第50話 お前の相手は僕だよ


「許しておけない――だと? ならば精々足掻いてみるのだなぁ!」


 バッと指輪を着けた右腕を掲げるボリヴィオ伯爵。


「やれ〝ルドヴィーク〟! 奴らを【〝叩き潰せ〟】ッ!」


 彼は指輪に――いや、正確には指輪に囚われた【呪霊】に命令する。


 刹那、頭上に吊り下げられていた巨大シャンデリアの吊り具が千切れ、勢いよく落下してくる。


『――【〝砕けろ〟】』


 対抗してこちらも〝呪言〟を発動。


 瞬間にバリーンッ!とシャンデリアが粉々に砕け散り、まるでガラスの雨のように四方八方に降り注ぐ。


 勿論、僕やクーちゃんには当たらないけどね。


「おお、怖い怖い。これは凄まじい戦いですなぁ。私が居てはお邪魔になりそうだ」


「ウム、グレガー殿は下がっていて結構。【呪言使い】など、ワシ一人で十分よ!」


「フフ……それでは、後はお任せ致しますよ。ボリヴィオ伯爵」


 スッと後ろに下がり、まるで暗闇に溶け込むかのように姿を消すグレガー。


 それを見たクーデルカは、


「待ちなさい! 逃がしませんよ!」


「クーちゃん、ここは僕に任せて! クーちゃんはグレガーを!」


「わかりました! 頼みますよリッド!」


 後を追うため、杖に乗ってかっ飛んで行こうとするクーデルカ。


 だがすぐにボリヴィオ伯爵は右腕を突き出し、


「ハッ、行かせると思うか!? 【〝吹き飛――」


『――【〝崩れろ〟】』


「ば――ぬぅおおぉ!?」


 ボリヴィオ伯爵の足場――階段がバゴッ!と突如崩れ、彼は瓦礫と共に一階部分まで落下。


 その隙にクーデルカは宙を飛び、グレガーの後を追って行った。


「ぐぬぅ……やってくれたな、クソガキめ……!」


 すぐに起き上がってくるボリヴィオ伯爵。


 落下の拍子に気絶でもしてくれれば楽だったんだけど、そんな都合よくはいかないよね。


「お前の相手は僕だよ、ボリヴィオ伯爵」


「フン、抜かせ。お前の〝呪言〟など、どうせ大したことはないのだ」


 彼はニィッと口の両端を吊り上げ、


「知っているぞ? 貴様は自分より強大な魔力を持つ相手に〝呪言〟を使えないのだろう?」


「……」


「この指輪に封じた【呪霊】の階位は特級! 極めて膨大な魔力を有しておる! 貴様が〝呪言〟を使えば使うほど、魔力反射が起きるぞ!? どう足掻いたとて、勝ち目などないのだ! フハハハハハ!」


「ふーん――それじゃあ比べっこ・・・・してみよっか」


「ハ……?」


「今から〝呪言〟を使って間接的に攻撃しまくってあげるから……全部いなして・・・・ね?」


 確かに単純な魔力の大きさでは分が悪いかもしれない。


 ボリヴィオ伯爵へ直接〝呪言〟を使うのは難しいだろう。


 けど――伊達に三年間もクーちゃんと修行してきたワケじゃないんだよね。

 

 〝呪言〟の扱いにかけては、絶対に僕の方が上だ。


 行くよ、と僕は呟き――


『――【〝まとまれ〟】』


 砕けて散らばったシャンデリアのガラス片に向かって命令。


 すると無数のガラス片が宙に浮き上がり、ギュッとひと塊となって、巨大なガラスの砲弾へと変貌する。


『――【〝飛んでいけ〟】』


 そのままガラスの砲弾を射出。

 

 ボリヴィオ伯爵目掛けてかっ飛んでいく。


「むぅ!? ――【〝止めろ〟】!」


 指輪に向かってするボリヴィオ伯爵。


 彼の眼前で、巨大なガラスの砲弾がピタリと停止する。


「ハ、ハハハ……やはりこんなものか! 恐れるに――!」


『――【〝上へ〟】』


 クルッとガラスの砲弾の向きを変え、今度はへと飛ばす。


 そのまま天井へ直撃させると、


『――【〝砕け散れ〟】』


 今度はさっきと逆に、ガラスの砲弾を無数のガラス片に戻した。


『――【〝降り注げ〟】』


 命令と同時に、まるでスコールのように勢いよくボリヴィオ伯爵へと降り注ぐ。


「なっ……! と、【〝止めろ〟】ッ!」


 指輪に命じて大量に降り注ぐガラス片を止めるボリヴィオ伯爵。


 同時に指輪が紫色に発光。

 大量の魔力が漏れ出る。


 どうやらではなくでの攻撃を防ぐには、より多く魔力を消費するらしい。


 あんまり【呪霊】に負荷をかけるようなことはしたくないから――

 

『――【〝隆起しろ〟】』


 意識が完全に上へと向かっている隙に、足元から攻撃させてもらうよ。


「ぐ――はぁ――ッ!?」


 ボリヴィオ伯爵の足元の床を〝拳〟の形に変形させ、文字通り殴り付けるような勢いで隆起させる。


 突き出た拳は腹部にジャストミート。


 そのまま彼は吹っ飛び、二~三度床の上をバウンドした。


「ぐほっ……がはっ! よ、よくも……!」


「ボリヴィオ伯爵、指輪を渡して降参するんだ。もうこれ以上、【呪霊】を道具扱いしちゃいけない」


 ――予想はしていたけど、ボリヴィオ伯爵は指輪の力を使いこなせていない。


 というより、そもそも魔力と魔力のぶつかり合いに慣れていないんだと思う。


 こちらの攻撃に対する反応が遅すぎるし。

 これじゃピサロの方がまだ手強いかも。


 まあ、荒事なんて全部部下に丸投げしてそうではあるもんな。


 言っちゃなんだけど、クーちゃんに扱かれてきた僕とは経験値が違いすぎるよ。


 これでよく叛逆クーデターなんて言い出したというか……。


「フン……【呪霊】を道具扱いするな、だと……?」


 フラフラとボリヴィオ伯爵は立ち上がり、


「笑わせるな! これほど便利な道具、使い潰さぬ方が愚かというモノよ!」


 再び指輪の力を使おうとする。


 ――なんだか嫌な予感がする。


 もうこれ以上、彼に指輪を使わせちゃいけないって――僕の直感が危険信号を発している。


 すぐに止めなきゃ――そう思った、まさにその時だった。


 ピシッ


「……え?」


 ――指輪の宝石に、突然ヒビが入る。

 

 そして次の瞬間、パリーン!と音を立てて宝石が砕け散った。


「――!? 宝石が……!?」


「な、なんだ、どういうことだ……!? どうして指輪が――!」


 激しく困惑し、狼狽するボリヴィオ伯爵。


 そして――



『…………オ……オオオオ……!』



 砕けた宝石の中から――巨大な紫の影が解き放たれる。


 膨大な魔力の塊――いや〝呪詛〟の塊である、仮面を着けた異形。


 そう――特級の【呪霊】が。


『オオオオオォォォ――――ッ!!!』


「なッ、や、やめろ! 来るな! うぎゃあああああああッッッ!!!」


 くぐもった咆哮と共に、【呪霊】はボリヴィオ伯爵へと襲い掛かる。


 瞬く間に彼の身体は【呪霊】の体内へと取り込まれ――消失した。

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