第49話 同じ貴族として


「見えました、ボリヴィオ伯爵のお屋敷です!」


 街の光もほとんど消え失せ、ほとんど視界の利かない夜闇の中――ようやくクーデルカは屋敷の上空へと到着。


 すぐに正門前へ着地する。


 正門はガタイのいい強面な用心棒が二人で警護しており、すぐに僕らと目が合う。


「ん……? アンタらは……」


「昼間にお邪魔した『魔術協会』の者です。ボリヴィオ伯爵とグレガー殿にお目通り願いたい」


「悪いが、お二人は既にお休みだ。日を改めて――」


『――【〝眠れ〟】』


「来……てぇ……? んごぉ……zzz」


 説得なんて面倒なことをするワケもなく、僕はすかさず〝呪言〟を発動。


 その場にバタッと倒れ、用心棒二人はスヤスヤと寝息を立て始める。


『――【〝開け〟】』


 続けて施錠された正門に命令。


 ガチャリと鍵が開き、自動ドアのようにギイィッと開く。


「行こう、クーちゃん」


「ええ」


 堂々と正面から乗り込んでいく僕たち。


 両開きの大きな玄関をバン!と開け、


「ボリヴィオ伯爵! グレガー! 話しがある!」


 大声で叫んだ!


 まるで邦画の「御用改めである!」のワンシーンさながらに。


 屋敷の中は既に消灯しており、シン……と静まり返っていたが――


「――おやおや、こんな夜更けにどうされましたかな」


 広間正面にある大きな階段から、二つの人影が下りてくる。


 灯りがないため、最初は姿がよく見えなかったが――すぐに視認できるようになる。


「いけませんなぁ、門を破って入り込んでくるなど。下賤な者のすることですぞ」


 ニヤリとした笑みを浮かべてそう言ってくるのは、ボリヴィオ伯爵の方だ。


 そんな彼の背後には、付き添うように歩くグレガーの姿が。


「惚けようとしたって無駄だよ! キミたちが仕向けた刺客から全部聞いたんだ!」


「刺客、ですかな? はて、なんのことやら……」


 あくまで白を切ろうとするボリヴィオ伯爵。


 そんな彼の態度はあまりに露骨で、僕は非常に腹立たしかったのだが――


「むっふっふ……コレを見てもまだ白を切れますか?」


 不敵に笑うクーデルカ。


 そして彼女は――件の指輪を掲げて見せた。


 それを見て、流石にピクリと肩を揺らすボリヴィオ伯爵。


「あなたの執事から失敬させて頂きました。彼の身柄はこちらで預かっていますし、この指輪の正体も既に吐かせています。中に【呪霊】が閉じ込められている、と」


「……」


「【呪物】の生成が『魔術協会』によって固く禁じられているのは、あなた方もよくご存知のはず。これを魔術学校に持ち帰り、調査をすれば――」


「やれやれ、使えぬ奴めが。こんなヘマをしでかしおってからに」


 彼女の言葉を遮って、忌々しそうにチッと舌打ちしながらボリヴィオ伯爵が言う。


 ――どうやら、ようやく本性を現したみたい。


「……如何にも。我々はこのケイモスヒル領に封じられていた【呪霊】を使って【呪物】を生み出し、強大な力を手に入れた。これさえあれば、我らは無敵よ」


 ボリヴィオ伯爵は右腕をスッと掲げ、自らの指にも指輪を着けているのを見せ付ける。


 どうやら幾つかの量産に成功しているらしい。


「確かケイモスヒル領には、三体の【呪霊】が封じられていたそうですが……」


「うむ。全て指輪に変えてやったわ。一つ目はグレガー殿が、二つ目はワシが、そして三つ目は今お主が手にしている物よ」


「で、指輪を使って『グラスヘイム王国』へ叛旗を翻し、自分だけの王国を作ろうって腹積もりですか」


「その通り! ワシを絶対の王――いや、神を崇める最強の国家を作りあげる! そしていずれは『グラスヘイム王国』すらも滅ぼし、この大陸全てを手中に収めてやるのだ! ウハハハァ――ッ!!!」


「……五点。うんにゃ、三点ですかねぇ」


「ハハ――はぁ?」


「ありきたりすぎます。新鮮味や捻りがないというか、聞いていて退屈です。せめて世界を支配したら暗黒海に乗り出してタコイカ海人とコンタクトを取りつつペラミニョ海溝に住まうボルンモンスターを倒して幻のガウリィートゥー大陸に上陸した後に虹色の海辺でゲルティカコーヒーを嗜む……くらいのスケールと独創性が欲しいです」


「む……う……むぅ……!?」


「ク、クーちゃん!? なに言ってるの!?」


 困惑する僕とボリヴィオ伯爵。


 ヤバい、彼女の言っていることがわかんない。


 たまにあるんだよね……。


 永い刻を生きてきたエルフらしいというか、人間の脳だと理解に苦しむことをサラッと言う時が……。


 なんだよガウリィートゥー大陸って……。

 

 そんな大陸聞いたこともないよ……。


「ま、ボリヴィオ伯爵の浅はかな野望はよく理解できました。それで――あなたの真の目的はなんですか、グレガー・アバグネイル?」


 話を切り替え、キッとグレガーを睨むクーデルカ。


「はて……? 私はボリヴィオ伯爵の計画を支援する、しがない魔術師ですよ」


「しがない魔術師が、【呪霊】を封じ込める魔術を会得したりしているものですか。言いなさい、何故こんなくだらない男に従っているのです!」


「……やれやれ、減らない口だ」


 グレガーは指輪を着けた右手を掲げようとする。


 しかし――それをボリヴィオ伯爵が留めた。


「待て待て、ここはワシにやらせろ。せっかく手に入れた【呪物】、まだ一度も試せていないのだからな」


 階段を下りて来て、僕らの前に立ちはだかるボリヴィオ伯爵。


 そんな彼に対し、


「……ボリヴィオ伯爵、あなたに聞きたいことがある」


「ん?」


「その指輪に閉じ込められた【呪霊】の気持ちを、考えたことはあるか」


 僕は問うた。


 できる限り怒りを抑え。努めて冷静な口調で。


「無理矢理操られて、魔力を消費させられて……【呪霊】が〝かわいそう〟だと、一度でも思ったことはあるか」


「――ハハハ! なにを言い出すかと思えば! 〝かわいそう〟!? 【呪霊】など所詮、死に損ないの害悪な化物ではないか! せめてこうして道具にしてやるのが、むしろ情けというものよ!」


 嘲るように、大声で笑うボリヴィオ伯爵。


 その言葉を聞いて――僕は、抑えていた怒りを解き放つことに決めた。


「……クーちゃん、ここは僕にやらせて。ううん、僕がやらなきゃ」


「リッド……」


「同じ貴族として――コイツだけは、許しておけない!」

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