたの?大丈夫?」

「全然大丈夫!」

「そ、そう…?」

「ははは…」


 清水さんは私なんかよりずっと垢抜けてて、明るくてクラスでも人気者で、私的には憧れのお姉さん。いや、もちろん同い年なんだけどね…

 たまたま席が隣になって、話してるうちに連絡先も交換して、それからの仲。

 あの時は「ここから私の新生活が始まるんだな」って思い、喜んだものだ。


 けど、彼女以外の人達とは、まだそこまで親しくなれたとは思っていない。それはたぶん私が、まだ自分からは人の輪に入っていくのが少し怖いから。

 でもいつまでもそんなこと言ってられないし、うん、頑張ろう!


「あれ?」

「え?」


 彼女はふいに視線を前にやると、一人ぽつんと最前列に座っている男子を見ている。


「ところでさ、あの子、ほら、同じ中学だったんだよね?」

「ああ…彼ね…」

「ちょっと暗くない?まあ、頭はいいんだろうけどさ」


 この学園はそれなりに有名だし、そう簡単に入れるわけではないと思うけど、それを言えば清水さんも同じなのでは?


「う~ん…もう、って感じ」

「いかにも?」

「うん。ガリ勉」

「あはは…」

 

 少し野暮ったい感じの髪に黒縁メガネ。まあ、どうしてもそういうふうに見えてしまうかもしれない。


「いつも一人だし、友達いるのかな」

「ど、どうなんだろうね…」

「中学の頃からあんな感じなの?」

「どうかな…あまり記憶になくて…」

「まあ、それもそうか。最初、同じ中学だったって聞いたから、ちょくちょく見てたんだけど、ホントいつもあんなふうだもんね。友達だったわけでもないみたいだし」

「うん、そうなの」



「じゃあ行こ?」と言って私の手を取り歩き出したので、一緒に教室を出る。

 他愛ない話をしながら歩いていくけど、昨日見た夢が頭の中にはずっと残ってる。


 彼の名前は関谷侑太せきやゆうた。この学園で唯一、私と同じ中学出身の学生。



 そして夢の中で、私に別れを告げてきたその人なのだった。





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